32

 葛城の家でやるより、サクサクと進む。

 深雪ちゃんは可愛いが、やはり気が散るからだろう。


「そろそろ休憩しようか」


 時間を見ると午後四時を回っていた。


「私ね、おやつ持ってきたんだよ」


 葛城が大きなトートバックから紙袋を取り出した。

 

「すごいね~。これってさっきのお菓子のお店のやつじゃん」


「うん、あれは会社の皆さんにって言ってたでしょ? だから私と洋子ちゃん用のは別に買って貰ったの。それとこれも」


 お前のバッグは未来型ロボットの腹のポケットか?


「なぜバナナ……」


「お土産なの。静香さんが仕事で沖縄に行っててね。沖縄産バナナなんだって~」


 バナナはおやつに入る派なんだな?


「そりゃ珍しいね。さっそくいただきま~す」


 ねっとりとした甘い果肉が口の中に広がり、後味に微かな酸味が残る。


「すごいね。これが国産の味か……初めて食べたよ」


「うん、私も初めて食べたんだけど美味しいよね。深雪ちゃんなんか二本を続けて食べて、夕食を残したんだよ」


「気持ちは分かるね。そう言えば静香さんの出張って、沖縄なら泊りでしょ? ご飯とかどうしてたの?」


「お昼はマックに深雪ちゃんと一緒に行ったよ。静香さんがお金を置いてくれていたから。夕食はお父さんが……買って帰ってた。あんなこともできる人だったんだって驚いたよ」


「そうだよね。そんなことができるなら、なぜ私にはって思っちゃうよね。ああ……ごめん」


「ぜんぜん大丈夫。だってほんとのことだし」


「父親はあんたが1日千円で何年も暮らしていたことは知ってるの?」


「どうなんだろ。私は言ってないけど……まあ、もう今更だし?」


「良いの? 謝ってもないんでしょ? この前のこと」


「殴られたこと? そうだね。直接は謝っては来ないね。でも静香さんには後悔してるって言ってたらしいよ?」


「私は納得できんな……土下座でもさせたい気分だよ」


「ははは! たぶん土下座は絶対にしないと思うよ。この前さぁ、階段降りてたら丁度お父さんが帰ってきてね、上から見下ろす感じになったんだけど、頭頂部がかなり拙いことになってた。相当気にしてるみたいだから、それを晒すような土下座は絶対無いよ」


 そういう問題なのだろうか……なんと言うかリアクションし難いので話題を変えた。


「そう言えば受験すること伝えたの?」


「誰に?」


 普通に不思議そうに聞く葛城に戸惑う。


「誰って、そりゃ……」


「ああ、親? 静香さんには伝えてるから伝わってるんじゃない?」


「そうか……それなら良いけど。葛城は静香さんのこと、ずっとそう呼ぶの?」


「うん。静香さんがそれで良いって言うから、そうすることにしたの。別にこだわりはないんだけれど、本人がそれで良いって言うなら、そうかなぁって」


「ふぅん。まあ二人の合意なら、私が口を出すことじゃないな。お父さんは納得してるの?」


「まさか! 私がそう呼ぶたびに、物凄く怖い顔で睨むよ。面白いからわざとやってる」


 葛城……お前、知らない間に強くなったな。

 お姉ちゃんは嬉しいよ。


「葛城って何月生まれ?」


「私4は月だよ? 洋子ちゃんは?」


「私は10月」


 まさかの半年ほど姉!

 今まで生意気な口をきいてスミマセンでした。


「さあ、そろそろ続きやろうか」


「うん。次は世界史だね」


 私たちは急いで机を片づけた。

 鼻歌を歌いながら教科書を広げる葛城の髪から、春のような匂いがした。


 そのまま集中して頑張っていると、ばあさんがドアの外から声を掛けた。


「洋子、そろそろ6時だよ? いいのかい?」


「ゲッ! 葛城、今日のところは終わろう。急いで帰らないと約束の時間だ」


「え~ もうそんな時間? きゃぁぁ! 大変だぁ」


 ごそごそとノートと筆記用具をトートバックに放り込み、二人で階段を降りた。

 ばあさんが呆れたような顔で立っている。


「ごめんなさい。時間を気にしてなかったです」


「勉強とはいえ、約束は約束だ。柏原が送るから、洋子も一緒に行ってきなさい」


 葛城が嬉しそうな顔でいう。


「おばあ様、ありがとうございました。また来ても良いですか?」


 葛城の声に、ばあさんが頷いた。


「いつでもおいで。今度は昼ごはんもここで食べたらいい」


 私と葛城を急かすように手招く柏原さんは、ニコニコと笑っていた。

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