第26話 果てのない


「……レベルが戻ってる……」


レベル53。


このゲームコンテニューあったのか。いや可能性はあったけど、メニュー画面出ないし。気が付かなかった。


……セーブポイントはこの祈りのクリスタルだったのか。


微かに、けれど確かな希望が見えた。


セーブがあるならまだ救いはある。


まず【ダークネスドラグーン】の行動パターンを把握する。そしてそれぞれのモーションを頭に叩き込んで戦略を練り、攻略。いつものパターンだ。

それに一度目の戦いで希望はあると確信した。あれが完全な負けイベントであるなら、【ガルドラ】の時点で倒しきれないはず。攻略できるイベントである可能性はゼロじゃない。


このコンテニューというシステム。ダンジョンでのレベリングと、それによる振り分けポイントで敵に合わせビルドを調整できる優位性……クリアできる。やれる。これなら誰も死なせずにあいつを……。


そこで気が付く。


(……クロウは、もう救えないのか)


セーブがもう少し前であればまだ彼は生きていたのに。


暗い気持ちが渦を巻く。しかしもう前に進むしかない。彼の気持ちを汲んで愛した家族を俺が代わりに守る……守らなければならないと、そう改めて決心した。


再び同じように日々を過ごす。予定外の行動をとることで【ダークネスドラグーン】との対峙に影響が出てはいけない。


「……なんか、リン痩せた?」


「え?」


ダンジョンで任務を行っていると、コクエが訝しげにこちらを見る。


「なんか生気がないっていうか……大丈夫なの?食事ちゃんとしてるの?」


「そりゃまあ、ほどほどに」


あの日から食欲もわかない。出された食事は心配をかけないよう食べているけれど、味がしなくなったのもあってあまり食べたくはない。


「そう。ま、なんかあったら言いなさい」


「……え」


「あたしが美味しいお菓子でも焼いてあげるわ」


「……ありがとう」



――【ダークネスドラグーン】戦。二度目の挑戦は大失敗だった。前回の死を体感したことで脚がまともに動かず爪に身を裂かれ死亡。


三度目。全くおなじパターンで死亡。やはり死の恐怖はぬぐえない。まずはこれを克服することだと、課題が増える。


四度目。家から出られなくなる。心配してきてくれたラッシュと目が合わせられなかった。そのまま村人が殺戮される現場を見て、ダガーで自死した。


五度目。自分の命と村人の命を天秤にかけ、無理やり心を動かす。ウルカに怖い顔をしていると心配される。


六度目。なんとか再び奴との対峙に成功した。不思議と脚は動き、行動パターンをいくつか把握。失いたくない気持ちから駆け付けたウルカを庇い死亡。


七度目。ひどく頭が痛い。ダンジョンを90層まで攻略。絶する苦しさから思わずセーブしたくなったが、踏みとどまる。もしこれが最適なステ振りでなかった場合詰んでしまう。

奴との対峙がこれまでで最長記録となった。しかしおそらく二割も引き出せていない。集中力きれで死亡。


八度目。村人が襲われている悲鳴が聞こえる中、【ダークネスドラグーン】の【死門】を突くことに成功した。奇跡的な成功だった。しかしもう村人の誰一人も生きてはいなかった。瀕死の状態だった俺も戦う気力が無くなり魔族に殺された。


九度目。奴を殺せるという事実で光が見えた。レベルを上げたい。村を襲いに行く魔族を全て排除してから奴との戦いになるのが理想だ。



二十八度目。やはり奴を相手しながら雑魚を全滅させることは不可能だ。レベルも100に達したことがあったが、魔法もスキルももう有用なモノがない。ウルカを逃がすことに成功したが戻った村で死んでいた。


三十五度目。【ダークネスドラグーン】を安定して倒せない。やれたとしても奇跡的な【死門】への攻撃が当たった時だけで、まともに倒した時が無い。心が折れそうだ。


四十度目。村人の悲鳴が耳に入った瞬間ダガーを落とした。奴の尾での攻撃で即死。


五十度目。あれほど美しく見えていたこの世界の空が暗く淀んで見える。常に終わりにするかどうかと葛藤するようになっている。コンテニューしなければ解放される。


六十度目。何度やってもクリアできない。自分の死に恐怖はもうない。けれど誰かを失うのが怖い。それだけが、怖くて……。


――


……これは、いったい何度目だ?……もう、わからない。


月見丘で村が襲われているのを眺めていた。心がもう限界だった。やらなければいけないことから無意識に逃避し、好きな場所へ来てしまう。結果、皆の悲鳴が良く聞こえるこの場所に来てしまった。


「……リン、何してるの!?」


振り返るとウルカがいた。肩で呼吸をしていて急いできたことがわかる。


「なぜかわからないけど、この村に魔族が襲ってきてるんだ!村から逃げないと!」


「ああ、知ってる」


ここからは村が一望できる。真っ赤に染まった燃える村、そして魔族が蹂躙している光景が。


「なら逃げよう!早くしないとここまで奴らが来る!!」


……なんでこんなに俺の事を気にかけるんだ、こいつは。いや……どいでもいいか。


「……今回も駄目だったな……」


思わず口に出た言葉。いや……今回も、とは言ったが今回は何もしてなかったからこの状況は当然の結果だ。

ぼんやりとこの村の終わりを考えながら日々を過ごした。ダンジョンでのレベリングもせずに村を見て回った。

多くの人と言葉を交わし、ゆっくりと大事に時を消化した。


「……そういや、サービス終了の時もこんなんだったな」


「?、なにを言ってるの」


……これで最期だ。いってもかまわないだろう。俺ももう誰かに聞いてほしい。俺のこの抱えた秘密を。


「俺はこの世界の人間じゃない」


「……この世界の」


「そうだよ。世界の外側にいた存在」


眉を潜めたウルカ。気でも狂ったように思われてるんだろう。いや、ある意味正解だが。

そうでないとこんな場所でのうのうと村の壊滅を眺めてはいない。


ウルカが次にどうアクションするのかとぼんやり考える。俺を正気に戻すために詰め寄るか、それとも駄目だと思って立ち去るか。


しかし彼女の反応は実に予想もしていないものだった。


「えっと、それって神様ってこと?」


思ってもみない返答に思わずポカンとする。毒気を抜かれ、暗い気持ちが一瞬途切れた。


えっと、神様?……いや、違うな。彼女らにとってのそれは開発者だろう。まあ、運命を左右しているという意味では俺も神と言えるのかもしれないけど。


「俺は神なんかじゃない。ただのプレイヤーだよ」


「……ちょっと言ってることがわかんないんだけど」


俺はふと我に返った。俺の抱えているものを打ち明けたところで理解できるはずないだろ。相手はNPCだ。ばかばかしい。


「いや、ごめん……なんでもない。忘れてくれ」


俺は手に持っていたダガーを鞘から抜き出す。キレな紅い刀身。これももう見納めだな。


「リン、教えてほしい」


ウルカは俺の行動に動じていなかった。ただただ不思議そうに俺の眼をみている。


「今回も駄目だったって、この村の話?」


「……そうだよ。俺はもう何回もこの村が終わるところを見ている」


何回も、何回も、心が擦り切れてしまうほどに……きっとこれはクリアできないようになっているんだ。奴を殺せてもどこかで運命力が働いて結局村の終わりへと繋がっているんだ。


だから、おわらせよう。皆だけじゃない、俺も一緒に。


「そうか、やっと腑に落ちた……だからリンはあんなに辛そうな顔をしていたんだね」


ウルカが寂しそうな顔で微笑んだ。


「無力でごめん。でも、次はもう少し早くそれを教えてほしいな」


俺はまた欲が出そうになる。


助けたい、と。


だから急ぐように首にあてた刃を引き終わらせた。


「……またね、リン」


薄れゆく意識の中、彼女の泣いている声が聞こえた気がした。







【コンテニュー ➤はい いいえ】




――ポーン




『セーブポイントから開始します』



――月明かりが俺の顔を照らした。



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