青空の下の群青
アナログの修行者
きょうだい
僕は無意識に思い出していた。
まだ、世間を知らなかった幼い頃の事を。
「あなた達は兄弟なの」
そう教えてくれたのは、僕たちの教育係のハナさんだ。教育係は育ての親であり、先生のような存在だけど、気さくな彼女の性格的に、友達のような感覚で気兼ねなく接することが出来た。
ハナさんは、僕たちの周りにいるみんなを「兄弟」と言った。だけど、僕らは兄弟がどういうものなのかを知らない。当然、みんなはハナさんに質問した。
「兄弟って何?」
「えーっと…お母さんとお父さんが同じで…ってヒトガタは違うんだよな…なんて説明すればいいんだろう…」
ハナさんは困惑していた。ヒトガタというのは僕達の事で、ハナさん曰く物や概念に人の心が宿り、擬人化した存在…らしい(僕もよくわからない)。難しいことを聞いてしまったのかもしれない。そしたら、ちょっと別の言い方をしてみよう。
「…ねぇ、ハナさん。どうして僕たちが兄弟なの?」
僕は挙手をしてハナさんに尋ねた。すると、ハナさんはそれなら!と言わんばかりに晴れた顔をして答えた。
「君達はね、みんなE233系っていう電車なの。ただ、同じE233系でも細かい違いがあって、それを番台として分けられているんだ」
例えば、と僕の横にいる大柄な女の子の方を向く。
「君は、一番最初に生まれたE233系だから、0番台。人間の兄弟で例えたら、初めて生まれた女の子だから…長女って所かな。みんなのお姉さんだね」
「ちょうちょ?」
「『ちょうじょ』ね」
0番台と呼ばれた女の子は、長女にしては少し…いや、かなり抜けているところがあるようだった。ちょっと心配だ。
「あたし、お姉さんだったんだ!えへへ、お姉さん…!」
とても嬉しそうな0番台。彼女がお姉さん、ということは、その後に生まれた僕が…
「弟…」
「そうそう、君は1000番台。0番台の次に生まれたから、1000番台って言うんだよ」
…何となく、そんな気はしていた。さしづめ、僕はE233系1000番台といったところか。E233系の長男で、2番目に生まれた存在。0番台の弟である僕が、1000番台なんだ。
すると、今度は茶髪の女の子がハナさんに尋ねた。
「0番台、1000番台ってきたら、ボクは2000番台になるってこと?」
確かに、これまでの流れからして次の番台区分は、2000番台になる。けれど、ハナさんは首を縦に振らなかった。
「ううん、君は3000番台」
「ええーっ?なんでー?」
驚きの声をあげる二人の女の子。僕はビックリして耳を塞いでしまった。
「2000番台もいるんだけど、君が先に生まれる事になったからねぇ…ややこしいけど、2000番台は3000番台の弟……あるいは妹だよ」
数字の順番と兄弟の順番が一致しないなんて、たしかに複雑だな。でも、"大人の事情"のせいでそうなってしまったのかもしれない。大人が使う言い訳のほとんどが、それだから。
ハナさんは続ける。
「上手く言葉では言い表せないけれど…あなた達のような兄弟は、友達や同期、先輩とは違って、血の繋がりのような運命で結ばれた、唯一で特別な存在なの。 デビューしたら、今みたいにいつも傍にいることは出来なくなるけれど…それでも、互いを助け合って欲しいな。
それにE233系は他にもたくさんの兄弟がでてくるはずだから、これからどうなるのか楽しみだね」
と、ハナさんの話に一区切りがついたその時だった。
「いぇーい!233ー!」
「うぃえああああっ!?」
突然の大声と共に、ハナさんの絶叫が響き渡った。僕も反射的に体がビクッと動く。自分と同じくらいの背丈で、青いくせっ毛が特徴的な少年だ。その少年は両腕を広げて、走り回っていた。ドタドタしたぎこちない走りなのに、足音が静かなのはすごいと思う。
「ああもうビックリした…って、君って確か星川くんの…」
「おう!E233系"4000番台"だぜ!お前らの兄弟だー!」
4000番台、と名乗った少年は立ち止まると腰に手をあてて偉そうに胸を張った。いきなりの事態に、僕達はきょとんとすることしか出来ない。ハナさんは4000番台(?)に呆れるように話しかける。
「4000番台って…そんな番台区分、E233系にはないはずだけど?」
「えーっ!?でもオレ、さっきE233系で4000だってホシカワからおそわったよ?だから、E233系の"きょーいくがかり"をさがしたんだ!ハナっておまえのことだろ?」
「そうだけど、そうじゃない…」
ハナさんが頭を抱えていると…
「見つけたぞ小田急4000形…ここに居たのか」
『星川』とかかれた名札を付けた男性が、くせっ毛の少年を呼んだ。くせっ毛の少年の本名が小田急4000形……ということは、この少年はE233系じゃないってことじゃないか。
「悪いなハナ、233。ちょっと目を離した隙にいなくなっちゃってさ…コイツは小田急4000形。233の兄弟じゃなくて、
星川さんはくせっ毛の少年もとい、小田急4000形の肩を掴んだ。4000形は不服そうにふくれっ面をする。
「なんでー!兄弟じゃないのー!」
星川さんは4000形の目の前にしゃがむと、人差し指を立てて説明し始めた。
「まず一つ、お前はE233系を基本設計として生まれたってだけで、お前がE233系という訳では無い。もう一つ、お前とE233系では属する会社が違う。お前は小田急で、233はJRだからな。そして最後に一つ、233とお前は性能が違う。だから、兄弟じゃなくて従兄弟なの」
「そんなーっ!」
どうやら4000形がE233系の兄弟だというのは、勘違いだったらしい。内心、ほっとした。星川さんは4000形と手を繋ぐと立ち上がった。
「4000はこれから勉強の時間だろ?ほら行くよ」
「やだー!233と一緒にいるー!」
「休み時間に会えばいいじゃん」
電車とはいえ、まだ未完成の子供。4000形の抵抗は虚しく、星川さんに引きずられるように無理やり連れていかれる。
「うわーん!にーさんさーんー!」
負け惜しみのように手を振りながら遠ざかっていく4000形。姉さんは手を振り返して、それに応える。
「ばいばーい!また会おうねー!」
3000番台はクスクスと笑いながら、二人のやり取りを見ていた。
ハナさんと僕は互いに顔を見合わせる。彼は一体何がしたかったのだろう。さっきまで、僕たちが話していた内容も忘れてしまった。…まぁ、思い出す必要も無いか。
途端、視界が突然グラグラと揺れ始めた。体にとても重い負荷がかかっていくのが分かる。揺れに耐えられず、跪いた。
「姉さん…3000…ハナさん…助け……」
とても辛い。みんなに向けて手を伸ばす。だけど、姉さんも3000番台もハナさんも僕を助けてくれない。段々と距離が遠ざかっていく。
何となくわかっていた。みんなが助けてくれないのは、薄情者だからなんかじゃない。これは──
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