第24話 黒


―ズズズ……ズ、ズ――



見上げた空。そこには星空を呑むような黒い塊が渦巻いていた。


「?」


それは次第に黒い大きなある生き物を形作っていく。そのある生き物とは。


「な……あれは、ダークネスドラグーン……!?」


★幻影の【ダークネスドラグーン】推定レベル90。幻のボスモンスター。運営による情報で存在することは確定してはいたが、プレイヤーは誰一人として遭遇することができなかった。そしてついにサービスが終了しファン達の間で「幻影」と二つ名が打たれた激レア魔獣。


「……まさかこんなところでエンカウントするなんて」


ジワリと嫌な汗で掌が湿る。明らかな強者の凄まじい魔力。最も美しいとされた黒龍の姿。ゲーマーとして初めて出会ってしまったレア魔獣。全ての要素が俺の中の感情をがんじがらめにしていた。


(……第二形態、じゃない……)


おそらく、このタイミングだから現れたんだ。こいつはガルドラの身体に宿る、また別の魂。


物語の終盤で戦うことになる、あの時のガルドラには無かったもの。


指先が震えてる。


膨大な魔力の塊。炎のように立ち昇る漆黒のそれはエンドコンテンツのボスを思わせた。


『人間。お前の名は?』


ゆっくりと空から目の前に降りてきた黒龍が俺に問いかけた。


「……リン」


俺は身構える。ダガーと杖を交差させ出方を伺う。予習無し、トライ数0。初見でクリアしなければならないこの状況に「死」への恐怖がとてつもない勢いで湧き出してくる。


『そうか。リン……我が真の姿を解放させるに至るほどの強者よ』


黒龍の後方。再び黒いゲートが開き、残りの魔獣がぞろぞろと出てきた。


(ヤバい!村に行かせる気か!!)


「そこ、どいてくれるかな」


『我を倒して通ればよいだろう』


くそ、時間稼ぎか……いや、違うそもそも俺はこいつを倒すことができるのか!?


『くく、悠長に思案している場合か?お前の大切な村が蹂躙されてしまうぞ?』


――脳裏に滅ぼされた村が過る。


「『ダブルバースト』、『魔弾』――!!」


ドウッ!!


放った魔力が体にヒットする、がダメージは無い。


(HPが多すぎて全くダメージが入ってないって感じではないな。もしかして一定のダメージを与えないと解除されないバリア的なモノが体表に張られているのか?それとも当てる場所の問題?いや、そんなことよりも)


黒龍がこちらへ巨大な火の玉を放った。わずかな魔力の溜め、数秒の後に前方一帯を焦土と化す。だが、瞬時に奴の口に魔力が集中したのを察知した俺はぎりぎり回避することができた、そして爆炎の中に紛れ村へ向かった魔族を狩に走る。


(ダガーの固有スキルはまだ使用不可か!!)


樹木のある方へと走り、木々で姿を隠しながら走っていく。しかし、黒龍はその樹木ごと尾でなぎ倒し強引に俺の足止めを図ってきた。

それを跳んで躱すも、追ってきた黒龍の体当たりに吹き飛ばされ、森の奥へ。


「か、は……ってぇ」


この体に転生してから今まで、魔獣との戦闘でダメージを貰ったことはほとんどなかった。だからこれだけの痛みに耐性が無く、意識が飛びかけていた。ぎりぎり保てているのはステータスの『精神』がある程度高かったからだろう。


「……『ヒーリングレイ』」


詠唱が長くMP消費も多いが、HP回復量の大きい『ヒーリングレイ』

ゆったりとこちらに歩いてくる【ダークネスドラグーン】をみて間に合うと踏んで詠唱した。


(こいつ、遊んでやがる)


『さっきの技は呪いの類か?』


「……さっきの?」


『我の依り代を一撃で屠った技だ。あれはどういう力なのだ?興味がある』


……依り代。そうか、後々戦う【ガルドラ】にはこいつは宿っていなかったという事か。いや、そんなことどうでもいい。一刻も早く村に行かないと。


『くくく、どうしたリン。焦りが伝わってくるぞ?それでは我を倒すことはできんな。さっきの技もなにか種があるのだろう?その状態で使えはしまい』


確かに、こいつの隙の無さ……【死門】は見えてはいる。けれどこの警戒された状態ではそこを突くことは多分、無理だ。


……ファントム……いや、まだリキャストが……アイテムの煙幕を……いや、あいつはさっき煙の中で正確にこちらの位置を把握していた。おそらく俺の魔力を追ってきたんだ。なら逃げるのは、無理か……?

けど、でも……誰か一人でも殺されたら、やり直しはきかないんだぞ……くそ、早く戻らないと。

レベル90を相手にまともに戦えばその時間で村は壊滅する……戦うのは無しだ、雑魚を殺ってから、こいつを倒す……!


――所詮はソロ最強。レイドボス攻略なんざ無理だよなぁ?


昔、ネット掲示板に書かれていたアンチの言葉が蘇る。


クロウの死が、ラッシュ、コクエ、ウルカ……みんなに重なる。


――はぁ、はっ、は……呼吸が、浅く激しくなる。まずい、パニックに……社畜時代のあれが……。


「リン!!」


黒龍の後方、カムイが走っていた。大きく弧を描くように、攻撃をくらわないよう迂回してこちらへ来る。口には薬をくわえていた。黄色いポーション。HPの回復と精神を安定させる効能がある。


「ウルカ……!!」


黒龍の後方でウルカが弓を構える。


「駄目だ!!ウルカ……君じゃ勝てない!!」


「わかってる!!」


ウルカは今までに聞いたことのない声で叫んだ。鬼気迫る表情と声色。


「僕は強くない。この竜と戦えばきっと僕は殺されるだろう……でも、僕は村を守りたい。皆を守りたいんだ」


黒龍は面白いといわんばかりに口を歪ませた。さあ、どちらを取る?この娘の命か、村の人間か?とでもいうように。


けれど俺の答えは決まっていた。


彼女の顔を見たその時に、ああ、と理解した。


ウルカは絶対に引かない。


あの顔は、命を差し出す覚悟を決めた者の。


だったら、その想いを汲まなければならない。


俺は、黒龍に背を向け走り出した。


『くふっ、はははは!!捨てたか!!はっはははああ!!!』


後ろで高笑いをする黒龍。二人との別れを惜しむ余裕は無い。彼女に貰った時間を無駄にするわけにはいかない。頬に伝う涙を拭い、俺は必死に走った。





――脚が震える。


『お前も村の人間か』


竜、ドラゴンは伝説上の生き物。初めて目にするそれは人語を解し、禍々しくも巨大な魔力を迸らせていた。対峙しているだけでも汗が流れ出てくる。


「……ああ、そうだ」


『一つ興味がある。お前らは命が惜しくはないのか?あのリンという人間もそうだが、勝てるわけのない相手に立ち向かおうとする。その行為は我には不可解過ぎる』


確かに、そうだ。人のために命をかけるというのは実のところ僕も馬鹿なことだなと思う。だってそうだろ。死んだらその後なんてないし、無だ。誰が助かろうが死のうが自分にとっては意味のない世界になる。


でもさ、そう理解していても。なぜか諦められないんだ。


昔からリンはあまり笑わない子だった。けど、たまにすごく優しく微笑むことがある。


行動を共にしている時も、人に気づかい端々にさりげない優しさが垣間見える。


あたたかい。彼女は、陽だまりのようにあたたかいんだ。


だから、例え私が生き残ったとしても、その世界にそれが無くなってしまうのはとても寂しい。


――命をかける理由なんて、それだけで十分だ。


「……例え命を失っても、失いたくないものがある。それだけだよ……」


視線が交わり、空気が凪ぐ。


遠くに聞こえている喧騒がさらに遠のく。


やがて竜が僅かに頷いた。


『……ふむ。やはりわからんな、もうよい』


竜の口が歪に微笑む。


そして――



――ズギャッ



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