第9話 僕と子供心
「ここにいる私は諸多さんに対応するために作られた、言わば貴方専用の分身(わけみ)ですので」
ブレインが言うには、本体のブレインから分たれた分身は文字通り星の数ほど存在 し、対応するトラブルに適した容姿と情報を与えられるのだという。
「ある種、諸多さんは私の親のようなものですね」
ブレインのとんでもない発言に吹き出しそうになる。
「だってそうでしょう?今回のトラブルが無ければ、私は作られることはなかったし、私を象る姿はヒトにならなかった」
いつの間にか部屋の照明は元に戻り、ブレインはその豊満な胸に手を当てて僕に微笑んでくる。
しかしそうか、彼女が言っていることが本当なら今回のトラブルが起きてまだ一か月半ほど。
…生後間も無く、我が娘のような存在が、僕のために我が星のアレな文化や風俗を 全部学習する羽目になったのか。
不可抗力とはいえ罪悪感がヤバい。
良く捻じ曲がらずに育ったものだ。
でも親を下等生物呼ばわりはどうなの?
ああ、子供の激し目の照れ隠しか。
そう思うと可愛いものだ。
「あー!あー!」
顔を真っ赤にして机に突っ伏して叫ぶブレインを見るに図星のようである。
「聴こえなーい!聴こえなーい!」
両手で耳を塞いで脚をバタバタとする様が非常に可愛らしい。さながら駄々をこねる幼児だ。
よくよく考えれば、恋愛ごとの免疫はないのに耳年増な子どもに可愛いだの綺麗だ のと口説くような真似(口には出していないが)をしたのはマズイのでは?
思えば、会うたびに変わる彼女の髪型や服装の小さな変化に感心していたが、これは誰かにおしゃれを気付いて欲しい、褒めて欲しい子供心が多分にあったのではないだろうか。
か わ ヨ。
「ぬあー!!おわあー!!!」
ただ、彼女は僕専用の分身だと言った。
果たして、この騒動が解決した時、僕が転生した後、彼女はどうなるのだろうか。
「…役目を終えた分身は、本体に格納されます」
格納とは?
「肉体を失い、情報体として凍結保存されます」
それは、死と同義ではないだろうか。
いや、情報体というのは良く分からないが、それは下手をすると死よりも辛い状態 ではないか。
ヒトの価値観を学習した後の彼女にとって、その格納とやらは耐えられるものなのか。
「…」
否定は、無かった。
それまでヘラヘラと勉強会を楽しんでいた己のマヌケっぷりに心底腹が立つ。
彼女がどういった想いで勉強会を開いてくれていたのか、まるで理解していなかっ たのだ。
勉強会が始まってから、何度「転生が怖い」「逃げたい」「助けて」など彼女に読心させてしまっただろう。
僕は自分の事ばっかりで、目の前にいるこの娘の心を何一つ理解してはーーー。
「やめて下さい」
俯いたまま静かに、彼女は僕の思考を止めた。
「下等生物は、自分の心配をして下さい」
顔を上げ余裕たっぷりの笑みで、嘯く彼女はそっと僕の頭を撫でる。
どっちが子供だろう。
焼けるように喉の奥が痛んで、結局言葉は一つも出てこなかった。
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