最悪で最低なバッドエンド。

〈姫乃恋の自宅・夜〉


――恋は俺の手を握りながら、グングンと自分の部屋へ連れて行く……。


俺はただただ……流されるまま――。


恋のピンク色に染まる部屋に、引き込まれた。


そして――小さなガラスで出来たテーブル前に座り、俺達は対面し合う形で座っていた。


【恋】

「ふぅ……“外は寒かったね”? ねぇ……燈馬くん」


【燈馬】

「あ……あぁ――“とっても寒かった”……な――」


俺は恋の言葉以外にも、冷えるモノがあった。


――瞑の眼の前で……半ば攫われる形で、俺達は喫茶店から引き剥がされた。


あの時……きっと逃げても、次の日かまた別の日。


きっと――俺の眼の前にいる恋は、俺に近づく。


それが分かった俺達は、半ば諦めの気持ちで分かれたのだ。


俺達には見えていた。恋と言う女は、とっても……。


“執念深い”と――。


……コト――。


【恋】

「ほら……“温かいコーヒー”だよ? 飲まないの?」


恋は俺の前に、湯気立つコーヒーをわざとらしく、置き直した。


俺はこの部屋で喰らった媚薬の件で、かなり警戒していた。


【燈馬】

「“変なの”……“入ってねえ”よな――?」


俺は恐る恐るピンク色で一色な、可愛いマグカップへと手を伸ばした。


……ぷるぷる――カタッ……スッ――。


震える手で俺はマグカップに入る、コーヒーの薫りを嗅いでいた。


【燈馬】

「すぅ……んはぁ――めちゃイイ匂いすんなこれ」


【恋】

「そうでしょ? 高いんだよこのコーヒー」


【燈馬】

「へぇ……? こりゃイイ薫りだ……本当にな」


現実世界での俺は、ド定番なインスタントコーヒーをよく飲んでいた。


普通にお湯に溶かしてもよし、適当に水でガチャガチャやって、飲んでもよし。


全国民で知らない人はいない、そんなド定番なコーヒーをこよなく愛していた。


しかし――このコーヒーはドリップした様な、深い薫りが漂って最高だった。


【恋】

「……安心して? “変な気分になるモノ”なんて入ってないから……」


【燈馬】

「ふぅ……“信じるぞ”――“その言葉”……」


【恋】

「えぇ……美味しいから飲んでみて……?」


俺は恐る恐る、怪しさ満点のコーヒーに手をつけた。


――そして……。


【燈馬】

「……スズッ――んッくっ――んっ? 美味い……」


【恋】

「うふふっ……警戒しなくても大丈夫だからね?」


【燈馬】

「ふぅ……体が温まる。それに……美味いわ普通に」


恋が差し出したコーヒーは、苦みと酸味、そして薫りが絶妙でとても美味しかった。


本当に素晴らしいコーヒーは、飲んだ時にとっても落ち着くような気がして、少しだけ眠くなる。


安価なコーヒーはソコソコの味に、眠気をぶっ飛ばす力が強い、そんなモノだと俺は認識していた。


久々にリラックス出来て、少しだけ気だるくなり、ほんの少し眠くなる。


――そんな、質の良いコーヒーを飲んで、俺はとってもハッピーな気分だった。


【燈馬】

「ふぅ……ご馳走様。コーヒー美味かったわ」


【恋】

「ふふっ……それなら良かった」


美味しいコーヒーを飲んで、少しだけフワフワ気味の俺は、恋の話をしっかり聞く事にした。


【燈馬】

「さて……話は変わるが、どうして俺に付き纏(まと)う真似をする?」


そんな俺の問い掛けに恋は、ん〜っと、何やら天井を見上げる様な姿を見せた。


しばらく、ナニかを考える素振りを見せて――。


【恋】

「“一目惚れしたから”……それだけかな?」


また俺は恋にはぐらかされていた。


それとも、本当にそれだけで動ける、純粋な子なのかもしれない。


そんな考えが、俺の頭の中に芽生え始めていた。


【燈馬】

「さっきも見ただろうけど、あの小柄な子が俺の彼女なんだ」


【恋】

「うん……知ってる。“燈馬くんが彼女を愛している事も”」


【燈馬】

「ならどうして……お前――いや……“君は俺達の中を壊そうと”する?」


本当に俺には意味が分からない境地だった。


恋はナゼ、人の良好な関係を壊したがるのか。


凡人の俺には知り得ないコトだった。


【恋】

「そうだね……前も言ったけど、“私が燈馬くんと絡みたいから”だよ?」


【燈馬】

「それはどんな……“意味で”だ――?」


恋のピンク色の瞳からは、純粋な思いが透けて見えた。


俺は困惑していた。本当に悪意に感じるモノは、今の恋からは一切――感じなかったのだ。


“良くも悪くも純粋”に見えた。


【恋】

「分かるでしょ? 色々……燈馬くんと――」


【恋】

「ふふっ……“メチャクチャになりたいの”――」


恋はとてもキラキラした目で、俺を見詰めていた。


今の俺の目からは、悪意など一切感じられず……。


ただ、ひたすらまでの純粋な感情しか伝わらない。


恋の少し頬を赤らめる表情は、乙女な雰囲気を漂わせる。


恋も、一人の女の子なのだと俺は感じた。


【燈馬】

「それが――“他にも影響を及ぼすモノ”だとしてもか……?」


【恋】

「えぇ……“他なんて”、“私には関係ないもの”……」


恋はどこまで行っても、一直線で一途で純粋だった。


まるで自分が世界を回している……。


いや――“自分が世界の中心”なのだと豪語する様に。


そして恋は――。


【恋】

「一つ約束したわよね? 彼女には手を出すなと」


【燈馬】

「あぁ……言った。“それだけは絶対に守れ”」


喫茶店前で俺が恋に言った言葉。


――絶対に手を出すな。


コレだけはナニがなんでも、守って貰わなくてはならない――。


【恋】

「ふふっ……“約束しましょうか”――“今ココで”」


……スッ――ピッ……。


恋は小指を俺の眼の前に突き出した。


そのまま俺も小指を突き出す。


……スッ――ピッ……。


【燈馬】

「あぁ……頼む。それじゃあ――“指切りをしよう”」


……キュッ――。


【恋】

「うふふっ……“コレで成立ね”……?」


【燈馬】

「あぁ……コレで“お前が約束を破ったら”――本当に“お前をブッ飛ばす”から、覚悟しておけ」


【恋】

「ふふっ……大丈夫――“絶対に彼女には手を出さない”から」


【恋】

「約束破ったら……本当に“なんでも受け入れてあげる”……」


……ふわっ――。


こうして俺達は指切りをした。


月夜瞑には手を出させない為に、昔ながらの方法で。


恋のピンク色の瞳からは、約束を破る様には見えなかった。


俺は恋のそんな真剣な表情に、心底ホッとしていた。


【恋】

「――そう言えば、燈馬くん……“少し顔色悪い”ね」


胸を撫で下ろすのも束の間、恋は俺の顔をジッと見詰めて、呟く様にそんなコトを言う。


【燈馬】

「最近……“マトモに寝てない”んだよ……」


そう……俺はマトモに寝た日が殆どなかった。


月夜瞑に始まり、月宮雅に繋がり、そして姫乃恋に至る。


本当に最低で最悪なルートを辿っているのだ……。


【恋】

「……なら、“少し横になって”?」


【燈馬】

「おい……“イタズラしないでくれよ”?」


なんだか俺はそんなコトを聞いて、緩やかに眠気に襲われていた。


そう言えば、マトモに寝てないなと……。


【恋】

「大丈夫――少しユックリと……寝ていて?」


【燈馬】

「悪い……マジで眠くなってきたわ――ふぁ……ぁ」


とっても美味しいコーヒーを飲んだせいもあるのか、俺はとてもリラックスして、グッと――眠気に襲われる。


特にコーヒーに、おかしなトコロは無かった。


味も普通、変な苦みも無かった。


一瞬、睡眠薬でも盛られてるかと思ったが、別に変な感覚は無かった。


本当に、恋から顔色の悪さを指摘され、それからナニかが切れた様に眠くなった。


今まで、色々と気を張っていたのだ。


それがプツリ……と、切れた気がした。


【恋】

「私、夕食作ってくるから、少し休んでいて……?」


【燈馬】

「あぁ……少し寝るわ――駄目だ……マジ眠みぃ……」


急激に襲ってくる睡魔にジワジワ体が侵蝕(しんしょく)され、ドンドンと深い闇に飲まれていく。


そんな気がして……俺はなんだか心地良かった。


【恋】

「うん……お休みは邪魔しないから安心して?」


【燈馬】

「ふぁ……あぁ――それなら本当に……助かるわ……」


今はナニもせず、そっとしてくれるだけで、本当にありがたかった。


今の俺に必要なコトは、ただ……眠るだけ。


それ以上にシアワセなコトはないのだ。


【恋】

「それじゃ……また――後で」


【燈馬】

「ふぅ……また後でな――」


段々と視界が狭くなり、俺は睡魔に屈しそうになっていた。


――ズルズルと、体を引きずる様に、甘い匂いが充満する、恋のベッドへ体を預けて……。


【恋】

「“ごゆっくり”……うふふっ――」


そんな恋の声を聴きながら……。


甘い香りに包まれて俺は眠る。


〈恋の部屋・???〉


――俺は“本当に失敗”した。


初めから……姫乃恋と関わらない様にすべきだった。


でも――もうナニモカモ……遅い。


だって……コレはもう――。


“本当にバッドエンド”なのだから……。


――カチャカチャ……キンッ――!!


【恋】

「うっふふっ……“よく眠れたかな”?」


――カチャカチャ……。


【恋】

「ねぇ……“燈馬くん”……?」


【燈馬】

「むごごっ――むぶぶぅ?! んっぶごっ――」


俺はベッドに拘束されていた。


手足をぶっとい金属で出来たチェーンで拘束され、手首や足首には革のベルトをはめられて……。


口には猿ぐつわの様なモノをハメられて――。


【恋】

「言ったでしょ……“お休みは邪魔しない”って――」


【恋】

「うっふふっ……よく眠れた後は――うっふふ?」


――カチャカチャ!! ガチャガチャっッ!!


ギッ――ギッギッギッ――!!


【恋】

「あぁ……無理無理――“逃げられないよ”?」


【恋】

「逃さないし……“燈馬くんは逃げられないの”……」


【燈馬】

「むごごっ――?! むぶぅ〜〜ッッ!!」


いくら俺が体を動かそうとも、ビクともしない。


本当に頑丈な拘束具を使われたらしい――。


【恋】

「それに……“アナタの彼女には手を出さない”わ?」


【恋】

「うっふふ……“私が手を出すのは”――」


――ズズッ……グイッ――!! バンッ――!!


【恋】

「クススッ……“アナタだけ”――“燈馬くんだけ”……」


恋は仰向けに拘束された俺に、覆い被さり――。


そのまま、グイッ――と、顔を近付け……。


綺麗で可愛らしい顔を酷く歪めて嗤った。


少しでも動けば……唇が重なる距離で。


【恋】

「うっふふ……“ココには誰も来ない”――」


【恋】

「“アナタは”……“ココでオシマイなの”――」


恋のピンク色の瞳が怪しく輝き出し、悪意の渦巻く厭な気配を隠す事もなく……。


恋は――悪意を全面に溢れ出していた。


俺は震えながらただ……目をカッぴらいて――。


恐怖していた。


〈郊外・ボロボロな一軒家〉


【???】

「おじさん……? ふふっ――“もうお仕事は終わりでいい”わ?」


【???】

「あら、“恋ちゃん”――って……」


【???】

「おじさんじゃないでしょ……? “おネェさん”よ」


【恋】

「ふふっ……そうね、おネェさん。でも、お仕事はもう良いわ? “報酬はそのまま受け取って”?」


【おネェさん】

「えぇ……どうしたのよ、恋ちゃん――“アレだけ壊したがってた”のに……」


【恋】

「うん……おネェさんにヤッてもらう前に、“自分で手を出しちゃった”の……」


【おネェさん】

「あらま……それで報酬は本当に貰ってもイイの?」


【恋】

「えぇ……好きに使って? 十分、アナタ達は働いてくれたからね」


【おネェさん】

「あらそう……なんか呆気ないけど、コッチとしても助かるわぁ〜〜?」


【恋】

「それじゃ……話はそれだけ。私、戻らないと……」


【おネェさん】

「おほほホッ――恋ちゃん……“今のアナタ”――」


【おネェさん】

「ほんっ――と……悪い悪い……“厭な顔をしてるわ”」


【恋】

「クススッ……そうかなぁ? “イイ顔の間違いじゃないの”?」


【おネェさん】

「ふぅ……そうね――“本当にイイ顔をしてるわ”」


【恋】

「でしょ……? それじゃあね……“二人とも”」


【???】

「コクッ……」


【おネェさん】

「それじゃ――“楽しんでおいで”? 恋ちゃん」


【恋】

「えぇ……」


ガチャ……ぎいぃいぃ――バタンッ――。


【おネェさん】

「ふぅ……あぁ怖い――“本当に恐ろしいモノ”を見ちゃったわぁ……?」


【???】

「コクッ……」


【おネェさん】

「“アナタはそうならないで頂戴”?」


【???】

「コクコクッ――」


【おネェさん】

「ふぅ……思わぬ臨時収入が入ったわぁ……」


【おネェさん】

「少し、モヤモヤするけど……まぁ――イイわ?」


【おネェさん】

「さっ――外で今日はたくさん食べましょう!!」


【???】

「コクコク……ブンブンッ!!」


【おネェさん】

「おっホホホ――“喜んでるのね”……“アナタ”――」


【???】

「コクッ――」


【おネェさん】

「そう……それじゃ――行きましょうか――外へ」


【???】

「コクッ――」


〈恋の自宅・恋の部屋〉


――意識がもう……持たない――。


俺はきっと……もうすぐ――“死ぬ”。


踏んではイケナイ地雷を踏み――。


バッキバキに硬い固い……“死亡フラグを立て”――。


そして――“予期せぬタイミング”で……。


“未完のWEB小説とは違う結末”を迎えている。


作中の最後――つまり、“悪役の最期”――。


あの場面、あのシーンでは……。


“ナニカと戦って負けた”。


そんな描写があり、そのまま未完になった。


しかし――今の俺は……“姫乃恋に負けて死ぬ”。


――ガチャ……キィイィ――パタン……。


そして、“バッドエンドが始まる”。


【恋】

「ごめんごめん……ちょっとお外出てた」


恋の声と――部屋のドアが閉まる音と共に――。


“本当の終わり”がやってくる。


【恋】

「燈馬くん――それじゃ……“始めるよ”?」


【燈馬】

「あぁ……好きにしろ――俺はもう――“動けない”」


【恋】

「うん……燈馬くんを――“壊してあげる”」


俺は本当に、最悪で最低なバッドエンドを迎えた。


もう……何度も何度も何度も何度も何度も――。


意識をぶっ飛ばされ、何度も壊されて……。


俺はもう――限界だった。


【恋】

「クススッ……あら――? 燈馬くん……なんだか、もう――“死にそうだよ”?」


【燈馬】

「あぁ……多分じゃなくて――“本当に死ぬ”……」


【恋】

「そっかぁ……なら――最期は――“最高にキモチヨクなってから逝って”……?」


【燈馬】

「あぁ……その方がイイわ――痛いより……」


もう俺はこれ以上、黒く染まりたくなかった。


段々と薄れていく……瞑への思いや感情――。


ジワジワと嫐られて、恋に壊される日々がとっても嫌だった。


嫌でも……厭でも――恋は俺の心の中に侵入し……。


全てを破壊して……俺を黒く染めていく。


それに俺は耐えられない――。


【恋】

「それじゃあ……“私の側で”――“死んで”……?」


【燈馬】

「あぁ……“死ぬさ”――」


そのまま恋は――俺に……。


〈恋の部屋・???〉


――ドクンっ……ドクンっ……ドクッ――。


心臓の鼓動が低くなっていく。


何時間、恋と過ごしただろう……。


俺の最期はもう――目の前までやって来た。


ドクンっ――ドクッ――――ドクッ――――――。


【恋】

「あぁ……“こんなに青ざめちゃって”……“酷い顔”」


【燈馬】

「ぁ……ぁ――」


【恋】

「もう……“逝くんだね”――燈馬くん……」


【燈馬】

「ぁ――――ぁ………」


【恋】

「そう――それじゃあ――“コレで終わりだね”……」


――ズンッっ!!


【燈馬】

「ァ゙――がッ――――」


――ドッドッドッドッ!! ドッ――ド――。


【恋】

「“本当にサヨウナラ”――私の――“初恋の人”……」


――ドッ………………。


【燈馬】

「――――――」


俺は最後に、“大きな手掛かり”を掴み――。


死んだ。

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