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冬休みになり、年末ぎりぎりに帰ってきた兄は、重ね着で達磨さんのようだった。
去年と同じ静かなお正月を迎える。
兄に言わせると、今が一番の伸びどころらしく、私は毎日センター試験に合わせて過去問を解きまくっていた。
答え合わせのあと、不正解の問題を徹底的に見直すという作業を繰り返しているうちに、なんとなく光明が見えた気になる瞬間もある。
もちろん全然ダメな日もあって、まさにあざなえる縄のごとしだ。
「ここまで来たんだ。後は健康管理と神頼みだな」
この苦境をたった一人で乗り切った兄は、やっぱりすごいと思う。
「お兄ちゃんも神頼みとかしてたの?」
「そりゃしてたよ。マジで祈ってた」
「へぇ……意外」
「よく言う『藁にも縋る』ってやつだ。ああそうだ『私は藁にも縋りたい気持ちです』これを英訳してごらん」
「いきなりかよ……えっと、I have become so desperate that I would clutch even at straws」
「はい、正解。じゃあ次は『Let's have Yakiniku tonight. Would you like to grill the scallops I bought as well?』を和訳して」
「ええっと……今夜は焼肉にしましょう。一緒に焼きませんか……私が買っているスカラップ……スカラップだからホタテ貝だよね? わかった! 『今日は焼肉にして、私が買って来たホタテも一緒に焼きましょう』だ!」
「Good job! So what's the answer?」
「of course. I'll be happy to do that」
お兄ちゃんが頭を撫でてくれた。
何年ぶりだろう……嬉しい!
母に兄の要望を伝えると、財布を渡された。
父が後ろから『良い肉にしろ』と言ったので、力強く頷く。
テーブルにホットプレートを出すのも久しぶりだ。
「味が移ると嫌だから、ホタテはフライパンで白ワイン蒸しのバター醬油風味にして」
相変わらず我儘なばあさんだが、そのプランには大賛成だ。
バター醬油の沁み込んだホタテを皿に盛り、残った汁を煮詰めていく。
醬油を足して味を調え、刻み葱を乗せたアツアツご飯にトロッとかけると、超豪華ホタテ風味ネギご飯の出来上がり。
テーブルにそれを運ぶと、ばあさんとお母さんが同時に歓声を上げた。
「俺は焼肉風味のガーリックライス目玉焼きのせがいい」
父がニヤッと笑ってコクコクと頷いている。
はいはい、二人前ね? すぐに作るから待っててくださいませ。
ホットプレートでニンニクのみじん切りを炒めていたら、父が兄に話しかけた。
「飯はちゃんと食ってるのか?」
「うん、あまりバリエーションは無いけどちゃんと食べてる」
ばあさんが口を挟んだ。
「ラーメンとかばかりじゃないだろうね?」
兄が苦笑いを浮かべた。
「1階の食堂ってラーメンだけは不味いんだ。妙に塩気の多い味噌ラーメンでさぁ、慣れると旨いっていう先輩もいるけれど、慣れるほど食べる気にもなれないよ」
「札幌って味噌ラーメンっていうイメージだけどなぁ」
父の声に母と私が頷いた。
「僕もそう思って楽しみにしてたんだけど、地元民の味っていうのかな? とにかく塩分が多いんだよ。むしろ観光客相手のラーメン横丁辺りの方が食べやすいね」
「ああ、俺たちも行ったよ。茹で卵がタダだった」
「ははは! そういう店って結構あるよ。小ご飯無料とか半チャーハンが必ずついてくるとかね」
ゆで卵……そう言えばスノウホワイトとももうすぐお別れだ。
「炭水化物の過剰摂取は心配だわ。野菜は? ちゃんと摂ってるの?」
母が困ったような顔で言う。
「そこは心配ないさ。学食には無料のサラダバーがあってね、新鮮で美味いって大人気なんだ。なんせ農学部の畑から直行だからね。時々虫が入っているのもご愛敬だし、ユーグレナジュースは、研究費稼ぎで教授が作ってるからとても安いし、かなり旨い」
「最近よくコマーシャルで聞くけれど、ユーグレナってなんだい?」
いや、ばあさん……聞かない方が良くないか?
私の心配などお構いなしに、兄がさらっと答えた。
「ミドリムシだよ。原始の時代から地球に存在する生物で、植物でもあり動物でもある人類の未来の希望だよ」
ばあさんが喰いついた。
ムシというだけで拒否反応かと思ったが、どうやら興味があるらしい。
そういえば『健康のためなら死んでもいい』と豪語するほどの健康オタクだったよね。
「体に良いのかい? 飲んでみたいものだねぇ」
「じゃあ戻ったら送るよ。ユーグレナもお勧めだけど、ミトコンドリアもなかなかなんだ」
二人は頷きあっている。
そんな冬休みはあっという間に過ぎていき、いよいよ共通テストの日を迎えた。
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