CASA-JIZO

KAJUN

CASA-JIZO

「や、べー……。追試かよ……」


 俺の名前は、のぞむ。高校生。


 その日、俺はヒジョ~~に落ち込んで、学校から家に帰ろうとしてた。テストの点が悪すぎて、追試が決まったんだ。空までどんより曇って、俺の気分とおんなじだ。


 門のところに親友のハルトの、背の高い姿が見えた。うしろから見ても、スマートでかっこいいやつだ。


「ハルトー!」


 と、俺が声をかけるより先に、「ハル~!」と駆け寄っていった女子がいた。


 ――リサだ。


 最近、ハルトとリサは付き合いはじめたんだ。


 俺は、あげかけた声を途中で飲み込んで、少しだけ歩くのを遅くした。先を行くふたりの姿は、すぐに見えなくなった。


(いいなー。カノジョかー)


 ハルトもリサも、昔は俺の親友だった。ふたりが付き合うことになって、ふたりとも俺から離れていった。そのショックときたら! わかる? 俺のこの淋しい気持ち! カノジョというもののうらやましさもあいまって、俺はダブルに落ち込んだ。


 しかも追試かよー。


 そんなユーウツな気持ちに追い打ちをかけるように、風がびゅーびゅー吹いて、空には雪までちらつきはじめた。


 初雪だ! まだ十一月に入ったばっかなのに!


(どうりで、寒いと思った……)


 寒いっていうか、肌がぴりぴりと痛い。ひゃ~、泣きそう!


 なんかすごくナイーブな気持ちになりながら道を歩いていたら、交差点の角のとこに、一人で立ってる地蔵さんが目に入った。


 俺の胸くらいの背丈で、どこにでもありそうな石の地蔵さんだ。ふっくらほっぺの端正な顔で、こっちを見てる。いつもあんまり気にしたことなかった。


 俺も一人きり。地蔵さんも一人きり。雪まじりの風に打たれて、なんだかすごく寒そうに見えた。


 それで俺はふと、『笠地蔵』の昔話を思い出した。地蔵さんに笠をかけてあげたら、なんかいいことあるかも? 地蔵さんが恩返ししてくれる?


(笠なんて、ねーし……)


 そ、だ。


 マフラーしてやろっか。


 俺は自分の青いマフラーを首から取って、地蔵の首に巻いた。お、わりと似合うじゃん。


 いつもの俺だったら、こんなことしない。その時は、なんかすっごくナイーブな気持ちだったし、地蔵さんがすごく寒そうに見えたから……。それに、ちょっとサイズ大きめのマフラーで、あんま気に入ってなかったんだよね。


「恩返しなんか、別にいらねーからな!」


 俺は地蔵相手にカッコつけて叫ぶと、背中を向けた。


 結局、その日の雪はすぐやんで、積もりもしなかったんだけど……。




 翌日――


 その日は休みだったので、家でゲームしてたら(勉強しなきゃなんだけど……)、呼び鈴が鳴った。家族は出かけてたから、俺がインターフォンに出た。


「あのー、マフラー返しにきました」


「へ?」


 玄関の扉をあけると、そこにはなんと、絶世の美少女が立っていた!


 さらさらの黒髪を後ろで結んで、清純でおしとやかな感じのだ。普通にガーリーな、オシャレな服を着ている。俺と年は変わらなそう。


 美少女はにっこりと笑って、青いマフラーを差し出した。俺のだ。綺麗に折りたたまれてた。


「き、きみは……?」


「地蔵です」


「え? じ、じぞー?」


 じぞーって何だっけ……と、俺の脳が混乱した。


「昨日、マフラーをかけていただいた、地蔵です。恩返しに来ました」


 じぞー……おんがえし……脳が理解を拒んでいる! そうか、わかったぞ!


「あ、お地蔵さんの管理をしてる人ですね」


「いえ、地蔵です」


「え? 苗字が?」


「いえ、存在が」


 はわわわわわ……俺はあわてた! 頭がヤベー子なのか?





 俺の家の前には、野球やサッカーのグラウンドがくっついた、大きな公園がある。俺はマフラーを手に持ったまま、そのを連れて公園に出た。


「名前、カナエっていいます。カナって呼んでください」


「俺は……」


のぞむさんでしょ?」


 ふふ、と、カナは笑った。俺の名前、知ってんだ。


「君が、地蔵だっていう証拠は?」


「はい、石化できます」


「石化!?」


 俺がすっとんきょうな声をあげた途端、カナの姿は消え、そこにはあの交差点の地蔵が立っていた。


 なんてこった! ほんとうに地蔵だったのか!


 地蔵はまたすぐに女の子に変身した。ちゃんと服も、元に戻っている。


「これで、信じてもらえましたか?」


 とカナは、首を愛らしくかたむけ、にっこり笑った。


「地蔵って、女だったんだ……」


「いえ、地蔵にも色々います」


(じゃ、ある意味ラッキーだったのか……)


 怖いおっさんみたいな地蔵が来たら、ちょっと嫌だった。俺はホッとため息をついた。


「お供えした人みんなに、お礼して回ってんの?」


 俺が尋ねると、カナは頬を染め、恥ずかしそうにうつむいた。


「いえ、今回は特別です」


「特別?」


 カナは体をすぼめ、もじもじしながら言った。


「だって……望さん、『恩返しはいらねーから』なんて、カッコよかったから……」


 え? それって、俺に好意があるってこと??


「わたし、あんなふうにやさしくされるの、初めてだったんです……好き……っていうか、なんていうか……」


 え? 俺、今、告られてる……??


「あぶなーい!」


 突然、グラウンドの方から、球児たちのけたたましい叫びが聞こえてきた。それと同時に、野球のボールがものすごい勢いで飛んできた。


「石化!」


 カナが叫ぶや、地蔵に変身! ボールは地蔵の石頭に跳ねて、俺の顔面めがけてぶち当たった!


「ぶぐふぅっ!」


 スピンのかかったボールが、俺の右頬にめり込んだ。


 ぐおーと、ほっぺたを押さえながらしゃがみこんだ俺を、カナが心配げにのぞきこむ。


「大丈夫ですか?」


 大丈夫じゃねーよ! 痛ってえ~! これ、ぜったい、青アザか、たんこぶになる!


 お前が石化したせいで……!


 涙ながらに立ちあがって怒ろうとした、その時、


「あぶないぞー!」


 今度はサッカーグラウンドの方から、サッカーボールが飛んできた!


 なんて公園だ! そのための設定だったのか!


 地蔵少女めがけて、サッカーボールが飛んでくる! また地蔵の頭に跳ねて、俺に襲いかかってくるのは間違いない。


(今度こそ、絶対にけてやる!)


 俺は瞬時にボールの軌道を計算し、地面に横っ飛びした。ずざざぁ――と砂煙をあげ、地面にひれ伏した。


 見事! サッカーボールは当たらなかった。どや! そうそう何度も罠にかかる俺様じゃないぜ、ふっふっふ。


 ひざの砂を払って立ちあがった瞬間……俺は……驚いた。


 カナがあおむけに倒れていた。


「え? なんで?」


 ハッと気づいた――!


 カナは石化しなかったんだ! 石化したら俺に野球ボールが当たってしまったので、二度目は石化するのをやめたんだ。それでサッカーボールが頭に当たって、吹っ飛ばされて……。


 ほっぺたの痛みが、瞬時に吹っ飛んだ。


 急にカナのことがいとおしくなって、俺はあわてて彼女に駆け寄ると、ベンチに連れて行って介抱した。


「大丈夫か?」


 と聞いてから、(大丈夫じゃねーよな)と、俺は苦笑いした。……でも、そう聞くしかないよな。


「はい」


 とカナは、かよわげに答えて、俺の隣に座りなおして、肩に頭をもたせかけてきた。


 あー、なんか、かわいいな、この子!


 すごくいい香りもする。


 カノジョって、こんな感じなのかな!?


 その時、びゅーーっと冷たい風が吹いてきて、俺は体をふるわせた。


 するとカナはふいに、俺が手に持っていたマフラーを取り、腕を回して、俺の首に巻いてくれた。


 俺は感動した。


 そうしたら、なんか少しだけ男らしい気分になってしまった俺は、マフラーを自分の首から外すと、カナの首に巻きなおした。


「マフラー、してな。寒いから……」


「ありがとう。……やっぱり、やさしいね」


 カナは俺のことを信頼の目で見つめてくれた。それから、「じゃ、ふたりでしよっか……」


 そう言って、マフラーの端をはずして、俺の首と自分の首と両方にかけて、《二人マフラー》にしてくれた。


 ちょっと不器用な仕草が、すごくかわいい!


 突然訪れた両想いの瞬間に、俺はクラクラした。


(なんて幸せなんだ~!)


 俺は天にも昇りそうな気持ちになった。


 これが、カノジョか! これが恋人ってやつなのか! ハルトのやつは、こんな甘い思いを毎日してやがったのか!


 俺とカナはふたりで肩を寄せ合って、ひとつのマフラーにくるまれて、最高に幸せな気分にひたっていた。



 そうしたら、俺たちのほうに、ハルトとリサが歩いてくるのが見えたんだ。


 どうだ、見ろ! 俺にもこんなかわいいカノジョがいるんだぜ! 存分に味わえ! このしあわせオーラを!


 鼻高々で、ふたりが来るのを待っていると、ふたりはなにくわぬ顔で、俺の目の前を通り過ぎようとした。


「――? おい、ハルト、リサ、どこ行くんだよ?」


 ふたりは、ビクッとした様子で体をふるわせ、俺のほうを見た。


「……あ、ああ、望か。き、気づかなかったよ……」


 え? 気づかなかった? そんなバカな。


「どこ行くの?」


「……い、いや、ちょっと、俺たち行くとこあんだ……」


 そりゃあ、誰にだって行くところはあるだろうさ……。どうも話がかみ合わない。それに二人とも妙にそわそわしている。


 む? なぜ俺を、そんな狂人を見るような目で見る?


 え? まさか?


 恐る恐る横を見て、俺はようやく気づいた。






「地蔵化してるぅぅぅーーーーーー!!??」






 魂が抜けて、あやうく霊界まで飛んでくとこだった……。


 石の地蔵と仲よく肩を寄せ合って、二人マフラーしてる俺……。


 ハルトは何も言わなかったが、哀れみに満ちた視線が、俺に語りかけていた。


『お前、なにやってんの? ネタなの? ギャグなの? その地蔵、どっから運んで来たの?』


 リサの冷たい視線も、俺に語りかけていた。


『頭大丈夫? かわいそうに、よっぽど淋しかったのね……』


「いやっ、これはっ……」


 俺は何も言い訳が浮かばず、口をぱくぱくさせた。


「……じゃ、急ぐから……」とハルト。


「……あはは……」と、苦笑いのリサ。


 ふたりの背中はたちまち遠ざかり、見えなくなった。


(……なんてこったぁぁぁ……)


 今夜にも、この話題はSNS等で、学校中のみんなに広まるのだろうか……。


 ベンチで石の地蔵とイチャイチャしていた、悲しい男として……。



「なんで地蔵化してんだよー!」と、涙目になる俺。


「だって、他の人に見られるの、恥ずかしかったし~」


 と、カナはまた美少女化して、赤らむ頬に両手をあてる。


 あー! そのかわいい姿を、あいつらに見せたかったのにぃぃぃ!


「なんてこった……」


 真っ青になる俺。見あげた十一月の空に、また雪がちらついていた。



 こうして俺のぞむは、謎の地蔵美少女カナエとつきあうことになったんだ。


 画像撮られなくてよかったーー!!




(おしまい!笑)






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シノミヤ・アバンダンド アイデアズ・コンテスト(SAC)参加作品。

アイデアNo.011 傘地蔵(ラブコメ)を使用させていただきました!


シノミヤ・アバンダンド アイデアズ・コンテスト(SAC)は、シノミヤ🩲マナ先生が公開してくださった貴重なアイデアから、作品を創ろうというイベントです。

https://kakuyomu.jp/works/16818093074605440391【終了しました】

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