第11話 僕と転生
僕、諸多紺はある日の朝、パンを咥えた宇宙人と衝突して転生することになった。
判決から2週間が経つ前に、新米宇宙人ぴにゃぴにゃは上訴権を放棄した。
判決は、懲役10年6月。未決算入10日。
権利放棄の翌日、僕らの宇宙船の前に現れた巨大な刑務船へとぴにゃぴにゃは移送されて行った。
現在、ぴにゃぴにゃの乗っていた宇宙船には僕一人しかいない。
「ごめんね。ありがとう。ごめんね」
そう繰り返しながら移送されていくぴにゃぴにゃの背中に、「ごちそうさま!楽しかったよ!」などと声をかけた僕は余程の馬鹿者だろう。
ぴにゃぴにゃも、彼を連行に来た海牛宇宙人たちも何だか苦笑しているような、そんな別れだった。
別れの場面を反芻しながら、僕は何だか満ち足りたような心地になっていた。
一月以上寝食を共に過ごした友人が、つい先ほど目の前で刑事施設へぶち込まれた というのに薄情なものである。
「度し難いですね。下等生命体」
ニヤニヤとしていた僕の背後から、ブレインの心底呆れたような声がかかる。
振り返ると、そこには美しい女性が一人。
やぁ、今日もお可愛いことで。
「脳内の思考で話しかけんな」
心を読める人工知能ブレインは、今日もスーツスタイルで僕の前に現れた。
彼女はいつも手厳しい言葉と態度をとるが、僕にはそれが心地良かった。もしかし たら僕のそういう自覚の無い趣味に合わせてくれているのかもしれない。
流石、海牛宇宙人最高の人工知能である。
「もう黙って…」
額に手を当てて溜息をつくブレインに微笑ましいものを覚えながらも、僕は頭の片隅で時間が来たことを悟った。
転生。
その時が来たのだ。
記憶と魂の連続性、種族がヒトであることは保証されるというが、容姿や身体能力は別。社会的身分だって不明だ。
記憶の連続性は無い方が良いのではないかとも思ったが、元いた世界を生き残りの 僕が忘れてしまうのは寂しいので結局口にすることはなかった。
それに、ぴにゃぴにゃやブレイン、彼女らと過ごした日々を失うのは耐え難い。まぁ、これもブレインにはお見通しなのだろうが。
「本っ当に嫌なヒト」
当然である。僕を下等生命体と呼びながらも徹底して丁重に扱ってくれるこの優しい破壊者に、僕は可能な限り故郷を消された仕返しをしなければならない。
圧倒的な力の差から、当初こそ恨み言など湧いてこなかった僕だけれど、ここまで丁重に扱われれば分不相応の不満も湧いてくるものだ。
つまるところ、それがブレインと海牛宇宙人たちの狙いだったのだろう。
生き残った僕に罵倒して欲しかったのだ。
それが彼らの求めであり、僕のなすべき役割だった。
人でなしの僕には理解し難い価値観だが、彼らの特異な倫理観が彼ら自身を許さないのだろう。
法で自己を裁けないブレインもまた、糾弾されることを目的に僕の面倒を見ていた節がある。
けれど、肝心の僕は人でなしなので彼らに怒ることすらしなかったのだ。
期待外れも良いところだったろうなぁ、と我がことながら嫌になる。
けれど、最後くらい僕の口から故郷の恨みをぶつけないと律儀な彼女たちは気が済まないだろう。
最大限の感謝を込めて目の前の彼女へ侮蔑の言葉を送る。
「貴女方のお陰で、僕のいた世界も、僕の人生も滅茶苦茶です。来世でもこの恨みは消えることはないでしょう」
本当は彼らの真意に気付かぬまま怒り狂えていたら良かったのだが、残念なことに気付いてしまった。
申し訳ないな、と思いながら欺瞞に満ちた呪いを紡ぐ。
「貴女方は身勝手な大量破壊者だ。永遠に呪われろ」
苦渋に満ちた顔をするブレインを見て、僕は怒りに満ちた表情を向けながらも内心 笑い転げていた。
この世界を支配しているのが彼らで本当に良かった。
支配者層が欲望に手足を生やした者ばかりの何処ぞの生命体より、余程マシだ。
滅ぼされた側が心底から思うんだからしょうがない。
だから、どうか気にしないでください。
「二度と貴女方の顔を見たく無いです」
「ああもう、わかった。わかった」
舌打ち一つ。
ブレインが手をかざすと、僕の身体は光に包まれて消えて行った。
ああ、どうか。
あのひとが救われてありますように。
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