第8話

 何年も時間が経った。


 沙雪は小学校を卒業して中学生になる。


 訓練は進んだ。

 だが俺は年を取った。


 朝の訓練が終わり食事の為リビングに集まる。


「おはよう」

「達也さん、おはよう」

「おはよう」


 沙雪は大人になっていく。


 左手で髪を押さえて右手で箸を使いご飯を食べるそのしぐさ。


 姿勢の良い座り方。


 優しい笑顔。


 まるでさなぎが蝶に変わる様に雰囲気が変わった。


「おじさん、どうしたの?」

「沙雪が大きくなったと思ってな」


「今日は中学校の入学式ね」

「おじさん」

「ん?」


「卒業式の時みたいに泣かないでね。凄く恥ずかしい」

「善処しよう」

「善処じゃなくて約束してよ」

「前向きに検討しよう」


「それやらない時の!」

「うむ。感情をコントロール出来るかは分からない。おじさんも修行不足だな」

「あら、思い入れが強いほど感動するものよ?」

「深いな」


 俺は味噌汁をすすって言った。


「味噌汁の味が? それとも言葉が?」

「どっちもだ」


 おばあちゃんが笑う。

 沙雪は『もおー!』と言って俺を見た。

 俺が泣くことを想像してか顔が赤い。


「おばあちゃんも来るの?」

「歩くのがつらくてねえ」


「いやいや、車を用意しているから用意して欲しい。沙雪の中学入学は一生に1度しかない」

「洗い物をしてすぐに用意をするわ」


「おじさん」

「ん?」

「なんでもっと前に言わなかったの?」


「おばあちゃんが喜ぶかなと思って」

「おじさん」

「ん?」

「女の子は用意に時間がかかるの」


「おばあちゃんはいつもきっちりしている」

「それでも時間がかかるの」

「……悪かった」


 2人でおばあちゃんを見ると嬉しそうに洗い物をしている。

 おばあちゃんの身だしなみはいつもきっちりしているが女性は細かい部分に気を使う。

 そういうのは苦手だ。


 いや、沙雪を育てる事と訓練以外に意識が回っていない。

 意図的にそうしてきた。


 ピンポーン!


「あ、ごうだ」

「豪己さん?」

「そうそう」


 俺はごうを中に入れた。


「よう、沙雪、おばあちゃんも元気か?」

「わあ、凄い冒険者の豪己さんを足に使うんだあ」

「もったいないとか他の人にお願いすればいいとか思うかもしれないけどおばあちゃんが安心できる人にした」

「おう、絶大な信頼を得ている俺に任せな!」


「豪己さん、お化粧して来るわね」

「おう! 急がなくっていいぜ。沙雪、でかくなったな」


 豪己が頭を撫でようとすると沙雪がガードした。


「おしゃれに敏感なお年頃だ。せっかくセットした髪が崩れる」

「がはははは! 悪かったな! 目が白帆に似てきたな」

「そうかな?」

「そうだぞ」


「ごう、最近どうだ?」

「教育は難しいぜ。俺を超える人間を育てたいんだがなかなか難しい」

「レベル6のごうを超えるのは難しいだろ」


「俺を余裕で超えられるのは達也くらいか」

「いや、意外と沙雪が超えたりしてな」


 沙雪は白と黒の魔力球を出現させた。


「……ダブルじゃねえか! しかも黒魔法と白魔法の同時使用! 達也が目指している姿じゃねえか!」

「うん、ダブルだと思う」

「国は知ってんのか?」


「いや、知らない。沙雪は基礎訓練しかしていない」

「逸材だぜ。流石黒矢と白帆の子だ」

「血もあるかもしれないが、沙雪ががんばった」


「問題は沙雪が将来をどう考えているかだぜ」

「だな、冒険者になりたいとかあるか?」

「う~ん、まだ中学生になる所だし、分かんない」


 俺達は雑談をして待った。


「お待たせしました。行きましょう」

「おう!」


 ごうの車はマイクロバスだった。


「好きな席に乗ってくれ」

「これをレンタルしたの? 大きすぎるよね?」

「いや、ごうが買ったものだ。ごうは面倒見がいいからな。冒険者を遠征で連れて行く時に使うんだ」


「未来の冒険者を乗せて出発だ」


 ごうの言葉は俺に言ったのか、沙雪に言ったのか分からない。

 俺達は中学校に到着した。


「車を置いてくるから先に行っててくれ」


 中学校の中に入ると早速沙雪に新入生の男子生徒が話しかけてくる。


「君も新入生?」

「あなたはどちら様ですか?」


 沙雪は笑顔で言った。

 男子生徒はこっちに来るなの言葉を無視して話を続ける。


「同じ組になれたらいいね」

「もう行くので道を開けてください」


 沙雪、笑顔で毒を吐く白帆のようだ。

 お母さんに似たのか。


 男子生徒の後ろからごうが現れる。


「沙雪に用か?」

「ひいい!」


 男子生徒が後ろに下がって逃げていった。


「ごう、流石だな」

「俺は普通に話をしただけだぜ」

「はははははは、良く言う。気配を消して後ろに回り込んでたじゃないか」

「んん? 何の事だあ?」


 ごうが変顔をする。


「んじゃ、俺は外で待ってるぜ」

「わあ、2人とも小学生の男子生徒みたい」


 沙雪の毒は俺達にも吐かれた。


「おじさんが助けてくれなくてイラっとしたのよね?」

「そんな事無いよ」

「そろそろ時間か」


 入学式が始まった。


「新入生の挨拶。市川沙雪いちかわさゆきさん、前へ」


 沙雪は首席でこの中学校に入学した。


 もう、中学生か。


 あっという間だな。

 最初は俺に懐いてくれなくて苦労した。


 俺が沙雪を引き取り挨拶をすると俺から目を逸らした。


 ご飯を作ると「お腹空いてない!」と言われショックだった。


 幼い沙雪が両親を失い心の傷にどう接すればいいのか分からなかった。


 視界が歪む。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!」


 俺は声をあげて泣いた。


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