第17話 心配でたまらない
真は半分気持ちが心配しつつも、半分はウソなんじゃないのかと考えてながら、探偵事務所に向かっていた。
電車で二駅かけて降りた。もう十一時だ。プラットホームには人気も少ない。
真は吐息が白くなっていたことに気づいた。十二月後半、今晩かけて強い寒波がやってくると今日朝のテレビで天気予報士が注意喚起を促していたな。
厚着のジャケットを着ていたが、風が吹くたびに思わず肩を上げて身体が縮こまる。素手の両手を擦りながら、改札まで歩いていた。
ポケットから定期券を取り出して、改札を出ると、あかねの探偵事務所まで十分ほど掛か。る。
「飯野さんは、時間は大丈夫なんですか?」と、つむぎは電話越しに心配そうな声を上げていたが、状況が状況だろう。身代金の要求で、警察には言うなと言われたらしいが、解決するには警察は必要不可欠だろう。そのことをつむぎに問われて、真は躊躇したが、とにかく警察に来てもらうという判断を下した。
真が探偵事務所まで行くと、明かりが付いていた。もう菅も来ているのだろう。近くの駐車場を見ていないが、そこに車を止めているはずだ。
真は締まっているビルのシャッターを持ち上げたら開いていた。つむぎが鍵を開けたのだろう。もしかしたら、まだあかねの帰りを待っているのかもしれない。
真は三階まで上がって事務所のドアをノックする。すると、出てきたのは、私服姿のつむぎの姿だった。
こんな状態なのに、真の心はつむぎへの恋心が蘇ってきてドキッとした。
「あ、飯野さん。すみません、夜遅くに……」
「いいよ。あかねさんが帰ってこないんだから、それに脅迫の電話が掛かってきて怖かったんじゃない?」
「そうですね……」つむぎは今にも泣きだしそうな表情をしている。何となくいたたまれない気持ちだった。
「ごめんね。夜遅くに……」
つむぎの後ろに菅の姿があり、彼は口角を無理に上げて、右手を上げた。
菅はこの夜遅い時間でも、決まって灰色のスーツで現れた。長身で体系が痩せ型で、毎日ご飯を食べているのかと心配してしまうくらいだった。顔は小さく、少し肌が黒い。どこにでもいそうな人だが、繊細な部分も持ち合わせていた。
「いえ、それであかねさんがさらわれたのは、どこかわからないですよね」
真は事務所のドアを閉めた。カランとドアベルが相変わらず鳴り響く。
「そうだな」菅は腕を組んで顔をしかめていた。真はもしや、この菅刑事も何かに手を加わっているのではないのかと疑っていた。「つむぎちゃんの話によると、今日の依頼主は二人いたんだってね?」
「どうしてそんなこと知ってるの?」真はつむぎに聞いた。
「お姉ちゃんがお昼頃にラインでメッセージを送ってくれたんです。今日は二件もあるから何か月分のお金は心配いらないって」
そう聞いて、お金の話が好きなあかねらしいなと真は心の中で苦笑した。
「しかし、お金を探していたサラリーマンの件は解決したのだろうか」菅はつむぎに聞く。
「分からないです。一応、電話する三十分前にお姉ちゃんのラインにメッセージを送ったんですけど、一向に返ってくるどころか、既読にもなってなかったので、電話をしたんです。そしたら……」
「誘拐されてたんだね」
「はい」
つむぎはかなり動揺している様子で、ずっと右人差し指を口元へ持っていた。
「このサラリーマンのお金を落とした件と、この誘拐事件はつながりがあるのだろうか……」
菅は腕組考えていた。
……関連性はあるのだろうか。そもそも菅は神田が自分をゲームのように利用していたことを知っているのか。真は菅の様子を伺っていた。
「満田さんの事件は解決しましたよ」真は菅にいった。
「え? そうなの?」菅はきょとんとする。
「はい。実は満田さんの奥さんは失踪していなかったんです」
「どういうこと?」菅は瞬きの回数が多くなり、動揺の表情を見せる。
「満田さんの奥さんに問い詰めると、どうやら神田社長が何かの目的でウソをついて、僕に捜査をさせるということを実行したんだと思います。それが、どういった理由なのかは、満田部長も屋台で飲みすぎて酔いつぶれてますし、今日のところは、本人の口からは言えるものはないですが……」
菅はうつむいて考えている素振りを見せた。
「とにかく、そちらの方は解決に向かってるんだね。あかねちゃんの方は、今の状況が状況だ。確か、犯人は身代金要求の一億円は明後日までに用意をしろということだったね。明日、警部らがここに来て、犯人からの電話を待つか、それかつむぎちゃんが電話を掛けるかを行うことになるね」
「今日はもう捜査はしないんでしょうか?」
つむぎは目の先を一点に集中している。
「すまないが、この夜では何も探せない。聞き込みを入れるには難しい時間帯だ。就寝時間だから……。すまない」
菅はつむぎに対して、二回謝った。
「いえ、そうですか……」
つむぎは考え事をしていた。あかねがあの男たちに、その後何をされているのか想像をしただけで吐き気が襲ってきそうだ。考えると、涙が出てしまう。
「つむぎちゃんが泣いてしまうことも無理はない。何かあったら電話してくれ。それに明日、十時ごろにこっちに来る。もし、心配だったら早めに伺うけど」
「いえ、十時でお願いします。何かあったら、早めに来てもらう予定です」
「分かった。私はもう帰るから、真君、頼むよ」
菅は真の肩を軽く叩いて、「じゃあ」と言い残して、事務所を後にした。
残された真はどうしたらいいのかわからなかった。あかねもつむぎも心配だが、これから捜査は出来ないし、つむぎの傍にいる何て言ってあげたらいいのかも分からない。
しばらく言葉を発せられない真に対して、つむぎは言った。
「飯野さんもここまで来てくれてありがとうございます。今日は姉のことですみませんでした」
そう謝るつむぎに対して、真は思わず右手を横に振った。
「いいよ。そんなこと、僕はあかねさんの助手だから。それよりもつむぎさんのメンタルは大丈夫なの?」
「あたしは……大丈夫です」
大丈夫ではないと言う、つむぎの躊躇いが内の中で秘めてるような発言だった。
「本当?」
「はい、大丈夫です」
つむぎは涙目で真と見合った。
「分かった、僕も帰るから。何かあったら電話して。寝てるかもしれないけど……」
「ありがとうございます」
つむぎは最後まで真と見送るように、一階のシャッターの前で丁寧にお辞儀をしていた。
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