第10話 急転直下
よく晴れたある日、暇をもてあましていた俺はいつものように町の探索に出かけた。晴れた日はアンデッドがダメージを受けるので休みにしているのだ。
最初の頃は人通りの多い道しか歩かないようにしていたが、思いのほか真面目な冒険者が多いことや、槍を持っていればまずからまれないことも分かってきたため、ちょっとした裏道にも行くようになった。
先日裏道で見つかった食堂が思いのほか美味しかったこともあり、最近は隠れた名店、良店を探すのが晴れた日の趣味になっていた。良い店が見つからないことも多いが、暇つぶしになるので気にしない。雨の日は資料室で読書だ。晴耕雨読というやつだ。違うか。
その日も槍だけ持って、ラフな格好で裏路地探索を楽しんでいた。
そう、完全に油断していたのだ。
ここは日本とは比べ物にならないくらい治安が悪いことも、俺が冒険者ギルドに行く時間帯は真面目な冒険者が多い時間帯なだけだということも、悪意を持って人を観察する人間がいることも気づいていなかった。
うまい店がないかなんてのんきなことを考えて歩いていた時だった。
ドガッ!「うわっ!」突然背中に衝撃をうけ、前に転んでしまった!
HPバリアがあるため、痛みはほとんどなかったが、何が起こったか分からず、地面に手をつきながら後ろを見た。
後ろには、ガラの悪そうな冒険者らしき男が3人いて、ニヤニヤした嫌らしい顔でこちらを見ていて、俺の槍をその手に持っていた。
「へっへっへっ!」 男たちはニヤニヤしながらこちらを取り囲む。
「何すんだ!返せ!」 槍をとられたのを理解してとっさに叫んだ。
「知ってるぜ。お前結構持ってるんだって? 出すもん出せば返してやってもいいぜ。」 ニヤニヤしながらリーダーっぽい青髪の男がわけの分からないことを言ってくる。
「何のことだ。ぐっ!」 言いながら立ち上がろうとすると横の男に蹴られて立ち上がれない。
状況を理解するにつれ、ドクンドクンと心臓が大きな音を鳴らし冷汗がふき出してくる。
ヤバい・・槍を盗られた。しかも身体能力は明らかにあちらが上だ。どうにか切り抜けなければ・・・適当に銀貨を何枚か払えば見逃してもらえるか?
混乱する頭で必死に考える。
「お前が金貨を持ち歩いているのを見たヤツがいるんだよ。おとなしく有り金全部出せば痛い思いしなくて済むぜぇ」 青髪の男が、剣を抜いてあざ笑うように言った。
「!」 見られてたのか!どこでだ!いやそんなことはどうでも良い。どうする。
「オラッ!なんか言えよ!」 横からまたもや蹴りが飛んでくる。
「ぐっ」 やばいHPが無くなったら終わりだ!収納を使うか? こんな町なかで人を殺すのか? 犯罪者になるのはゴメンだぞ! 有り金出して無一文になるか? 本当に金だけで見逃してもらえるのか? 口封じに殺されないか?
緊張で体が震える。
「こいつ震えてやがるぜ!ワハハ!」 馬鹿にしたように笑ってくる男たち。
くそ! お前らが怖いんじゃない! お前らを殺して犯罪者になるのが怖いんだよ!
よし!決めた!グレイをけし掛けて逃げよう!
「グレイ!行け!」「ガウッ!」
「うわ!」 突然現れたグレイに3人が驚いている隙に、逃げ道を塞いでいる手下っぽい男の腕にグレイが噛みつく。
よし!今だ!
起き上がって手下の横をすり抜け走りだす。
「ギャン!」と鳴き声が聞こえた!
つい振り返るとグレイの胴体が真っ二つに斬られて転がったところだった!
「グレイ!」 思わず叫ぶ!
「オラッ!」「ぐはっ!」 俺は顔に衝撃を受けて転がる。
青髪がグレイを斬り、噛まれていないもう一人の手下が俺を殴ったのだ!
ヤバい!HPが!くそ!つい足を止めちまった!逃げられない!
「こいつ何しやがった!ぶっ殺してやる!」 怒りをたたえた顔で青髪が剣を持ってかけて来る!
このままじゃ殺される!やるしかない!クソが!よくもグレイを!
3人の男が武器を抜いて駆け寄ってくる!
死体収納!!死体収納!!死体収納!!
・・・男たちは消え、あたりは静寂に包まれた。
「はぁはぁはぁ」 荒い息を吐きながらしばし茫然とする。
「はっ!!」 正気に返ると急いで立ち上がった!
ヤバい!ヤバい!
目撃者がいないか辺りを見回し、槍を拾いグレイの死体を収納する。
何もなくなったことを確認して、焦りながら足早で宿に向かって歩き出した。
「どうする!どうする!」 歩きながら独り言をつぶやく。周囲から奇異の目で見られるがそれどころではない。
宿につき部屋に入る。
ベッドに腰を掛け頭を抱える。
くそ!なんでこんなことに!なんだあいつら!誰だよ!人の財布の中を盗み見てんじゃねえよ!
・・・いや落ち着け!こういう時こそ落ち着いて考えるのが大事だ!
こういう時はつのっちだ。撫でて心を落ち着けよう。
つのっちを出してしばらく撫でていると落ち着いてきた。
「ぶぅ」つのっちの鳴き声に癒される。つのっちは有能だな。
とりあえず状況を整理しよう。
まず俺の状況だ。
俺はカツアゲしてきた男3人を殺した。
・・・いや、カツアゲなんて生ぬるいものじゃない。相手は剣を抜いていた。恐喝強盗傷害殺人未遂だ。金ではなく自分の命を守るために殺したのだ。正確には俺の命、金、秘密を守るためだが、あの時金と秘密はやむを得ないと思っていた・・・・はずだ。
つまり、俺は恐喝強盗傷害殺人未遂の犯罪者から自分の命を守るために犯罪者3人を殺した。
これなら正当防衛で無罪なんじゃないか? こちらの法律は詳しくないが、日本より犯罪者を殺すことに寛容な気がする。盗賊討伐依頼とかあったしな。
よしよし、ではこれから俺はどうするべきか考えよう。
まずは衛兵に報告した場合はどうなるだろうか?
あの3人は犯罪者だが普通に町を歩いていた。ということは、初犯だったかうまく犯罪を隠していたということだ。つまり衛兵からは犯罪者だと認識されていない。
つまり衛兵が俺の言うことを信じてくれなかった場合は、俺は一般人を殺した犯罪者になる。 ・・・信じてくれるだろうか? あの感じだと初犯の可能性は低いから疑われていたりすれば信じてもらえるかもしれないが・・・特に疑われていなかったら厳しいか? いや目撃者がいれば信じてもらえるか?
あの場所は人気はなかったが、周囲には家が建っていたし結構騒いでいたから家から様子を覗いていた人がいる可能性は高い気がする。そうすれば信じてもらえる可能性はそれなりに高いように思う。ただ、絶対ではない。微妙な確率だ。
そして最終的に信じてもらえたとしても、殺人犯かもしれないとして取り調べは受けることになるだろう。そうなると職業やスキルを隠すのは難しくなる。隠したら信じてもらえる可能性はだいぶ下がるだろう。犯罪者にされる可能性は高くなる。
隠さず職業やスキルもすべて話した場合はどうだろうか? 客観的にみて俺はよそ者だ。いなくなっても文句を言う人はいない。人を3人殺したよそ者の死霊術士だ。ヤバいやつだ。この世界の衛兵の考えは分からないが、責任者がまともな人だったとしても念のため町に被者が出る前に犯罪者として処刑しておこうと考えても不思議ではない。愛する家族や友人がゾンビになってからでは取り返しがつかないからだ。 ・・いや俺はやらんけど。
総合するとどのパターンでも衛兵に報告すると犯罪者にされる確率が結構高いということだ。何も問題なく無罪放免の可能性もなくはないが低い。
じゃあ、誰にも言わずにこのまま今まで通り生活した場合はどうだろうか?
目撃者はいる可能性がそこそこ高いが、目撃者が通報する可能性は低い気はする。目撃者からしたら突然オオカミが出てきたり人が消えたりして意味不明だろうからな。人が殺されたとは思っていないだろう。いや、殺された可能性もあるくらいは思っているか。通報する可能性は低いが聞かれれば答えるだろうし、雑談などで人に話す気はする。噂になる可能性があるな。通報する可能性もゼロじゃないし。
それと、犯罪者3人の家族が捜索依頼みたいなのを出せば俺が関係していることはおそらく発覚するだろう。万一家族が町の有力者だったりしたら、しっかり調べるだろう。
そうなると取り調べを受けることになり、衛兵に報告した場合と同じパターンだな。自己申告じゃない分さらに悪いかもしれん。
まあ何事もなくすごせる可能性も普通にあるが、微妙だ。
それに万一衛兵につかまってから脱出となると大勢の罪のない人を殺さなければ逃げられない気がする。そんなことはできればしたくない。
では、すぐにこの町を出た場合はどうか。
通報なり捜索なりがされたとして、俺がいなかったらどう思うか。犯罪者と疑われるだろう。だが、犯罪者だと確定はしないのではないだろうか。目撃者がいても人が消えたように見えただけだしな。それでも犯罪者として手配される可能性もなくはないが、低めな気がする。少なくとも町に残るよりは低いだろう。
つまり
衛兵に報告をしたら、犯罪者にされる可能性大
このまま暮らしたら、犯罪者にされる可能性中
すぐこの町を出たら、犯罪者にされる可能性小
ということだ。可能性ゼロの選択肢は無い・・・
・・・よし!すぐ町を出よう!出るしかない!そうと決まれば行動だ!逃げろ!
つのっちを収納し急いで革鎧を着こみ荷物をまとめて宿をチェックアウトする。
適当に近くの村の知人に会いに行くと宿屋のおっさんに伝える。この人に言っておけばヤーバンさんにも伝わるだろ。 ・・・いや、もうそれどころじゃないし、二度と会わないかもしれないけども。一応な。 ・・・別にヤーバンさんのことなんか好きじゃないんだからね!
宿を出たら大きいバックパックを買い、旅人用マント、野営道具セット、食料、飲用水を買って詰めこむ。
レベルが上がったせいか、でかい荷物も普通に持てる。
金をどこかに預けたりはしていないので、これで準備OKだ。商業ギルドに金を預けることもできたのだが、いつ職業がバレて逃げることになるか分からないので預けなかったのだ。こんなこともあろうかと、というやつだ。 ・・・いや、いつも金貨を持ち歩いているから、こんなことになったんだがな。用心が裏目に出てしまったようだ。
では点検よし!出発だ!
でかい荷物をかついで町の門を通ったら、門番のおっさんにどうしたのか聞かれた。
ドキドキしながら近くの村の知人に会いに行くことを伝えたら問題なかった。
もう通報されたのかと思って冷汗かいたぜ。
こうして逃げるように町を出ることになった俺は、東にあるという貴族が住む大きな町に向かって歩き出した。
空を見上げると、雲一つない抜けるような青空が広がっていた。
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