第14話 嘘という真実

「ぐごごごご、ぐごごごご」

 まるで恐竜が叫ぶような壮大ないびきが真の鼓膜に響いている。

 満田はあれから徐々に黙ることが多くなり、やがてカウンターに右頬をくっつけるようにいびきをかきながら眠りについていた。

 全く、奥さんがどこにいるのか分からないのに、幸せそうに眠れる人だ。

 真はそう思って、おでん屋の大将と目が合い、互いに笑った。


 真は自分の椅子に掛けていたジャケットを取り、ワイシャツ姿の満田の肩に羽織るように掛けた。

 すると、満田の横に置いてあったスマートフォンが鳴った。


 誰からだろうと、真は不意に見ると、そこには幸恵と書かれていた。

 ん? 幸恵? 幸恵って確か部長の奥さんじゃあ……。

 え?

 真は一瞬驚いた。あの探している幸恵から電話が鳴っている。もしや助けを求めているのではないのか。


 例えば、暴力団に囲まれて、服を脱がされ、淡い下着姿でいろんな身体の部分を縛られながら、それでも何とか隙を狙って電話を掛けているのかもしれない。

 いや、幸恵じゃないかもしれない。例えば車で拉致られて、そこでスマートフォンを落とした。そこで誰かがそれを発見し、警察に届けを出した後に、警察が一番関係が深い人物をアドレス帳から割り出し、ご主人が出てくれないかと期待をしているのかもしれない。


 真は頭の中をグルグルと回転させて、良かれと思っていないことを考えているうちに、電話は五コール目に突入した。真は恐る恐る手に取った。

 ……自分が出るしかない。

 満田は相変わらず、酔いつぶれていびきを豪快にかいている。口元からよだれが流れるくらい、気持ちよく眠っている。今日のところは素面には戻れない。


 真は七コール目で、電話を受け取った。だが、しかし、警戒をして相手からの言葉を待った。

だが、電話の相手は真が思っているトーンとは裏切るかのように、甲高い声で舌をまくしたてた。「もしもし? あんた、あの件どうなってんの? 神田社長から何回か電話してるけど、全然つながらないっていってたから、あたしが電話してたんだけどね……。ちょっと、もしもし? 聞こえてる?」


 真は一回耳に当てていたスマートフォンを離した。どういうことだ? と顔をしかめていたが、また耳に当てて話した。

「……すみません、僕は満田さんではなくて、今日満田さんと一緒にお供させてもらってる飯野と申します。満田幸恵さんでしょうか?」

「え?」と、相手は急にフリーズしたように固まった。「あ、ごめんなさい。失礼しました」

 と、それだけをいい残して、ブチッと切れて、ツーツーと断続音が真の耳に聞こえた。


 真は冷静に、スマートフォンを満田の横――元の位置に音を立てず置いた。満田は寝言で「申し訳ほはひまひぇん、社長」と、頭を下げて言ったつもりだが、カウンターにへばりついていた右頬のせいで、微塵でしか動かせず、何とも滑稽な振舞いだった。


 真は再度椅子に座り、先程の会話を分析してみた。電話の相手はアドレス帳に幸恵と書かれてあった上に、満田のことを“あんた”という仲なので、幸恵で間違いないだろう。

 意味不明なのは幸恵が失踪したということと、電話での幸恵は至って元気だ。いや、もしかしたら鼻をほじって電話をしているくらい、非常にリラックスした状態なのではないだろうか。そして、神田社長が満田に何回か電話しているということに対して、真は更に理解しがたかったが、幸恵の失踪事件がウソだと想定したら、全てが通じる。


 しかし、なぜにこのウソをついてまで、笹井探偵事務所まで満田は駆けつけてきたのだろう。普段、仕事に対してやる気もない、自分が仕事の話をしても、どこか上の空な満田が……。

 神田社長にこのウソの事件をやらされたのだろうか?

 しかし、どうして?


 真はまた立ち上がり、満田のスマートフォンをいじってみようとした。もしかしたら、神田から着信履歴が残っているかもしれない。残っていたら、幸恵が言っていたことは本当である。

 真はスマートフォンをスライドさせてみたが、そこには画面のロックが掛かっていて、暗証番号の画面になった。また真は諦めて満田の横にスマホを置いた。

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