第22話

【白金豪己】


 掲示板に達也のヒントを書き込みコーヒーを飲み干すと達也と会ったあの頃を思い出す。


 達也が冒険者になったのはあいつが高校1年の頃だった。

 あの頃は魔力の質が冒険者の才能を決めるとまで言われるほど魔力の質が重要視されていた。

 いや、つい最近までそうだった。


 俺はおせっかいでみんなにアドバイスをしていた。

 そんな中で、達也の事は今でも覚えている。

 魔力訓練の経験が1人だけなく、1人だけで魔力検査を受けていた。

 冒険者になる人間はそれより前から魔力の練習をするもんだ、だがあいつは全くの素人だった。


 達也は検査が終わると三角形のレーダーチャートを見て考え込んでいた。


「お、どうした? 結果の見方が分からないか?」

「あ、どうも、俺、才能が無いみたいで」

「見てもいいか?」

「……うん」


 レーダーチャートを見て驚いた。

 三角形が上に伸びていれば戦士の才能がある。

 右下に伸びていれば黒魔法使いの才能が有り左下に伸びていれば白魔法使いに向いている。


 だが達也のレーダーチャートには尖りが全くなかった。

 きれいな三角形、偏りのない魔力。

 適正ジョブが無い事を示す。


「俺、冒険者になれるのかな?」

「魔力の質的には冒険者に向いていない、何で冒険者になりたいんだ?」

「両親が交通事故で死んで、1人で生きていきたいから……」


 冒険者以外で金を稼げる方法が俺には思いつかない。

 俺はそれ以外の道を知らない。

 金があるなら投資を教える事は出来る、でも達也には何も無かった。


 達也が、冒険者としてやっていくのが正しいかどうかは分からない。

 だが少なくとも努力が出来れば稼げるようにはなるし国の補助を受けられる。

 俺は迷い、それでも冒険者としてのアドバイスをした。


「……冒険者の才能は魔力の質もある、だが他にもモンスターを前にして焦らない心、危ないと思えばドロップ品を拾わず撤退する判断力、そしてコツコツと訓練を積み重ねる努力も必要だ」

「……努力」


「一番大事な事はな危ないと思えば逃げる事だ、死ななければ長く冒険者を続けられる」


 達也は妙に納得したように頷いた。

 両親が死んだばかりだ。

 思う所があったんだろう。


「俺、どの訓練を、僕はどの訓練をすればいいでしょうか?」


 近接戦闘の戦士。

 攻撃の黒魔法使い。

 白魔法使いは防御と回復に向き攻撃には向かない。

 戦士か黒魔法使いの2択だが……


「訓練期間が最短でモンスターを倒せるのは戦士だ。身体強化が一番早くとりあえずの結果が出る、だが前に出る分負傷のリスクやモンスターに囲まれる危険がある。囲まれたら退路にいるモンスターだけを倒して逃げればいい」


「俺、戦士になってみる。豪己さん、ありがとう」

「おう!」


 俺の判断に自信は無かった。

 だが、そんな心配はすぐに吹き飛んだ。

 毎日それとなく達也の様子を見に行く。

 達也はどんどん強くなっていった。


 達也はわずか一ヶ月で身体強化を習得した。

 しかも練度が高い。

 成長が早すぎる。

 俺は達也の護衛を買って出た。


 ダンジョンに行くと達也は3体のゴブリンを一瞬で斬り倒した。

 動きが普通ではない。

 しなやかな体の使い方、そしてまるで未来がイメージ出来ているかのような最小限の動きだった。


「達也、剣道か何かをやっていたか?」

「やってないけど、でも訓練中に素振りと人形を攻撃するのはやったかな」


 達也は天才だ。

 魔力の質がもし戦士タイプならすぐにトッププレイヤーになっていただろう。

 瞬発力に欠ける魔力である事は惜しいが達也は未来を予測する能力が高いんだろう。


「達也の動きはまるで魔眼使いだな」

「目を身体強化で強化して見切るやつ?」

「そうだ」


「使ってみたいけど戦士の才能が無いからなあ」

「魔眼は魔力の瞬発力が低くても使える。それよりも身体強化のコントロール能力の方が必要だな」


「おおお! 魔眼を使えればもっと避けて当てられる!」

「だが、俺は魔眼を諦めた」

「え? 豪己さんでも!」


「目が、いや、目の奥が痛くなる。目を強化し続けるのは痛くて苦しい、それに一時的に視力が悪くなる。やるなら片目ずつだが苦しい割に中々上達しない。俺は魔眼を諦めて他の訓練をする事に決めた」

「そっかあ」


 その日は何とも思わなかった。

 だが次の日達也は左目に眼帯をつけて冒険者組合に現れた。


「達也、左目はどうした?」

「魔眼の訓練をしてて目が見えなくなったら眼帯を貰った!」


 達也は五感強化や魔力感知を覚える前に最も難易度の高い魔眼の訓練をしていた。

 普通すべての五感を強化する五感強化スキルを覚えて感覚を強化し、自分の内面を観察しやすくする。

 その上で魔力感知を覚え、周囲に感覚を広げる。

 そして最後に魔眼を覚える。

 だが達也は基本を無視して一番難しく多くの人間が挫折する道を最初に選んだ。


「目が見えなくなるまで訓練をしたのか! 普通その前に訓練を止める!」

「痛いんだけど、続ければ少しだけ、痛みが薄くなる感じがした、様な気がする」

「危ないから今はダンジョンには行くなよ」

「冒険者組合の人にも止められたからその間身体強化の練習をしよう」


 達也は逆立ちをしながら身体強化を始めた。

 俺はその時思った。

 達也は普通じゃない。


 痛みに強すぎる。

 苦しい基礎訓練を笑顔でこなしている。

 苦しいのに苦笑いを浮かべたような顔で他の冒険者が遠ざかっていく。

 親がいない逆境だけじゃねえ、あれは生まれ持った才能だ。

 出来が違う!


 その後達也は両目の魔眼をマスターした。

 そして身体強化のコントロール能力は更に高まった。

 その後はを五感すべてを身体強化し、更に魔力感知すら覚えた。

 魔眼を使えるなら五感強化も魔力感知も出来る。

 魔眼が3つの中で1番難しい。

 そしてその強化した感覚で内面を観察するように身体強化の基礎訓練を続けていった。


 成長が鈍化しねえ!


 それどころか感覚が鋭くなって成長速度が増している。


 身体強化のコントロール能力はあっという間に俺を追い越した。

 だが達也は言う。


「俺、才能が無いから人より頑張らないとな」


 俺は寒気がした。

 あれだけの才能を持ちながら自分は才能が無いと信じている。

 

 あの薄っぺらい三角形のレーダーチャートの紙。

 あれを今でも信じている。

 達也を見て思う。

 魔力の質は才能を測る1つの指標に過ぎないと考えを改めた。


 達也はサイコロの1面だけを見て自分が無才だと言ってやがる。

 話を聞くと親から何度も『調子に乗ってはいけない』と言われていたらしい。


 日本人特有の身内を過小評価し過ぎる悪い癖だ。

 達也はきっと何をさせてもすぐ出来るようになったんだろう。

 だが真実を伝えてしまえば達也の成長を邪魔する結果になりかねない。

 俺は達也を見守る事にした。



 後で冒険者組合の受付に言われた。


「達也君の認識が歪むのは豪己さんのせいもありますよ」

「なんでだよ?」

「豪己さんはドラゴンを一撃で倒すワンキルですからね。感覚が鋭い達也君はダンジョンに入った豪己さんの身体強化を見ますよね? それを見れば自分はまだまだだって思いますよ」


 言われて苦笑した。

 思えば達也は他の高校生が訓練をとっくに終わらせてダンジョンに行く中1人だけあまり使われていない基礎訓練の部屋で淡々と訓練を続けていた。

 高校生になり早く金を稼ぎたいとダンジョンにばかり行きたがる若いのに比べて達也はそこも変わっていた。


 他の子は基礎訓練が大事だと言っても手っ取り早く稼げるダンジョンに行きたがる。

 達也は目先ではなく驚くほど先を見据えている、そんな気がした。

 普通の人間はそこまで先を見ず、今を優先する。

 それが人間だ。


 だが達也は10年後、20年後を見ているような発言を言葉の端々に感じた。

 達也の魔眼を見るとまるで未来を見ているような錯覚さえ覚えた。


 俺は現実に引き戻されて2杯目のハンドドリップコーヒーの湯を注いで湯気を見つめる。


「達也、俺も黒矢も超えていけ」


 やっと始まる。


 日本が、


 世界が達也に注目する。

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