「おはよう洋子ちん。昨日の焼肉弁当、最高においしかったよぉぉぉ。立派なお祝いが出来て嬉しかったぁ~。テレビ見ながら踊り狂っちゃったよぉぉぉ! もう最高!」


「親は? 遅かったの?」


「昨日はお姉ちゃんのイベントがあったから、お母さんとお姉ちゃんホテルにお泊りだったんだ。お父さんはいつも帰ったり帰らなかったりだから知らない」


「じゃああんた、昨日は一人だったの?」


「うん、昨日はっていうより昨日も? でもね、沙也ぴょんはお姉ちゃんのためなら耐えられるのだ! だってお姉ちゃんは宇宙一可愛いんだもん!」


「あんたって毎日1000円で暮らしてんの?」


「うん、そうだよ? 別に平気だよ?」


「家族でご飯とか……無いの?」


「お父さんとは食べたことないかな。お姉ちゃんはお仕事が無い日もレッスンとかあって、お母さんも付き添いで忙しいし」


「掃除とか洗濯は?」


「掃除は月に一回お掃除屋さんが来るよ。洗濯は自分でやってるの。偉い? ねえ、沙也ぴょん偉い?」


「別に洗濯ぐらいで偉いとは思わない。しかし、芸能人を家族に持つといろいろ大変だね」


「そうでもないよ? だってお姉ちゃんのためだもん。それにね、沙也ぴょんもお姉ちゃんみたいになるっていう夢があるから、全然平気なの」


「まあ、そう言うことならもう何も言わないけど。でも欠食はお勧めしないな」


「昨日は特別だよぉ」


「それと自分の事を『沙也ぴょん』なんていう奴はダメだと思う。止めた方がいい」


「え~! 可愛いじゃん」


「それを可愛いとは言わない。絶対に止めな。でないと私は友達を止める」


「洋子ちん……」


「その洋子ちんも禁止。飯田若しくは洋子。それ以外は返事をしない」


 葛城が頬をパンパンに膨らませたが、私はマルっと無視をした。

 プイっと横を向いた葛城だったが、私が目も合わせないことに気付いたのか、気まずそうな顔をした。


「わかった……」


 少しだけ項垂れて自席に座った葛城が、鞄の中から例の写真ケースを取り出している。

 机の上に広げるな! 浮くぞ! 絶対にヤメロ!

 そう願ってしまう私は、かなりのお人よしなのだろう。

 すぐに先生が来て1時限目が始まり、私の心配は杞憂に終わったのだが、その日の昼休憩まで葛城が誰かに話しかけることは無かった。


「ねえ、洋子ちゃん。お昼は? 一緒に食べない?」


 朝の説教を受けとめてくれたのだと思ったら、なんだか感激してしまった私は、かなりチョロい人間だ。


「今日は? パン買うの? 購買まで付き合おうか?」


 なぜ私は葛城に気を遣っているんだ?


「大丈夫。コンビニで買ってきてるから。何処に行く? いつものところ?」


 一瞬自分だけのパライソを侵されるような気がしたが、思い直して頷いた。


「うん、あの桜の木の下」


 その時葛城が浮かべた心からの笑顔に、なぜかわからないが私まで嬉しくなってしまった。

 いつもは一人で座るベンチに、二人で座ると景色が変わったような気がするから不思議だ。


「お~! 葛城のチョイス! なかなかシブいね」


 笑いながらビニール袋を破る葛城の手は、少し荒れていた。

 

「えへへ、おいしそうでしょ?」


「普通の女子高生ならクロワッサン生クリームサンドとか、チョコドーナツとか選ばない?」

 

「そんなの太っちゃうし、これ割引きになってたから」


 ふと見ると、パンを包んでいたビニール袋には黄色い『2割引き』のシールが貼られていた。

 

「そうか。そりゃお得だったね」


 そう言いながら私はふと『この弁当を笑われたらどうしよう』という思いが浮かんだ。

 しかし相手はかの葛城だ! 私は思い切って弁当箱の蓋を開けた。


「洋子ちゃんのお弁当美味しそうだねぇ~」


「え?」


「だってご飯ツヤツヤだし、卵もツルツルだし。キャベツなんてピカピカだよ?」


 私は自分の膝に置いた弁当をまじまじと見た。

 確かにご飯は必ず朝炊いたものだし、卵も茹で置きではない。

 キャベツに添えられたマヨネーズも手作りだ。


「ねえ洋子ちゃん知ってる? 卵って生のままだと結構日持ちするけど、茹でちゃうとその日のうちに食べないとダメなんだよぉ。それにね、切ってあると傷みやすいの。キャベツはね、食物繊維がいっぱいだし、ビタミンCも入ってるし、カリウムっていうとっても大切な栄養が入ってるんだぁ」


「あんた……詳しいね」


「そりゃそうだよぉ。少しでもお姉ちゃんの健康管理に協力したくて勉強したんだもん! 立ち読みだから、めちゃ頑張って覚えたんだよぉ~」


「立ち読みでそこまで記憶したの? なあ、葛城。その能力を学力で使ってはどうだろうか」


「なぜ?」


 なぜと切り返されるとは思っていなかった私は一瞬だけ戸惑った。

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