真、旅の記録 二つの理由

つよし

第1話 二人の計画

 満員電車を降りて大勢の人が行きかう中心の街並みの中に、少し外れにある店は、立ち飲みの居酒屋や、コンビニなどがある。そこに雑居ビルの地下室にあるバーがあり、名倉敦は昔お世話になった上司から「話がしたい」ということで訪れていた。


「まさか名倉君が軽視という座まで昇格していたことは、私は驚いたよ」

「いえ、まだまだ、実力不足ですが……」

 そう、名倉敦は頭をかいて謙遜した。


 名倉はこのバーに訪れたのは初めてだった。薄暗いレトロのフィラメント電球が雰囲気を落ち着いた場所にしてくれる。マスターも七十近いであろう、白髪交じりで長身の寡黙な人だ。

 客はそれほど多くはない。外には若者たちを中心に騒いでいるが、このバーは敢えて告知をしていないのだろう。隠れ家的な場所であった。


 カウンターの隅に四十代で最近頭が薄くなってきた、痩せ型でいつも仕事に追われていて疲れた表情の名倉と、恰幅の良い、オールバックの髪型も生やした髭も白髪交じりの、男性が話をしていた。


「いや、そんなことないよ。君は何十年前から知ってるが、とても勉強熱心だ。それを上司たちが見ていたら、おのずと結果も現れるさ」

 名倉に話をしているのは神田という人物だ。天橋出版社というオカルトを題材にした雑誌の社長なのだが、思いのほかオカルト記事を完成させるだけの人員が不足している。その為、今は出版社がもう一雑誌出しているマスコミ雑誌の中にそのオカルト記事を載せている。


「ありがとうございます」

 名倉は頭を下げると、神田はシャンパンを彼のグラスに注ごうとした。名倉は震える手を隠そうと、両手でグラスを持ち上げた。

「すみません。でも、最近部下の菅が、手柄が良くて、この前も女子高生の事件も彼が解決しまして……」


「ああ、噂は聞いてるよ。彼はいくつも手柄を取っているという話は……。でも、それは私立探偵が解決しているという噂も知ってるけどね」

 神田は自分のグラスにシャンパンを注いだ。


その光景を見た名倉は慌てて言った。「すみません、僕が神田さんのグラスにシャンパンを……」

「いい、今日は君と会えたことが光栄なのだから……」


「ありがとうございます。私も、その私立探偵の女性が解決をしたという話を菅から聞いてます。何か唐突なひらめきがあるようで……」

「ほう、唐突なひらめきがあるのかい?」

 神田は口髭をさすりながら、白い歯を見せて笑った。


「ええ、あくまで菅の見解なんですけどね」

「菅さんはベテランの刑事なんだろう。なら、判断は間違いないだろう。実は君に隠してたわけじゃないんだが、私の出版社にその私立探偵の女性と一緒に事件を解決してる、男性ジャーナリストがいてね」


「え? 女性一人で解決したわけじゃないんですか? それに、神田さんのとこの社員さんも事件に携わってるなんて……」

「本人によれば、ある事件がきっかけで、親しくなったようでね。しかし、最近の事件とはいえども、いとも簡単に解決してしまうなんて……。これだったら、私たちが昔未解決事件で終わってしまったのも解決出るんじゃないのかい?」


「そうですよね。神田さんが警視の時の事件も解決できたらいいですけどね」

神田は一つ咳払いをした。「まあ、二人が解決したのが偶然なのかもしれないがね。そこで何だが、今日君を呼んだのは一つ協力して欲しいことがあるんだ」


「はい、何でしょうか?」名倉は緊張して思わず声がうわずいていた。

「私立探偵の女性と、そして、一緒に事件を嗅ぎまわってる、私の部下、飯野真の二人が本当の腕前なのか試してみたいんだ」

「と、いいますと」名倉は生唾を飲み込んだ。

「まあ、ウソの事件で彼女たちの動向が見てみたい」

 そう言う神田は、ほくそ笑むように口髭をさすり、真剣な眼差しでカウンターの奥の酒が並んだボトルを見ていた。

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