タワマン売って郊外の一軒家を購入、よって彼女に振られました

大崎 円

第1話 タワマン売ったら彼女に振られた

「はぁ!?マンションを売ったってどういう事よ!!」

「いや、言葉通りなんだけど……」

「私に相談もなく売るなんて信じられないわ。家はどうするのよ!!」

「ああ、それは大丈夫。もう次に住む所も決めてるから」


 都内某所にて、マンションを売った報告を彼女にしたのだが、烈火の如く怒られた。

 勝手に話をまとめて来た僕に非があると言えなくもないし、むしろこの展開は予想していた。

 では、何故そんな無謀な事をしたかと言うと……それは僕のポケットの中に答えがある。

 まぁ、とりあえず個室の店にしておいて良かったな……と他人事の様な感想を抱くぐらいに今の僕は冷静である。



 僕こと高槻優大たかつきゆうだいは、高校卒業後に叔父の経営する不動産会社に就職した。

 その叔父の勧めもありマンションを購入したのが10年程前の話だ。

 不動産価格はこの10年で上昇し、僕の買ったマンションも今ではなかなかお目にかかる事の出来ない広さということもあり、購入時の2倍の金額で売却となった。

 頭金を入れたにしても、よくあの年齢で買えたものだとつくづく思う。高卒で何も出来なかった僕に不動産が何たるかを教えてくれた、叔父には一生頭が上がらないだろうな……。


 この話を少し掘り下げると、最初の始まりは懇意にしていたお客様が僕の所有するマンションを欲しいと仰った事だ。


 代わりにその方の所有する郊外のアパートと一軒家を格安で譲ってもらえる事になった。

 マンションの売却益と所有していた株を一部売却したおかげでローンを組む必要もなく、言うなればお互いの物件を交換したとも言える様な取引を行う事が出来た。


 このアパートの収益が今後の収入となる、言うなれば僕の生命線とも言える。

 ちなみに満室想定ではあるが、年間で500万円ぐらいの収入が見込める予定だ。


 僕は契約してきたばかりの一軒家の資料を鞄から取り出し、彼女の方に差し出した。


「何これ……築50年のこんなボロ家なんて有り得ないわ。アンタみたいな高卒でタワマン住んでるぐらいしか取り柄のない男と付き合ってあげていたのに。私のこの3年間は何だったのよ!?」


 ヒステリックに叫ぶこの女性は僕の彼女。秋野凪沙、25歳。

 肩口で切りそろえられた髪は、明るめのブラウンに染められていて、二重の大きな目をさらに見開いている。


 本人が言っている様に、凪沙は容姿に優れない僕が、付き合えているのが奇跡としか言い様がない程の美女である。

 10人すれ違えば8人は振り返ると言っても過言ではないだろう。


 デートの待ち合わせ場所に彼女が先に居ると、ほぼ確実にナンパされていた。

 その光景を見るのが嫌で、デートを重ねる度に僕の待ち合わせ場所に到着する時間はどんどん早くなっていった。


 最終的に、約束の1時間前に行っても同じような光景が繰り広げられていたので諦める事になった訳だが、この話を掘り下げると長くなるので今は置いておく。


 結局、彼女が知らない男にナンパされるのは僕としても気分の良いものでは無かったので、車を買って彼女の家まで迎えに行く様になった。

 車も、彼女がみすぼらしい車になんて乗りたくないと言うから某高級メーカーの外車を買ったのだ。


 凪沙と出会ったのは3年前。彼女いない歴=年齢だった僕が30歳を機に、マッチングアプリを通じて知り合った。

 別に魔法使いになりたいと思ってこの歳までそういう経験をしなかったとか気取るつもりはない。ただ、そう言った出会いがなかっただけの話だ。


 大した趣味のない僕に、世の中の遊びや快楽を教えてくれた恩人。

 もちろん僕の初めてを捧げた人でもある。まぁ、凪沙は初めてではなかったけど……別にそれは問題じゃない。


「は?これしかも隣の県じゃない?しかもこんなド田舎……会社どうするのよアンタ。ここからだと通勤だって大変じゃない」


 そう、指摘のあった通り会社までの距離が遠くなる。でもその点についても特に問題はないのだ。怒り心頭の彼女にその理由を説明する。


「会社なんだけど、さっき辞表出してきた……」

「…………はぁ!?私に相談のひとつもなく会社まで辞めたの!?アンタ馬鹿じゃないの!?」


 火に油を注ぐってこういう事を言うんだろうな……とのんびりと構えている僕。

 今の彼女には僕がただの馬鹿野郎にしか思えないだろうが、ここからが僕のターンだ!!ってこのネタは少々古いか。


「ちょっと待ってくれ。怒らずに一度冷静になって聞いて欲しいんだ」


 そう言って僕は彼女を諌める。こうなった経緯を1つずつ慎重に説明して誤解を解かなければと、気合いを入れる。


「実は今回の一連の行動は、凪沙との結婚を真剣に考えて決めたんだ。前に言ってたよね?都会で雇われで働くのではなく田舎で自分の店を持ちたいって」


 少し間を置き、僕はまずこの話から切り出す事にした。

 僕が購入した一軒家は都内からは離れているものの、彼女はど田舎と言うが僕から見ればそれなりに規模のある街だ。

 彼女も元々そっちの出身と聞いていたので、地元に近いし喜んでもらえると思っていた。

 そりゃ、相談しなかったのは確かに悪いとは思うけど、一生に一度しかないであろう結婚という人生の岐路。

 サプライズをして、大切な人に喜んで欲しいと思って……何が悪いというのだ。自然とポケットの中にある箱を握る力も強くなる。


「そんなの冗談に決まっているじゃない!!アンタその話を鵜呑みにしてマンション売って会社まで辞めてきたの!?」

「えっ……冗談?」

「当たり前でしょ。しかも私の地元に近いじゃない。死んでも嫌よ、そんな所に住むなんて」

「…………っ……」


 彼女から発せられた思いがけない言葉に息を呑む。えっ……地元の方に住むの嫌だったのか!?


「アンタなんてこっちから願い下げよ。もう別れる」


 そう言って彼女は店を出ていってしまった。

 1人残された僕は呆気に取られ、箱を握り締める力は無意識に弱まっていった……。

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