第9話

「やっぱり泣いたか。はい笑顔」


 ごうが写真を撮る。

 

 沙雪は写真を撮られる事に慣れていた。


 顔は笑顔のまま「おじさん、やっぱり泣いた」と言ってポーズを決める。


「凄い! 笑顔なのに毒を吐いてる」

「私も来てよかったわ。沙雪ちゃんはすっかり可愛くなって。泣きそうになちゃったわ」

「おじさんも我慢して欲しかったな」


 ぱしゃぱしゃぱしゃぱしゃ!

 沙雪は笑顔でシャッターのフラッシュを浴びた。


「おっし! 買い物があれば寄るぜ」

「お米を多めに買いたいわ」

「おう! 行こうぜ」


 ごうの車で買い物をして帰る。

 荷物を置くとごうが言った


「実はよう、相談があってな、無理なら断ってくれて構わねえんだが」

「言ってくれ」

「ダブルプロジェクトの高校生が冒険者組合に来てな、指導が難しくて悩んでいる」


 ダブルプロジェクトの一期生が高校1年生になったか。

 受け入れる冒険者組合側もどうしたらいいか困るよな。


「……人を見せてくれ。人間性による。手間がかかると思えばバッサリ断るけどいいか?」

「会って貰うだけでもいい。頼むぜ」


 2人で車に乗る。

 街を眺めながら話をした。


「沙雪が大きくなって手がかからなくなったんじゃないか?」

「ああ、一緒に遊園地に行く事は無くなって友達と出かけるようになった。学校が終わって帰って俺がいなくても気にしなくなった」


「すくすく育って良かったじゃねえか」

「それはいいけど、親心としては複雑だ。ジャンピング目覚ましも、俺を見るとすぐ寄ってくるあどけなさも、約束を破ると怒る事も無くなった。子供はすぐ大人になる。本当にあっという間だ」


「……」

「……また泣くなよ」

「泣かねえよ」


「……」

「……沙雪の手がかからなければ手伝って欲しい、見て無理なら断っていい」

「分かった」


 沙雪の中学入学はいい転換点になる気がする。

 沙雪はさみしくなるほど手がかからなくなった。


「そう言えば奈良がいるだろ?」

「受付のイケメンメガネのな」

「そうだ、次長になった」


 いつも行く冒険者組合の支所とはいえ若くして建物の2番手は大抜擢だ。


「あの建物で2番目に偉い役職か。冒険者組合の出世は罰ゲームって言うけどどうなんだ?」

「大変そうだぜ。行けば色々聞ける」

「一応お祝いを言った方がいいか?」

「奈良はムッとするだろうな。罰ゲームにお祝いだぜ?」

「そっか、やめておこう」


 ごうと俺は冒険者組合に入ると奈良君が小走りで近づいてきた。


「待っていました。コーヒーをお持ちします。すぐにコーヒーを」

「はい、少々お待ちください」


 隣にいた受付のお姉さんがすっと下がった。


 奈良君。

 本当に偉くなったんだな。

 新人のお姉さんにコーヒーを頼んでる。


「最近元気でやってる?」

「達也さんが戻ってきてくれればもっと元気になりますよ」

「それは無理だけど、ダブル候補の高校生がここに来るんだって?」

「はい、その話は部屋を変えてお願いします。豪己さんも一緒に」


 俺達は応接室に移動した。

 コーヒーを受け取ると奈良君が話しだす。


「ダブルの件ですが、完全に国から丸投げされています」

「よく分からないし具体的な指示や指針がないまま丸投げのイメージで合ってる? ただダブルの完成を目指すとか言う大雑把で具体性が無い感じ?」

「はい、その通りです。僕としてもどうするべきか困っています」


 ダブルプロジェクトの一期生。

 ダブルのジョブ運用は今だに実現していない。

 2つの魔法を使える人はいるが1つのジョブを集中的に鍛えた子に比べて成果は出ていない。


 ダブルは2系統の魔法訓練をする分ただでさえ倍の訓練時間がかかる。

 そして特化していない魔力は意識が難しく更に成長が出遅れる。

 特化型の3倍苦労すると考えていいだろう。


「何人いるの?」

「100人以上います」

「ん? ダブルプロジェクトの生徒全員がここに丸投げされた?」

「はい、そうです」

「……おかしくね?」

「ええ、憤りを覚えます」


 普通は支所に丸投げしない。

 色々おかしい。


「奈良君はどう持って行きたい?」

「まずは、受け入れ限界を超えている事を報告すると同時に他の冒険者組合支部に分散配置させます。上はこちらにどうするかまとめて丸投げしているのでこちらはこちらの判断で良いと思うように配置するだけです」


 奈良君がくいっとメガネを上げる。

 メガネが反射して輝く。


 俺と奈良君で話し合いをしてダブル候補の高校生全員と面接をする事にした。

 奈良君の上司である部長に相談すると『奈良君の責任で思いっきりやってほしい。全部任せるよ』と言って奥に引っ込んでいった。

 奈良君、大変だな。


 面接の前に今の状況を正直に伝えた上でダブルへの道がまだ実現しておらず手探りの訓練をお願いする件を正直に伝えた。

 奈良君は優秀だな。


 その日の内にダブル候補の高校生を1人ずつ呼び出す。

 優秀なんだけどメガネの奥に怒りを感じる。

 国も任せるなら最低限の方針を示して欲しいものだ。


『未来を担う新たなジョブを創出する』のうたい文句にどの方向を目指しているのか全く分からないし何を聞いても任せるの言葉が返って来るらしい。

 トカゲの尻尾切りをさせたいように皆が責任を取らない。


 これで国民から非難があれば奈良君に責任が行くんだろうな。

 俺・奈良君・ごうで本人の希望を聞き取る面接をする。

 その上で面接で意見や質問を聞いていく。


 ダブル候補の男子生徒が大きな声で言った。


「ここで訓練をしてもいいですけど結果が出なかったら誰が責任を取るんですか?」


 うん、丸投げされた事をダブル候補生も感じているんだろうな。

 でも俺にも時間が限られている。

 当事者意識の無い子を育てる時間はない。

 1日1時間、それ以上時間は取らないと決めている。


「この冒険者組合は指導をしても最後は自己責任の方針だからこことは方針が合わないかもしれないね。別の支部は部長や次長の意見によって大分方針が違うから違う所で指導を受けるのがいいと思う」

「他に行けって事ですか?」


「そうなるね。見て分かる通りここは周りにダンジョンが多くある支部だから現役冒険者の対応で多くの時間を奪われているんだ。で、スタッフの補充もされないから訓練は現役冒険者の暇を見てボランティアでお願いする事になる。指導員が来ない事もあるよ」


 俺は遠回しに他に移動した方がいいと言った。


「面接は終わりです。ありがとうございました」


 ダブル候補の高校生が部屋を出る。


「あの子は無いな。当事者意識が無いタイプは何かあれば人のせいにしてくる。手間がかかりすぎる子を見る気はない」

「元ウエイブライドの発言と取っていいですか?」

「いいぞ。次に行こう」


「次の方どうぞ」

「失礼します」


 俺達はどんどん話を聞いていく。


「人に言われてやるよりも自分でメニューを決めて訓練したいです!」

「そっか、うん、自分の人生を自分で決めるのはいいと思うよ。君は自分の人生を自分で切り開こう」

「面接は終わりです。ありがとうございました」


 高校生が部屋を出ると奈良君が言った。


「あの子も無しでいいですね?」

「自分で訓練をやりたい子は自分でやって貰おう。ああいうタイプは俺の指導を聞く気はないだろうし」


「次を呼びます」


 俺達は当事者意識の無い子と人のせいにしそうな子、自分で決めたい子を排除していった。

 自分で決めたい子は自分で訓練をして道を切り開く可能性がある為自主性に任せる方針にした。


 放置になる。

 奈良君は露骨に放置とは報告せずダブル候補生の多様性を持たせる為個人の意見を尊重し、多様性を持った訓練をして貰い、2期生以降にデータを活用したいと報告するようだ。

 1年ごとにダブル候補生の冒険者レベルなどのそれらしいデータを付けて上に報告すればダブル候補生がどうすれば伸びるのか次の参考にはなる。

 更に面接をした事で自主性を重んじる体を保てる。

 

 こうしてこの冒険者組合では10人だけをこの支部に受け入れ他は他支部に回す方針を固めた。

 幾重にもバリアを張る様な抜け目のない奈良君の主張は通った。

 


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