≪春≫五月病で春眠暁を覚えないけど、クマはハニトーを食べに行く。 

 ある晴れた、春の朝。

「おーい、キミト君」

 花遊との待ち合わせ場所に着くと、彼女はすでに待っていた。

 花遊の不安そうな顔が、パッと明るくなる。

「おはよう、花遊。ごめん、ちょっと遅くなった」

 いつもは彼女の家は学校から近いので、通学路の途中で合流してから学校へ向かう。

 僕の方が家は遠いので先に、合流場所に着いているのだけど。

 今日は寝坊したせいで彼女の方が先に来て待っていた。

「花遊じゃなくて、ふわり!! 別にいいよ、いつもはキミト君が待ってくれているから」

 それにしても――と、花遊は続ける。

「――私がキミト君を待つなんて、珍しいこともあるもんだね」

「花遊がいつもギリギリに来るからだろ。たまには僕より先に来いよ」

「えーっだって、眠いんだもん。でも、今日はいつもの時間に来てもキミト君がいなくて、少しだけ不安になったよ」

 彼女は少し俯きながら言う。

 心配になって近づくと、かゆうはガバッと顔を上げ、僕の瞳を見つめて来た。

「キミト君に何もなくて良かった」

「心配かけてごめん」

「と、こ、ろ、で、なんで今日は遅かったのかな?」

 うっ。できればこのままうやむやにしたかったんだけどな。

 心配してくれていたかと思いきや、いきなり本題に入ってくるとは。恐るべし花遊。

「じ、じつはな――」

 なんだか後ろめたくて結論をもったいぶっていると、かゆうが生唾を飲み込んだ。

 大仰な理由じゃないだけに、罪悪感を覚えてしまう。

 なんとかごまかしたくて、僕はわざと遠回しな言い方をした。

「――ベッドに捕食されてたんだ」

「ベッドに食べられたの!? キミト君のベッドって生きてるってこと?」

 ただの冗談だったのに、思っていたよりも食いつかれてしまった。

 ええい、ここまで来たら押し通すしかない。

「実はそうなんだよ、異世界から来た魔物をベッドにしていてな・・・・・・」

 かゆうは「異世界・・・・・・」と呟いた後、ハッとして詰めて来た。

「そんな訳ないでしょっ」

 彼女は朝から頬を膨らませて怒りをアピールする。

「私はまじめに心配してたのに」

 素直に言わなかったせいか、今日のかゆうはいつもより怖い。漫画だったら、彼女の後ろにゴゴゴゴゴゴゴなんて効果音がついてそうだ。

「ごめん、って。別に異世界やら魔物やらは当然嘘だけど。『捕食』されていたのは嘘じゃないぞ」

「へぇー」

 まだちょっと怒ってる気がする。

 花遊にしては珍しく、感情の乗っていない。

「マットレスと布団の間ってなんか口っぽくね」

「んー、そうかなー。そうかもー?」

 僕が胡乱なことを言うと、かゆうは半分納得といった様子で同意をしてくれた。

 僕は少し調子に乗って、その話を広げにいった。

「つまり人間は丸のみにされながら寝ているのだよ!!」

「うふふふふ、キミト君ってやっぱり面白いね。そんな風に考えたことなかったよ」

 彼女は笑った。

「そんな訳で、寝坊しました。ごめんなさい」

「もー、心配したんだからー」

 今度は笑いながらそう言ってくれる。

 もう怒ってはいなさそうで、安心した。

 遅れるなら連絡の一つでも――って、あれ?

「家を出る前に、遅れるってメッセージは送ったような気がするんだけど」

 かゆうはまるで油を差してない機械のように、ギギギ、ギギギと音が聞こえて来そうな様子で振り返った。

「ナニヲイッテッルカヨクワカラナイデス」

 カタコトで、声まで機械になったかのようだ。

「なんで急にカタコトなん?」

「さ、さあ何を言っているのかわからないなー」

 さてはコイツ、見てなかったな。

「だから、来るまで返信来なかったんだな」

 かゆうを白い目で見ていると、ふと、口元が汚れているのに気が付いた。

 僕は彼女の口元に手を伸ばして、その汚れを拭ってやる。

「キミト君いきなり何!?」

 戸惑っているかゆうに、笑いながら返す。

「そんなに焦って来なくてもよかったんだぞ」

 かゆうも寝坊して、慌てて食べて来たのだろう。食べカスを指の腹でごしごしと拭ってやる。

 彼女は少し頬を赤くするが、僕が指で拭っているせいで、うまく俯けないでいた。

「な、なんのことかよくわからないなぁー」

 照れ隠しにしても、もう少し上手くやったらいいのに。棒読みなのがバレバレだ。

「よし、綺麗になった。学校で笑われなくて良かったな」

「もー、いったい誰の所為だっていうんだよー」

「はいはい、そろそろ行かないと遅刻するぞ」

 僕はぷりぷりしている彼女を横目に、学校へ向かって歩き出した。

「キミト君が寝坊したせいでしょー」

 文句を言いながら横に並んできた彼女に、僕は弁解した。

「だってさー、春眠暁を覚えずっていうじゃん」

「わかるー、私もずっと朝は眠いもん!!」

「わかるならいいだろ」

「わかるけどダメなんだよー」

「なんだよそれ」

「あははは、なんなんだろうね」

 僕らは脈絡もない掛け合いを突然始める。

「春と春眠暁を覚えずで、思い出したことがあるんだけど」

「なに?」

「春と言えば花とか植物が芽吹く季節な訳じゃん」

「そうだね」

「春植えざれば秋実らずってことわざがあるんだよ」

「私、初めて聞いたー」

 僕はつい最近知ったばかりのことわざを、少しだけ得意げに披露すると。

 ふわりも知らなかったようで驚いていた。

「春に種をまかないと秋の収穫はできないって意味で」

「うんうん」

「やるべきことをやっておかないと成功は望めないって意味なんだって」

「う、うーん?」

「つまりさ、今のうちから準備しとかないと結果も成果も出ないよってことらしい」

「な、なるほどぉ~?」

 僕の説明にもいまいちピンと来ていないみたいだ。

 どうやらふわりには難しかったようだ。

「花とかは割とすぐ咲くイメージあるけどさ、野菜なんかはちょっと時間かかるじゃん」

「えっ、野菜ってすぐに出来ないの?」

 

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