第28話 鼻血

 やまっちが気絶したのは、夜が明ける少し前の5時過ぎだった。森には朝の静けさが広がり、鳥たちが一斉にさえずり始めた頃、ミカとカナエは介抱と魔石抜き取りに分かれていた。


「はぁ・・・何故あの時グーを出したのよ・・・私のバカ!」


 ミカは呟き、じゃんけんで負けたことを悔やんでおり、目の前にある100体を超える未処理の死体の山にため息を吐く。


「さすがにこれは・・・骨が折れそうね・・・」


 彼女が魔石の抜き取りを始めると、その数から愚痴をこぼした。


 カナエは、やまっちの様子を見つつ、ミカが苦労しながら魔石を抜き取っているのを見ていた。


 やまっちはいびきをかき、ぐっすりと眠っている。


「やまっち、しばらくは起きそうにないわね・・・」


 カナエは微笑むと、そっとその頬にキスをした。


「私の王子様・・・」


 そう囁くと、彼のために毛布を少し丸め、枕代わりにして頭の下に潜り込ませ、膝枕を終えた。


「ミカ、私も手伝うわ。2人で頑張りましょう」


 カナエがミカに声をかけると、振り返ってカナエを見つめた。


「ありがとう、カナエ。1人じゃ大変だから助かるわ。じゃあ討伐証明部位を切り取ってね」


 感謝の言葉を返すとカナエも魔物の死体に向かい、ナイフを片手にミカが魔石を抜き取った後の死体から、討伐証明部位を切り取り始めた。


 作業は大変で、魔物の体は大きく硬かったが、2人は黙々と作業を進めた。

 ギルドで教えられた討伐証明部位の知識は、ミカの頭の中にもうなかったが、カナエはちゃんと覚えていた。


 やがて朝日が昇り、森の中が朝の光に包まれていき、時刻は9時頃になり、ようやく作業が終わった。


「フッフッフ!どうよ!やり遂げたわよ!」


 ミカは満足げにドヤ顔を見せ、カナエは微笑むとミカを見ると、彼女はすっかり血やらなにやらで汚れきっており、体にそっと触れた。


「クリーン!」


 呪文と共に、ミカの手や服の汚れが瞬く間に消えていく。


「ありがとう、カナエ。すっごく助かったわ。魔法で清潔になれるなんて異世界様々よね!」


 ミカは感謝の言葉を述べると、2人は再びやまっちの元に戻った。だが、相変わらずやまっちはいびきをかきながら眠っている。


「じゃあ、私たちが交代でやまっちを見ていようか」


「うん、そうしよう!」


 ミカは彼の顔を見つめ提案すると、カナエが頷いた。

 作業後は最初にミカの膝に頭を乗せ、ミカはそっとやまっちの汗を拭う。

 ハッとなったカナエがクリーンを使おうとしたので手で制し、汗を拭うことに意味を見出していることを無言で伝えた。


「やまっち、ゆっくり休んでね」


 ミカは優しくその頭を撫でた。しばらくしてミカがカナエに交代を告げた。


「ミカ、そろそろ交代しよっか?足がしびれてきたわ」


「もちろん」


 カナエが声をかけると、ミカは返事とともにミカと位置を入れ替わる。ミカはそっとカナエの膝にやまっちの頭を移した。


「うう、足が痺れてきた・・・」


 カナエはボヤくと、ミカに声をかけた。


「ミカ、交代してもらってもいい?」


 ミカに声をかけたその瞬間、やまっちがゆっくりと目を開けた。


 ・

 ・

 ・

 ・


「ん・・・?」


 俺は目を覚ましたが、まだ意識がぼんやりしている。

 後頭部には心地よい柔らかな感触と、目の前にはミカとカナエの顔があることに気が付く。


「おはよう・・・あれ?」


 俺は不思議そうに頭をかしげたが、ほっそりとしたウエストがそこにあった。


 距離がおかしい。ち、近い!しかもお腹が目の前!


「やまっち、起きたのね!」


 ミカが笑顔で声をかけて来た。


「おはよう、やまっち。よく眠れた?ほんと、お寝坊さんなんだから」


 カナエも俺の顔を覗き込み優しく声をかけてきた。

 そして俺は、自分が膝枕をされていることに気づいて、慌てて身を起こそうとした。


 その瞬間、勢い余ってカナエの胸に顔を埋めてしまった。ふごっ!


「ご、ごめん!」


 俺はその事実と、柔らかな感触に真っ赤になって謝ったが、慌てて身を引くとそれはそれは見事なまでの土下座をした。


「本当にごめんなさい!」


 更に頭を下げ、地面に額を押し付けた。


 カナエは驚いた様子だったが、すぐに笑顔で答えると俺を起こしてくれた。


「やまっち、大丈夫よ!そんなこと気にしなくていいから」


 優しく言ってくれる。怒られたり、さっきのように平手打ちを食らうこともなくホッとした。


「やまっち、気にしなくてよいのよ!」


 そう言って、頭をぽんぽんと軽く叩き、俺の頭をぐいっと掴むとミカは自分の胸に俺の頭を抱き寄せた。


「さっきはごめんなさい」


 そのように謝ってきたが、胸の感触を感じたその瞬間、俺の鼻から勢いよく鼻血が飛び出してしまった。続けざまに感じた胸の柔らかい感触に、俺の興奮は限界突破したのだ!


 ドピューと見事なまでに鼻血が飛んでいき後ろに倒れると、またもや柔らかな感触が・・・気絶しそうになるも、そっと疑問に横になる。


「うわっ!どうしたの?やまっち、大丈夫?」


 カナエが慌てて言う。ミカも驚いたように俺を見つめる。


「いや、これは・・・」


 俺は恥ずかしそうに鼻を押さえながらごまかす。


「ちょっとしたハプニングだよ・・・急に起きたから・・・」


 引き攣った笑顔を向ける。


「じゃあ、私の膝で鼻血が止まるまで休んでなさいよね!」


 ミカはそう言って、俺を自分の膝に移してくれると、彼女は微笑んで優しく俺の頭を撫でてくれた。


「安心して休んでね、やまっち。あなたはそれだけのことをしてくれたのよ」


「ミカの膝枕なら安心だね」


 カナエは頷きながら、俺の顔を見つめている。


 朝の光が2人の美少女と俺を包み込み、その光景はまるで温かな家族のような優しさに満ちていた。俺は再び目を閉じ、心地よい朝の光を感じながら、2人に守られている安心感を覚えた。

 この2人を救った気絶する前の俺を褒めてあげたい!


 鼻血が止まり、俺がゆっくり立ち上がると、俺たちは3人で助かったことを喜び、しばらくの間抱き合い、お互いが行きていることを感謝した。


 やがて、誰かのお腹が鳴る音で、俺たちは顔を見合わせて笑い始めた。


「誰のお腹が鳴ったの?」


 ミカが笑いながら尋ねる。


「わ、私じゃないわ!」


 カナエが慌てて否定する。


「いや、俺かも・・・腹減ったね」


 俺は照れくさそうに笑って言ったが、犯人は誰だろう?ああは言ったが、実は俺じゃない。


「もう、やまっちったら!じゃあ、何か食べに行こうか?」


 ミカが笑いながら提案すると、カナエも笑顔で頷く。


「そうね、朝ごはんにしましょう」


 俺は食べに行くところなんてないぞと心の中でツッコむも、俺たちは朝の森を後にし、急ぎこの場を離れることにした。

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