番外編 レナト③

「ふぅ……」


 額から白皙の頬へと伝い落ちた汗をうっとうしそうに腕で拭う。

 中位魔法をかなりの数を連発したが、そこまでしても体内からほんの少しの量の魔力が減っただけなのが分かる。


 そんな少ない量であったとしても、体から何かが漏れ出そうで漏れ出ないような、ひどくもどかしく気持ちの悪い感覚がしばらく落ち着くため、労力に見合わない消費であったとしても機会があれば減らしスッキリしておきたいのだった。


 レナトの体内に内在している魔力は膨大な量である。

 低位の初期魔法を大連発だとあっという間に減った分が体内で生成され補填されてしまうため、中位以上で消費の多い魔法を何連発し魔力を放出することで回復より消費が多い状態に保ち、魔力が飽和した状態を解消していた。

 減った魔力が多ければ多いほど新鮮な魔力が体内に満ち全身を循環するので、魔力放出する頻度を増やして常に生成される状態というのが体にとってベストなのではないかと思っている。

 参考文献などでがある訳ではなく、あくまでレナトの体感であるが。


 今日は感情的になっていたからか、少し熱が入った魔法鍛錬だった。


「きもちわる……」


 張り付いたシャツを指でつまみパサパサと空気を取り込みながら、いつもより汗ばんだ体にぴったりと張り付く感触が気持ち悪く感じる。

 早く洗い流してサッパリしようと鍛錬棟に併設されている浴室へと向かった。


 素早く汗を流し更衣室で着替えを済ませ棟の廊下を歩いていると、向こう側から兄が歩いてくる。

 レナトと同じで鍛錬後だったようで、レナトを見つけて片手を挙げて「レナト」と呼び掛けてながら傍に小走りで寄ってきた。


「兄さん」

「レナトも鍛錬してたか。なら、手合わせしてもよかったな」


 眩しいほどの笑顔でレナトとの距離を詰められ、いつものように肩を抱かれた。


「あついよ、兄さん」

「そんな冷たいこというなよ。兄弟だろう?」


 なまじ兄弟の中で一番魔力があるせいで疎まれているのか、この兄以外の兄弟とはあまり会話がない。

 この兄はレナトよりほんの少し魔力量が少ないだけで、ほぼ同等ではあるから疎まれていないのかもしれない。


「また父さんに狩りに行きたいってごねたんだって?」

「もう知ってるのか」

「成人してからって言われただろう?」

「成人してる者たちより強いのなら参加してもいいと思ったんだ。古い慣習にこだわってばっかりでうんざりだ」

「ほんと生意気!」


 兄はレナトの頭を片手でぐしゃぐしゃと乱す。

 顔を顰めて兄と距離を取ろうと兄の体を押すがびくともしない。


「確かに成人まで長いし強い自覚があるからレナトの不満も俺は分かる。けどな、古い慣習を侮るなかれだぞ。気の遠くなる昔から続いてるってことは、それなりに理由があるということだ。コミュニティの皆だって愚かじゃあない。無駄なことを長く続ける訳がない。するに値する理由があると俺は思ってるよ」


「……つまらないな」


 そう言われればそうなのかもしれないと考えながらも、やさぐれた気持ちは晴れない。


「まだ成人を迎えない俺たちはさ、伴侶候補の見極めが務めだと思うぞ。エルフ族の爺様もよくいうだろ? 半人前の男は伴侶を迎えて一人前だって。候補を避けてばっかりじゃまだまだ一人前になるには遠いんじゃないか……まぁ俺もレナトのことを言えないけど」


 はぁっと息を吐いて兄はごちる。

 他の兄弟の事はよく知らないが、兄と自分は候補との付き合いをさぼりがちだ。

 兄はどうか知らないが、レナトは「この子だ」と思う相手と伴侶になりたいと思っている。このコミニュティでそう感じた相手はひとりもいない。

 そのため、候補と会ってどのような相手か知る事の時間が無駄な気がしてついついおざなりになってしまっていた。


「ボクはまだいいけど、兄さんはちゃんと候補見極めしなきゃいけないんじゃないの。母さんとか毎日うるさいじゃないか」


「あー、母さんうるさいよな。でもなぁ、何かこの人だって思える相手がいないんだよな……気の遠くなるほど長い時間を過ごす相手なら、自分が納得出来る相手がよくないか? 周囲はうるさいけど」


「まあね」


 兄も自分と似たような理由で積極的になれないらしい。


 鍛錬棟の出口から出ると、候補たちが残っていた。


「レナト様!」


 呼び掛けられて目線だけ向ける。


「あの、今からお茶でも……」


 候補集団の中でいつも代表して話しかけてくる女の子だった。


「しない」


 レナトは一言だけ言うと後は振り返らずに去っていく。

「レナト、それはあまりに冷たいだろう……」と兄に諌められるが、聞く耳をもつつもりはない。


「レナトは思春期ってヤツらしい。ごめんな」


 兄がそう謝罪している声が聞こえた。


 候補たちは親に言われて自分の傍に侍ってこようとしているのをレナトは知っている。

 好きだの尊敬しているだの色々言われるが、それは本心ではないと思う。

 上位種族の伴侶という肩書きに惹かれているだけだ。

 上位種族は上位同士で伴侶となる方がいいと言われて選ぶのは、何故か受け入れがたく感じてしまう。


「上位種族の伴侶になれるなら誰だっていいと思うよ、あの子ら」


「そんなことはない。とは言い切れないのが悲しいところだよな。だからといってあんな態度はよくないぞ。断るにしても断り方ってものが……」


「丁寧に断るとずっと跡をつけてきて付いてまわるからやめた」


「ああ……それはな……」


 レナトの言葉に自分も思い当たる人物がいるとでもいうような兄はそれ以上レナトに苦言を言うのをやめた。


「兄さんも苦労してるんだね」


 レナトが背後にいる兄を振り返り共感するような言葉を口にする。


「まぁな。でも何れは決めないといけないことだからな……この子がいいではなくこの子でいいっていう選び方はしたくないよな……」


 コミニュティ内で選ばなければいけないこの現状で、この子がいいを決めることは難しいことだろう。

 交流を持つうちにそう思える相手がいればいいが、この子でいいとなってしまう者の方が多い。


 兄の寂しそうな声がレナトの耳にいつまでも残った。


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