番外編 レナト④
とある日、レナトは大人たちが狩りに行くのを何となく眺めていた。
(狩り場で人族に鉢合わせることはあるのだろうか)
人族はレナトたちより弱い生き物だ。
戦闘力、肉体の強度、魔力の質と量、人族の中でもそれらに長けたものもいるだろうが、それは人族の中で飛び抜けて長けているだけであって、コミュニティに住む下位の種族よりも能力で劣っているらしい。
(そんな弱い種族にそれほど警戒する必要があるのだろうか)
過去の過ちから警戒していると訊いても、その過ちが分かっているのなら、それをしないように気をつければいいだけではないのか。
狩りだって人数が多い方が安全で獲物を多く仕留めて持ち帰ることが出来る。
成人してないからというだけで強者の種族を参加させないのは勿体ないと思う。
何より退屈で死にそう。
父に頼まずにこっそりコミニュティー外に出てみるのはどうだろう。
レナトの思考にするりと狡い案が浮かんだ。
自分は強い。
外に出て何かに出遭ったとして、レナトを害せる存在などいない。
結局、レナトは自らの慢心が最大の弱点であると気づかないままだった。
――数日後、レナトは初めてコミニュティー外の地を踏む。
誰にも見つかる事なくコミニュティーの外へ出てみれば、そこは鬱蒼とした森の中だった。
密生した木々が陽の光を遮って、昼間だというのに暗い。
薄暗い森の中で不安を感じることもなくレナトは迷いのない足取りでどんどん進んでいく。
今日は大人たちも狩りに出ることはない日だから、うっかり遭遇してしまうということもない。
半刻ほど歩いたが、何にも遭遇しなかった。
「狩り場以外だとこんなものなのかな。獲物ってどこにいるんだ」
何かいないかと立ち止まって探索魔法を唱えると、近場に水場があることがわかった。
いくつかの赤い点と青い点、興奮状態のものと静かにしているもの。
青い点がいくつもある場所には水場があるようだ。
思案するように顎下に指を添え首を傾げる。
光さえ通さない漆黒の艷やかな黒髪がサラリ流れレナトの白い頬を掠めた。
考え事に没頭しているからかぼんやりと焦点が合わずに宙を彷徨う赤い瞳。
「よし」
(水場のほうへ行ってみるか。何かの生物がいるかもしれない)
身体強化の魔法を唱えレナトは音すらたてることなくその場からあっという間に姿を消した。
▼△▼
レナトが水場に到着するほんの少し前、まるで天敵に襲われたかのように水を飲んでいた動物たちが逃げ出す。
水場に到着する頃にはそこにいたはずの動物たちはいない。
もう一度探索魔法を唱え周囲を調べると、たくさんの赤い点が水場から離れていくのがわかった。
「ん? 何かあったかな」
流れる水の音を訊きながらレナトは残念そうに息を吐く。
「まぁいいか」
正面から少し奥の方に切り立った断崖があって、少し突き出ているところから水が細く流れ落ちている。
小さな滝にも見えるその水が流れる先がここの水場のようだった。
長い年月で少しずつ抉れた地を流れ続け細長い川のようになっている。
レナトは滝の方へ近づく。
勢いが強いわけではないが、常に流れ落ちている水に指先で触れる。
「つめたい」
思っていたよりも冷たい水の温度にぴくりと肩を縮める。
コミニュティに水場がない訳ではないが、あれは自然と出来た水ではなく、水魔法によって定期的に生み出されている水だからか、ここの水のように冷たくはなかった。
指先に触れる水の感触すら違うものに感じる。
「これが本来の自然な水……」
自分でも説明がつかない不思議な気持ちになる。
ふっと笑いが溢れた。
「コミニュティは人工的に作られたものばかりだからな……」
魔法はとても便利で有用性が高いが、その魔法から生み出されたものは本来あるべきものを複製するようなもので、自然に生まれてくるものではない。
コミニュティの外側に出て初めて知った。
成人後に知れることもあるかもしれないが、今のレナトには知り得ないこと。
それだけで大人たちに内緒で抜け出してきたことが価値がある気がした。
「そろそろ戻らなきゃ」
最後に探索魔法を唱え周囲を調べる。
まだ先に多くの点が集合する場所があるようだ。
次回抜け出した時は、そちらに向かってみようか。
水場までならコミニュティから転移魔法が使用出来るかもしれず、次回試してみようと考える。
コミニュティへの帰りに転移魔法を唱えようとして止めた。
外からの魔法での侵入はコミニュティの結界に引っかかるかもしれない。
念の為徒歩でコミニュティに戻ることにしたのだった。
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