SCENE-004 聞き耳

「姫子のやつ、俺たちが〔獣化〕すれば鼻も耳も馬鹿みたいに利くってこと、忘れてないか」

「ちょっと抜けてるところがかわいいんだから、姫はあれでいいんだよ」

「悪いとは言ってないだろ」


 姫子に逃げられてしまったというのは正しくなくて。

 あのままだと我慢できずに無理やり唇を奪ってしまうそうだったから、そうならないように逃がしてあげた。


 そういうつもりでいる仁は、姫子の声がよく聞こえるように、一部だけ〔獣化〕させた耳をぴんと立てたまま、隣で同じように聞き耳を立てている狼のことを、じとりと睨め付けた。


「姫にキスしたのは狼が悪いよ。反省して」

「それを言うならお前だろ。スキルで〔支配〕された下僕の分際で姫子ごしゅじんさまを脅しやがって」

「羨ましいだろ」

「それはこっちのセリフだ」

「…………」

「…………」


 仁から睨まれた狼も、仁に対して同じような目を向けてきていたから。


 ほどほどのところで、双子は不毛な睨み合いをやめにした。




「……姫子のやつ、静かになったな」

「暗くて狭い場所、好きだからね。興奮が落ち着いたら眠くなったんじゃない?」

「すぐ寝る……」

「かわいいよね」




 仁と狼にとって、姫子は最初から特別だった。


 仁には狼が、狼には仁という双子の片割れがいたせいで、仁や狼がお互い以外の他人と関わることには途方もないストレスが付き纏う。


 そんな自分たちの間に入れても不快ではない存在。


 それどころか、懐にしまい込む勢いでそばに置いておかなければ落ち着かなくてたまらない気持ちにさせられる。




 姫子に愛想を尽かされて困るのは自分たちの方だから。


 姫子がせめて、居心地の悪い思いをしなくてすむように。姫子のことは、これでもかというほど大事にしようと決めていたのに。




 一度でも踏み越えてしまったラインの向こう側には、もう戻れない。


 姫子が受け入れてくるなら、どこまでも踏み込んでしまいたいと考えてやまない仁は、同じように考えている狼とともに、姫子がすっかり寝入った頃合いを見計らって。自分たちの大事なお姫さまを、狭くて暗い、気持ちが落ち着くばかりで少しも安全ではない〝城〟の中から連れ出した。



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