3
「もう立ちなよ。別に叩かれたりしたわけじゃないんでしょ?」
私は葛城沙也に手を差し出した。
「叩かれては無いけど『フルーツガールズ』の生写真……超お宝なのに」
「捨てられたの?」
「ここにあるけど……1枚ヨレヨレになっちゃった」
「1枚ならまだいいじゃん。それにあんたのお姉ちゃんなんでしょ? また撮らせてくれるんじゃない?」
「……たぶん無理」
そう言うと葛城沙也は泣き出してしまった。
止めに入った私が泣かせたみたいに見えるじゃないか。
ああ……やはり他人にかかわるべきじゃなかった。
「ねえ、もう泣くの止めなよ。お昼ごはんは? もう食べたの?」
しゃくりあげながら首を横に振る沙也。
「食べないの? もうあまり時間が無いよ?」
「今日は……超豪華焼肉弁当を食べるんだもん。お昼食べちゃうと買えないんだもん」
意味不明だ。
仕方なく私は葛城沙也を、ベンチに連れて行った。
「どういうこと?」
「洋子ちん……今日はね『フルーツガールズ』のデビュー三周年の記念日なんだよ? 絶対お祝いするべきでしょ? だから焼肉弁当にしようと思ったの。でも焼肉弁当は850円もするでしょ? お祝いだから奮発してお味噌汁もつけたいから1000円になっちゃうの」
「だから何?」
「洋子ちん、言い方がきついよ? そんなんじゃモテないよ?」
ほっといてくれ!
「今日から沙也ぴょんが、可愛い女の子になれるように指導をしてあげるよ。だから沙也ぴょんのことはちゃんと『沙也ぴょん』って呼ぶんだよ?」
そんな指導いらねえし! 沙也ぴょんとか絶対言わねえし!
「わかった? 洋子ちん。じゃあ今日からよろしくね?」
葛城沙也が少し腫れた目をキラキラさせて、手を差し出してきた。
ニコッと笑った顔は、少しだけ可愛いと思ったが、なぜだ……私よ、なぜその手をとった?
人生最大の不覚。
「もう戻ろう。チャイムがなる時間だよ」
私の声に混ざって葛城の腹の虫が鳴いたが、私は気付かないふりをして先に歩き出した。
それにしても夜ごはんを焼肉弁当にするために、昼ごはんを抜くってどういうことだろう。
さっきの話だと、彼女の二食分でマックス1000円という事になる。
いやいや、さすがに夜は家族で食べるだろう?
もしかしたらお姉ちゃんのイベントか何かで、今夜は一人なのだろうか。
まあ、昼を購買のパン2個とコーヒー牛乳にすれば400円だし、コンビニ弁当なら600円もあれば一食分位にはなるから、あながち無茶だとは言えないが……
そんな事を考えながら、午後からの授業をやり過ごした私は、いつものようにそそくさと帰り支度を始めた。
学校から家まで地下鉄を乗り継いで約30分。
帰ったらまず掃除をしなくてはいけない。
兄が帰る時間に合わせて夕飯を整えるのも、私の仕事だ。
家事は特に苦痛ではないし、むしろ好きだ。
しかし、朝食の準備とお弁当作りはさせてもらえない。
夕食の残りは、両親の翌日の昼ごはんになるのだが、私の弁当は朝食の残りだ。
これは絶対的権力者である祖母が決めたことだから、誰も逆らうことはできない。
せめて茹で卵を切ってくれと祖母に訴えたが、秒で玉砕した。
葛城沙也もそうだが、うちの婆さんも何がしたいのだろう。
単純に私を虐げたいわけでは無いのは、呪文のように毎日聞かされる言葉でわかる。
「女は家事をやって当たり前、旦那様をたてて、家を守り子を育てる。それが女の幸せだ。洋子も立派な女になるんだよ。そのための修行だと思いなさい」
昭和か? いや、大正かな……いっそ明治か?
まあいずれの時代だとしても、それが木村家の法律なのだ。
下駄箱のところでもたもたしていたら、後ろから呼び止められた。
「洋子ちん、もう帰るの? ちょっとおしゃべりしない?」
「葛城、悪いが私に無駄な時間はないの。あんたも早く帰りなよ。今日も宿題いっぱい出たじゃん」
「え~! 洋子ちんたらぁ~。沙也ぴょんって呼ぶって約束したじゃん」
「してない」
「したよぅ」
「じゃあもう口をきかない。さようなら、葛城」
「え~! 待ってよぉぉぉぉぉ」
私は走るようにして駅に向かったが、葛城が追ってくる事は無かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます