第30話 30階層
――ダンジョン、26階層。
「ラッシュ、右から来てる!!」
「おお!!『挑発』!!」
既に二体もの敵を引き付けているラッシュ。追加で現れた魔獣を『挑発』でさらに引き受けた。相手は鎧騎士系の魔獣。振り下ろされた剣がラッシュの盾に当たり火花を散らす。レベル差があるため、盾で受けたにも関わらずラッシュのHPがゴリゴリ削られる。
「――『ヒーリング』!」
それと同時に俺はヒールを差し込む。詠唱の早い『ヒーリング』敵の攻撃を完全に把握しているため、どの程度のダメージが入るのかあらかじめ目測を立てられた。
パーティーのHPを目視。味方と敵の動きを後衛で見ながら計算し続ける。
(今までソロでしかやってなかったから知らなかった)
後衛って、ヒーラーが見ている景色ってこんなにも面白かったのか。味方に指示を出し、タンクの受けるダメージをあらかじめ予測する。そしてヒールし、攻撃を挟む。
(パーティーでの戦いは、うまく回せれば安定して敵を倒していける)
敵とのレベル差があっても動きを予測すれば十分にやれるんだ。危険を予測できれば余裕をもって次の手が打てる。
「――『アルフレア』!!」
コクエの焔が鎧騎士の顔面を吹き飛ばす。
「――カムイ!!ひき裂け!!」
そこへウルカの指示でカムイが飛びかかった。魔力で強化されたカムイの爪が鎧騎士の胴体を真っ二つに切り飛ばす。
次々と同じ要領で倒し続け戦闘が終了。皆手慣れてきたようで、ほとんど俺が指示しなくても動いてくれるようになっていた。
(……ちょっとラッシュが張り切りすぎるのが気にかかるけど、皆良い感じだ)
「リン、そろそろ休憩しないか?」
「あ、うん」
休憩するために近場の泉へと移動する。この21階層~30階層は基本的に古城のような作りになっている。しかしたまに草木の生い茂るエリアが存在し、泉が湧いていて憩ポイントとして丁度良かったりする。
「――『エアリアルヒール』」
これは自身の周囲にHPを回復(小)させる風を吹かせる魔法で、疲労回復の副次効果もある。
「ふぁー、癒される」
「ありがとな、リン」
「ありがとう」「ワフッ」
「いえいえ。私が見張っているから少し眠って」
「え、リンは眠らないの?」
「あー、私は皆が起きたら横になろうかな」
「そう。ならいいわ。起きたらちゃんと寝かしつけるからね」
「あ、うん…‥はい」
皆がすやすやと寝息を立て始める。
村は今どうなっているんだろう。もう俺たちの捜索隊が結成されているんだろうか。おそらくそうなれば予定よりも早いスピードであの洞穴が発見されるだろう。
(……お母さん、心配しちゃうよな)
「リン、大丈夫か?」
ラッシュが心配そうに声をかけてきた。不安そうな顔になっていたんだろうか。皆が眠っていると思って油断した。
「大丈夫。ちょっとお母さんのことが気になって」
「ああ、そうか。リンのところも家族は二人っきりだもんな」
ラッシュは両腕を組み少しばつの悪そうな顔をする。ラッシュの家も魔王軍との戦争で兄であるスラッカが亡くなり、その数年後お母さんが病で亡くなっている。今は俺と同じ二人っきりの家族だ。
「ラッシュのお父さんも心配してるんじゃない」
「どうかな。俺がいてもいなくてもずっと仕事ばかりしているからな。あんま気にしてないんじゃないか?」
「ええ、そんなことはないでしょ」
「はは、冗談だよ」
彼のお父さんはまだ現実を受け入れられないのかもしれない。俺もそうだった。前世で両親が亡くなった時、寂しさと悲しみとその辛さで他の何かで現実逃避をしようとしていた。
ラッシュもそうだろう。ぽっかりと空いた胸の穴は埋められず、いまだ終わりのない悲しみを抱えている。
「うちの父さんはさ、兄貴にすごく期待してたんだ。あれほどの才能は他にないって豪語しててさ。でもだからこそ兄貴が敵前逃亡したって聞いた時は誰よりもショックをうけてたな」
……そうか。
「ま、だからこそ。俺は兄貴の汚名を濯げるような戦士になりたいんだよ。逃げちまった事実は変わらないしさ。……つーか俺が兄貴の立場でも同じことしてたろうしな。実際、魔獣怖いし、逃げたくなる気持ちもわかる」
確かに魔獣は怖い存在だ。前にラッシュが言っていたように、それがたとえ低級魔獣だとしても命を奪われる可能性はあるし、死の恐怖が常につきまとう。敵が強大な魔王軍の一角なら尚更だ。
でも、ラッシュが兄の為に戦うことは正しいのだろうか。自分ではなく、兄の為に生きることは……。
「お兄さんの為に戦うのは、辛くないの」
俺はつい聞いてしまう。するとラッシュは暗い顔を隠すように微笑んだ。
「小さい頃はさ、兄貴はずっと俺の事守ってくれていたからな。今度は俺が兄貴を守るんだ」
「……そっか」
固い決意とともにどこか危うさがある。それはこの村を守ろうと奮起する俺のようだった。
(……俺に人の事は言えないか)
――残り一日。俺たちはボス部屋までたどり着いた。冥門【イグゼアの鬼刃王】、レベル68。
「すごいね。まるで王城にでもありそうな扉だ……」
ウルカが見とれるようにそう言った。それに対してコクエがこう返した。
「まあ、ここまでが城そのものだったしね。まるで城が埋まってるみたいなダンジョンよねえ」
まあ、ぶっちゃけその通りなんだよな。遥か昔に造られた巨大な城。そこにダンジョンが生成されいまの形になった。
「で、どうする。この先には……行くのか?」
「……」
☆【ラッシュ】レベル38。戦士。
☆【コクエ】レベル37。黒魔道士。
☆【ウルカ】レベル43。賢人の狩人。
☆【リン】レベル59。白魔道士。
この三人のレベルなら白銀騎士を相手に出来るだろう。けどそれはレベルだけでの話だ……王に仕える奴らの動きは他の鎧騎士とは違い攻撃パターンが多い。そしてそれに適応できるかどうかが問題だ。
そして皆にそれができるかどうかと問われれば、その答えはノーだ。おそらく何十回ものリトライが必要になる。
「戻ろう。もう少しこの階層で訓練してからにしよう」
レベルを上げることで何とかなるわけじゃない。これは経験の問題。無数の死線をこえることでしか培えないモノだ。だから皆とここに入ることはない。
(取り巻きである白銀騎士を皆のところへ行かないように引き付けつつ、あのボスを倒すのは俺でもかなり難しい…‥)
――クロウの死が頭を過る。それが皆の姿に重なり、背筋が凍り付く。
とはいえここに皆を残して俺だけボス部屋へ入り戦うわけにもいかない……今回はスルーかな。そう決断しようとした時、ラッシュが心配そうにこう言った。
「けど、大丈夫なのか?もう時間ないぜ……このままで間に合うのかよ」
「そうよね。村を襲う魔族ってかなり強いんでしょ?なら強いのとやった方がいいんじゃないの」
それは一理ある。魔族たちの中にはレベルが40、50以上になる奴も多い。これからまたこの階層でレベリングしても皆のレベルが50以上になることはない。けど……
「でも死んだら元も子もないよ。ここの中にいるのは騎士が12体と王1体。奴らの動きは素早くこの階層にいた奴らとは比べ物にならない……初見での攻略は無理だ」
誰か一人でも欠ければ全て水の泡だ。
「でも、リン。それはこれから僕らが戦おうとしている魔族もそうなんじゃないのかい」
「!」
「ここの騎士と王、これから僕らが戦おうとしている魔族たち。どっちが強い……?」
「それは、魔族のほうが……強い」
ラッシュが「よし」と拳を手のひらに打ち付けた。
「なら行こうぜ。ここの奴らに勝てるくらいじゃないと魔族は倒せないんだろ。リン、やろうぜ」
……嫌な予感がする。順調すぎるここまでの揺り返しが来そうなそんな気配。
「リン、行きましょ。きっとあたし達ならやれるわ」
根拠のないであろうその言葉。だけど、確かに勝率をあげるには避けては通れないことに俺もどこかで気が付いていた。
(……皆のレベルが50以上なければどの道……なら、もう行くしかないのか)
「わかった。行こう」
――四人は王の間を開いた。
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