美しい花には棘がある。そして、奇跡の桜には怨霊が出る。
破亜々 憂生
プロローグ
第1話 作戦会議とプロローグ
奇跡の桜を知っているだろうか。
何でも、昔々にあった大きな災害を乗り越えて、唯一本だけ残った桜だそうだ。だから、その桜の大木は特別視されていて、ここ
俺なんて、子供の時から近くに住んでいるけど、その欅が桜だと思っていたくらいだ。
それでだ。その『奇跡の桜』なんだが、別名を『愛の桜』やら、『恋人の桜』とか言う。どこででも通じるわけじゃないだろうが、少なくともこの辺りに住んでいる人は知っているし、学校じゃあむしろこっちの話が有名である。
奇跡と言うのは、無論、かつての大災害を乗り越えた奇跡にちなんでいるわけだけど。ここで言う『奇跡』『愛』『恋人』は全て同じ都市伝説に端を発している。
ずばり。奇跡の桜の下で愛を誓い合ったカップルは未来永劫結ばれる――という。
契約の有効期限が未来永劫なんてのは正直重い。どうにも最近の恋愛観とはかけ離れた伝説だ。きっと昔の
……なんて俺の予想に反し、今でも奇跡の桜の下で愛を誓い合う慣習は密かに残っているっぽい。やはり所詮カップルなんてのは浮ついているから、ロマンチックであればもう何でもイイらしかった。
「――と言うわけで。何としても俺たちの手で食い止めなければならない」
真吾は饒舌に、熱に浮かされるように語った。
真吾、春輝、碧、一樹、俺の五人は、放課後の校舎裏で実にくだらない話をしていた。
俺たちは青春撲滅委員会だの、童窓会だの、非リア連合だの、真吾が気分でコロコロ呼び名を変える、とにかく恋愛に憧れているのか、憧れていないのか分からない集まりだった。
俺がそんな組織に籍を置くのは、中学からの同級生の真吾の影響だった。中学卒業と同時に自然消滅すると思っていた後ろ向きサークルは、何故だか高校でも支持されている。
「それで。真吾、作戦は? 何か考えているんだろ?」
愉快そうな一樹が太鼓を叩くように言う。すると、真吾の目に宿る革命の炎が一層燃え上がった。
「フフフ。簡単なことだ。三月十四日。来るホワイトデーは俺たちが奇跡の桜を頂く」
「――頂く?」
やけに芝居がかった言い方だ。こう言う時は必ずと言っていいほど碌でもないことをする。一番付き合いの長い俺が何とか言って聞かせた方がいいが、それで引っ込みが付く真吾ではないことも、俺は重々分かっている。
「ああ。奇跡の桜を俺たちで占拠するんだ。カップルが使えないようにな」
「でも、何故バレンタインデーではなく、ホワイトデーなんです?」
「――おい、碧!」
俺は碧の腕を強引に引っぱって少し離れたところへ連れ出す。俺たちの中で一番小柄な碧の肩へ手を回すと、碧は腕の中にすっぽり収まった。
「バカ。そもそも何で真吾がこんなこと言い出したんだと思ってる?」
他の連中、特に真吾に聞かれないようにと俺は耳打ちした。
「……何でしょう。やはり三年生が卒業を控えているからですかね?」
俺を真似して碧も声量を落とし、ひそひそ言った。
「……ううん。いや、その可能性もあるだろうけど、要するにチョコを貰えなかったんだ。日頃の行いもあるだろうが、どうやら義理すら無かったらしい」
聞くところによると――だ。本人は隠している。
あゝ悲しき恋愛モンスター。真吾も元からモテるように生まれていれば、邪道な青春を送ることもなかったろうに。
「ええ! 僕ですら義理は貰いましたよ。クッキーですけど」
「うん。まあ、だから、アイツはバレンタインの時よりも張り切ってんだ。バレンタインが女子から男子へなら、男子が答えを出すのが実質はホワイトデーになるだろ? こん時に奇跡の桜で誓い合う奴等が出て来るだろう、って真吾は踏んでるわけだ」
「なるほど」
「だからバレンタインデーの話は絶対するんじゃねー」
「了解しました」
俺と碧が解散しても、まだ真吾は演説中だった。余程、明日に迫ったホワイトデーに焦燥感を抱いているらしい。
「でも、それは僕ら五人でする必要はあるの?」
春輝が爽やかな微笑みを湛える、いかにも物腰柔らかい態度で訊く。否定するのではなく、詳細を質問するような言い方をする春輝。あまりにもグッジョブだった。
「……俺も今更ホワイトデーなんかで騒いだりしない。だが! 見てみろ。奇跡の桜が咲いてんだぞ? 花見に行ってる生徒もちらほら居た」
校舎の裏から奇跡の桜がある小高い丘を覗いた。
みんな裏山なんて呼ぶけど、盛り上がった土地の半分は砂利の敷き詰められた広場であり、山らしい林の部分なんて二割ほどだ。勿論、奇跡の桜はあるけれど、いつも風流な花を咲かせているわけじゃないから、臨時の駐車スペースと言った方が俺には馴染みがある。
そもそも、カップルでなければ近付き難い場所だから、俺には一等縁がない。花見をしていた――とは言っても、放課後ともなると誰もが不用意に近付かない。そういう恋人の聖域だ。
見れば、確かに枝の節々が白とかピンクに見える。見えるが――。
「まあ開花してるが、まだ本番じゃないだろ」
「うん。卒業式まで残るといいけどね」
春輝が言う。
「それでも! ホワイトデーに合わせて咲き始めてんのは違わない。これは運命だ! ――とか言ってだな。きっとロマンチスト共が今頃活気付いてんだよ」
「はいはい」
投げやりな返事をする。乗り気じゃないのは俺と……あとは春輝か。「さて、どうするか」なんて思いながら春輝を見ると、くしゃっとした困った微笑みを返してくれた。
「おいおい。そんな調子でどうすんだよ
そして一番に乗り気なのが一樹だった。
「ああ。リア充を爆発させること。それが現実的に可能か? あん? それは立派に殺人事件だ。無理だろう? でも、リア充を減らすことなら俺たちにも出来る。考えてもみろ、アイツらは付き合って。俺たちは付き合えない。そうなるとだな、恋愛経験に差が生まれるわけだ。その差はもう取り返しがつかない。だって恋人ってのは通常男女一人ずつなんだから。それが未来永劫結ばれるだって? いいか。誰かが付き合ってるだけで、俺たちのチャンスは減ってるんだよ。だから何もしなきゃ俺たちは一生のハンデを背負うっつうことになるんだぜ? 真面目に考えたことあるのか?」
――いやない。なかった。暴論かと思いきや、意外と論理的な真吾の言うことに驚かさせる。しかし、怖いくらいの真面目さだ。たしかに真吾なら爆発させかねない。いや、むしろホワイトデーに溜まり溜まった鬱憤を爆発させる気なんだ。
「チャンスの話なら、告白したい人にとってのまたとないチャンスでもあるんだけど」
全く、春輝の言う通りだ。
「また要らぬ反感を買うぞ?」
一年生のうちからこれ以上悪目立ちするのは良くない。真吾も夏休み前までの、あの立て続けにフラれる事件がなければ……革命家には成らずに済んだのに。
「反感? 何を言ってるんだか。俺たちは明日――花見を決行するだけじゃないか」
なるほど。そういう建前か。
「まー……良いと思う。良いとは思うが、俺は行けないな」
そう言うのは一樹だった。嘘だろ。お前今まで焚き付ける側の人間だったじゃねーか。
「何でだ?」
これには真吾も口をあんぐりさせて驚くしかない。
「ホワイトデーに部活抜けたら後が怖いからな。三年居なくなった二年が調子付いてるし、俺は完全にパスだ」
一樹がそれなりに競合であるバレーボール部に所属するのは、ここに居る誰もが知っている。練習もハードだし、色恋にもちょっと煩い前時代的な部活動だ。なのに、一樹は放課後の集まりにも少しだけ顔を出してくれている。
真吾も文句は言えない。
「となれば。お前らはどうなんだ」
残りは俺と碧と春輝だが――。
「僕は行けますよ、もちろん」
碧はやる気だ。
「行けるには行けるね」
清々しい宣言だった。春輝は常識人の皮を被ってこそいるが、少なくとも真吾と進んで連むくらいには悪党だった。男同士の付き合いのためなら、コイツは何だってする。
五人だったのが一人が抜けて四人になる。そのうち賛成が三。春輝のは言うなれば二強といった感じだが、立派に過半数である。
「……いいや、俺は嫌だ!」
「何でだよ柊兵!」
そんなのは、お前に付き合って変人認定されたくないからだ。
幸いにも真吾とは別のクラスで俺へのマークは少ないのに、この作戦を機に立派に活動家認定されてしまう。
「単純に面倒だし。そもそも、お前の作戦には無理がある」
「どこが無理だって言うんだよ?」
「確認なんだけど、放課後の時間に奇跡の桜を占拠するって話だよな?」
「ああそうだ」
「そうだよな? じゃあ、放課後以外の時間はどうするんだ? これは俺の予想だが、多分放課後よりも朝の方が多いぞ」
――へ? と、真吾は意表を突かれたみたいな顔している。考えなしか、馬鹿だろコイツ……。
「そうだね。放課後は部活があって一樹みたいなのも居るし、何より学校中に生徒の目があるからね」
春輝が肯定する。
「だったら、朝早く学校に来て済ませるか――まあ、こっちの場合はフラれると悲惨だが。それか部活動が終わってからだろ。休み時間はちょっと短いしな。ロマンチックじゃねーだろ、知らんけど」
「言えてるね」
「多分、放課後直ぐの時間に占拠したって、本当にただの花見にしかならないぞ?」
「じゃ、じゃあどうするんだよ」
どうするって、だからやらないよ。
俺が呆れながら「俺たちに全部の空き時間、花見しろってか。無理だそんなもん。不自然すぎる」と言ったら、真吾は明らかに失望している感じだった。俺の花見作戦が――と溢し、失意のままに後ろへ倒れるように校舎に背を着け、体重を預けた。脱力し切って抜け殻のようになっている。
「……分かった。まあ、俺が作戦を立てるなら……そうだな。持ち回りで朝と昼の休み時間と放課後を警戒するのが現実的だろ。毎回集まるのも面倒だし、俺は正直ホワイトデーを潰すため如きで早起きしたくない」
「それじゃあ花見じゃないから無理なんだ」
「そうですよ。向こうは二人で来るんだし、退かされそうじゃないですかね」
「そんなわけない。桜の下でただ一人で立って、それでスマホでも見てればいい。要は女子生徒を待ってる感じを出せばいいんだよ。これから大事な時って言うのに、割って入って来て潰そうなんて奴が居るか? そもそも先に人が居たら気不味いもんだろ。じゃあ後にしようってなる」
「なるほど。目には目を――か。告白させないように、告白する演技をするわけだ。当然、向こうも告白を成功させたいんだから野暮なことは出来ない。最低な発想だね柊兵」
「別に俺はやりたいなんて言ってないぞ? やるならって話だ。それに、一日中同じ奴が待ってたら流石に諦めろよってな感じだけど、違う奴なら先着順だろ。少なくとも、このホワイトデーだけなら守り切れるんじゃないか?」
……自分が恋愛できないからって他人にも恋愛させないようにする。端から俺らは最低なことをしようとしているんだ。何を今更――。
「……その作戦、採用だ。持ち回りは……そうだな。俺が一番早い朝だ。可能性が高いし、何より早起きせにゃならんからな。で、昼休みは……」
「碧が良いんじゃない? あんまり遅くなると塾があるんだろう?」
「すみません。ではお昼には僕が」
「それじゃあ、あとは放課後の早番と遅番だな」
「それ俺もやる流れか?」
「立案者がやらなくてどうするんだい」
「いや、作戦を立てた俺が言うのも何だが、後の全部は真吾がやったら良いんじゃないか?」
「何だって柊兵? 少し顔が良いからってまだモテようとしてるな? 同じ奴が待ってても不審だから、絶対に桜の下を譲らないための持ち回りって話だろうが」
「いや、顔なら春輝だろ。というか、春輝は明日予定がないのか? 普通に呼び出されそうなもんだけど」
「あはは。流石に大丈夫だよ。バレンタインがあったからね」
爽やかで人畜無害そうな優男――春輝が涼しい顔をしている。さては全部断ったのかコイツ……。
「春輝くんが立っていると絵になりそうですよね」
「そんなことないよ」
「放課後の早番は春輝だな」
「僕もその方が良いと思うよ。一番人目が多いから反感を買いそうだし。そういうの柊兵は嫌でしょ。それに男子に対してなら柊兵の方が圧力がある。部活終わりのガチガチの運動部の先輩とかが来ても最悪脅しが効く」
「褒めてんのか、それ」
悪口を言うような男じゃないが、ニコニコとした笑みにはどうにも裏がありそうだ。
「お前のその百八十一センチの身長と、強面が遺憾無く発揮される舞台ってことだ」
「うるさいわ。普段から発揮してるだろうが」
「とにかく。明日決行だ」
「頼む、俺の分も頑張ってくれよ」
「はい。一樹くんのためにもリア充なんて増やしません!」
「……」
「まあまあ。これも良い思い出として笑える日が来るんじゃない?」
この集まりに俺の味方はいなかったし、俺はストッパーとして力不足だったみたいだ。
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