第16話 死人


任務は基本的に朝から昼までで終わる。最近では戦闘訓練をダンジョン内で行っているので長引き昼を過ぎることがあるが、原則として昼までに戻ってくることが村の掟で決められている。


「今日も……二度連続だぞ。お前たち、いい加減長老にげんこつくらわされるぞ」


はあ、とため息をついて肩を落とす中年の男性。彼はこのダンジョンを管理している護り人で、ナナトという。俺たちの任務がある日以外は彼ら護り人を任せられた人間が門番をしているため、ダンジョンに入ることはできない。


「ナナトさん、ごめんなさい。僕が足をくじいてしまって」


ウルカが涙目でナナトへ訴えると一歩後ろへ後ずさった。彼は子供の涙に弱い。それを知っていてウルカは涙を流して見せたのだ。


「そ、そうか。それなら仕方ない……脚はもう大丈夫なのか?」


「はい、リンが応急処置してくれたので。じゃなければ戻ってくるのももっと遅かったはずです……あの、ナナトさん」


「ああ、わかったわかった。今回は長老への報告はしないでおくよ。怪我じゃ仕方ないしな。ほら、早くかえって体を休めな。預かった鉱石類は俺がはこんでやるから」


「「「「ありがとうございます!」」」」


こうして俺たちは帰路へ着く。


「いやあ、相変わらずすごいなウルカの泣きまね。ほんとに涙だせんだもんな」


「ね!体の震え方もほんとに泣いてるみたいだし、すごいわ」


「ふふ、これくらいちょっと練習すれば誰でもできるよ。けどナナトさんにはバレてるような気がするけどね」


「え!?うそ」


「あ、いやわかんないけどね。ほら、ナナトさんは昔から優しいでしょ?僕らの誰かが長老や他の大人に叱られていたら必ず庇ってくれたよね。だからそんな気がしただけ」


「あー、確かにな。それでナナトさんが怒られ始めたり」


ウルカのその予想は当たっている。前回も遅れてダンジョンから戻ってきたことを彼は長老へ報告してない。それは彼が優しいというのもあるが、俺たち子供が危険なダンジョンへ行くことを止められなかったことへの贖罪でもある。

昔、お父さんたちが亡くなった後に村で決められた掟。それにより教会の信託で決められた者しかダンジョンへと入ることができなくなった。ナナトはその話が出た時、危険なダンジョンへ子供を生かせるわけにはいかないと反対意見を述べ、代わりに魔獣との戦闘経験がある自分が行くことを進言した。しかし、長老たちの答えはノーだった。


(……あの頃は魔王軍との戦いの後だったし、村の守りも必須だったからな。戦いなれているナナトのような戦士は村の守りにつけたくなる気持ちはわかる)


でもナナトはそれをずっと引け目に感じている。数日後の魔族の襲撃においても、彼は最後まで子供たちを逃がそうと戦いそして殺された。『……に、にげろ』それがナナトの最後の言葉。腹部を槍に貫かれ、もうろうとした意識の中で、それでもプレイヤーの身を案じた彼の。


「そういや来週って、たしかリンの……いてえ!?」


ラッシュが何かを言いかけたがその瞬間、尻を杖で叩かれ阻止された。叩いた人は勿論コクエ。なぜかぎろりと睨む彼女の視線。


「え、ど、どうしたの……?」


俺が戸惑いながら聞くとウルカがこういった。


「あ〜……えーっと、そうそう。来週はお祭りがあるでしょ?リンも、皆でみてまわらないかなって」


「?、うん。それはいいけど」


ウルカが珍しく動揺している。これ、嘘だな。何かを誤魔化してる?そもそもリンの~から繋がってなくないか?

まあ、隠し事はお互い様だからいいけど。そうだ、あの日を……魔族との戦いを越えなければ、来週に何があろうと関係ない。


その後、ラッシュが不自然に話題を変えながらも他愛のない話をつづけながら家へ帰る。その夜、再びダンジョンへ潜るべく準備をし家を出た。身長に屋根から降り、丘の方へと走り出す。


「よお、嬢ちゃん!」


「やあ、クロウ」


「疲れてねえかい?」


「うん、大丈夫。行こう」


「おう!今日もお宝をがっぽり稼ぐぜ!」



洞穴を通じダンジョンへと侵入。道中の魔獣を無視し、足早にネシレイアがいた部屋へ到達した。20層。


(さて、ここから先はレベル30以上がごろごろ出てくる……気を引き締めていこう)


ゲームだがゲームじゃない。一度でも死ねば終わる世界。


「嬢ちゃん、どうかしたのか?」


「え……何が?」


「いや、すげえ怖い顔してるからよ」


「まあ。ここから先、21層~はかなり強力な魔獣が多いからさ。ちょっと緊張してる」


「おお?嬢ちゃんでも緊張するのかよ。この部屋に居たバケモンを倒しちまった嬢ちゃんが……やべえな」


「そりゃそうだよ。死んだら終わりなんだから……むしろ全然怖がってないクロウに驚きなんだけど」


「俺か?まあ、嬢ちゃんを信じてるからなぁ!はっはっは」


「えぇ。よくそんな能天気に……はあ」


お気楽なもんだなぁ。このテンション、酔っ払ってでもいるのかと思いきや、酒臭くもないし。おそらくこれが通常運転なのだろう。


「けど、クロウ。ここから先、私にもしなにかあったら迷わずに逃げてね」


「は?」


ぽかんとした顔のクロウ。俺は強くなるためにここまで来た。それはつまり自分の都合で、クロウには関係のないことだ。

そんなことに巻き込んで死なせてしまったとなれば、この村を守れたとしても純粋に喜べない。


(彼はNPC……けれど、もう今の俺はそんな風に見られない)


――人の命を背負うのは、重くて苦しい。


俺はラッシュ、コクエ、ウルカ。皆のように強くは無い。


『……い、いきろ』


フラッシュバックするあのシーン。


だから、クロウの命は背負えない。ここで死なれては困る。


「いい?クロウ、危なくなったら逃げてね」


「……嬢ちゃん。もしかして、人を亡くしたことがあるのか?」


「え?」


「いや、勘違いかもしれんけどよ……そんなような顔してるから。今にも泣きだしそうな、そんなツラだぜ」


「え……私、そんな顔してる?」


「ああ、してるぜ。お前、実はなにか抱えてるんじゃねえのか?このダンジョンに来てる理由が関係してるのか?」


「それは」


この村の未来。蹂躙され、俺以外の未来が失われた世界。そんな話はできるはずもないし、誰も信じない。……何も言葉が出ない。


「ふふ、そういうとこは年相応に子供なんだな。はっはっは」


俺はむっとして言い返す。


「言えないことなんて誰にでもあるでしょ」


「ああ、そうだな。確かにそれはそうだ。悩みってのは話しにくいよな。人に弱みを見せるようなもんだし、そんな自分が情けなく見えてくる……でもそれはな、俺は逆だと思う」


「逆?」


「弱さを見せることが強さなんだ。人は一人じゃ生きてけねえ。だから助けてもらう。それはかなりの勇気がいることだが、そうすることで他にも何かを抱えた奴が声を上げやすくなるんだ。それはある種の強さだと思う。自分を救い、他人も救う……そのための人を信じる強さっていうのかな」


……かつて、社畜だった時代。俺は声を上げることもなく、一人で戦い続けていた。それは俺に残されたわずかなプライドと尊厳だった。弱音を吐けば笑われる。逃げれば弱者のレッテルを張られる。


(……でも、クロウのいう事は理想論だ。実際問題、そうしたところで助けてくれる人はいない)


俺の抱えている問題は、また別の強さが無ければ勝ち得ない。俺が強くならなければ。


「……ま、俺を信じろとは言えねえけどな。こんなだし。さあ、夜が明けちまう。行こうぜ」


「うん」


そして俺とクロウはダンジョンを潜る。危険な場面もいくつかあったが、それでも順調に進んでいきボス部屋の前までたどり着く。

大きな赤い扉。中にいるのは12体の騎士と王。


(ここから先は行けない。少なくともクロウを連れては)


入る気が無いことを察したのかクロウは踵を返した。


「ここまでだな。よし、帰ろうか!」



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