33
北海道から無事に帰ってきた両親の距離が、微妙に近くなっているような気がする。
その見慣れなさに、なんと言うか居心地の悪さを感じてしまう。
土産はド定番のカニと、チョコレートでコーティングされたポテチだった。
二人にしてはナイスチョイスだと思っていたら兄のチョイスらしい。
はい! 正解。
春休みもあと四日となった日、葛城から電話があり、病院に行きたいのだが深雪ちゃんを一人にはできず困っているという。
「風邪でもひいたの? 大丈夫?」
「風邪じゃないの。階段から落ちちゃって……背中が痛くて、息をするのも辛いの」
「大変じゃないの! ああ、静香さんいないんだよね……私が行こうか?」
いつもの葛城なら遠慮して言葉を濁すのだが、相当辛いのだろう。
「ごめんね、いつも頼っちゃって。私には洋子ちゃんくらいしか相談できる人がいないの。悪いけれど、来てくれると助かる」
「もう少し我慢して! すぐに行くから」
私はすぐに内線電話をかけた。
「あっ、おばあ様。お仕事中にすみません。この前来た葛城がケガをしたようで病院に行きたがっているの。息ができないほど痛いみたいで、すぐ行くから」
私は無意識のうちに、父でも母でもなくばあさんに頼っていた。
「大変じゃないか。大人はいないのかい? 確か下の子がいたよね……うん、分かった。すぐに支度をして降りてきなさい。車を準備するから」
愛用のトートバッグに財布と携帯電話を入れ、Pコートを手に取った。
このコートは兄からのお下がりで、厚めのセーターの上からでも羽織れるお気に入りだ。
「洋子、こっちだ」
会社のロゴが大きくプリントされたバンの前で手招きしている。
運転席には父親が座っていた。
「父さん?」
「早く乗れ! 場所は聞いているから近くなったらお前が案内してくれ」
急いで助手席に乗り込もうとする私に、ばあさんが封筒を渡してきた。
「病院に行くならお金が必要だ。保険証を持っているならいいが、持っていないことも考えられるだろう? 必ずその子の親に連絡を入れなさい」
「わかった。行ってくるね」
自分の財布だけを持っていても2千円も入っていなかったことに、今更ながら気づく。
父は事務方の人達が着ているのと同じ上着を着ていた。
左胸には会社名が刺しゅうされているそれは、どう見ても昭和だよね。
「帰ったばかりで疲れてるのに悪いね、父さん」
「いや、ぜんぜん疲れていない。むしろのびのびし過ぎて帰りたくないと思ったほどさ」
「ははは! それ絶対言っちゃだめなやつじゃん」
「ははは! 内緒にしてくれよ?」
父と他愛もない会話をしたのはいつぶりだろう。
ばあさんの事といい、両親とのことといい、垣根を作っていたのはどうやら私の方だったようだ。
兄という潤滑油がいなくなったら、我が家はどうなるのだろうと不安だったが、ギクシャクしながらも ゆっくりと回り続けるのかもしれない。
「この交差点を左」
「おう」
「ここ!」
私は停車する間ももどかしく、鞄を車内に置いたまま呼び出しベルを押した。
父も降りてきて、心配そうな顔をしている。
「洋子ちゃん!」
開けてくれたのは深雪ちゃんで、洋服の汚れはどうやら血のようだった。
一瞬止まりかけた私の心臓が再び動き出した時、奥から葛城の声がした。
「洋子ちゃん、ごめんね。動けないの」
振り返ると父が頷く。
私は深雪ちゃんを促がして、声のする方へと歩いて行った。
「葛城……お前……」
リビングに入ってすぐの場所で、葛城が横たわっている。
階段から落ちたって言ったよな?
顔から落ちて、もんどりうって背中を強打でもしたのか?
なんとも悲惨な状態の葛城が泣き笑いで声を出した。
「ごめん、洋子ちゃん。病院に行かないと拙いような気がするの」
私は頷いて深雪ちゃんに玄関にいるおじさんを呼んでくるように言った。
「保険証はどこ?」
「あそこの引き出しに入ってる。一番上だよ」
葛城が指さした先には、葛城沙也以外の三人が、笑顔で写っている写真が飾られたサイドボードがあった。
お前、こんな写真を見ながら飯食ってんのか……
「あったよ。病院へ行こう」
父が深雪ちゃんに手を引かれてリビングに顔を出した。
「おいおい! こりゃ救急車だよ!」
父は何の躊躇もなく携帯電話の緊急連絡ボタンを押した。
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