この事件は、まぎれもなく「殺人」である。
本当に朝早くに村へとやって来たアインハルトは、そのまま屋敷へと向かってしまった。光り輝くオーラを纏いながら、一角馬に乗って。
「……なんというか、すごい人だったな。オーラが」
渡した紙の通りに、ちゃんと調べてくれればいいんだけど。……まあ、ダメならダメで、自分が指摘すればいいだけの話か。
ともかく、彼女が来たことで、この事件は終わりを迎えることになるだろう。
……なので、こちらもそろそろ準備をしなければ。
「とりあえず、リリーを起こすか……」
俺はバケツを井戸の底へと落とすと、メリナの家へと戻っていった。
*****
憲兵が来たことを伝え、メリナと一緒に屋敷へとやってきた俺達だったが。
「……あれ?」
屋敷の正門に、人だかりができている。それは、村人服の使用人だったり、見覚えのある門番のおじさんだったり。屋敷で働いている人たちは、皆正門の前で立ち往生していた。
「おはようございます。何かあったんですか?」
「あ、メリナ。それがね、憲兵の人が、「これから屋敷の中を検証するから立ち入り禁止」って……」
「マジかよ。結構広い屋敷だぞ? ここ」
恐らくこの事件に来たのはアインハルト1人。他の憲兵が来た形跡もない。なので、あの屋敷を1人で調べるというのか。
「……相当待たされるかもしれないな、俺達」
「そう言えば、全員立ち入り禁止って言うけど。旦那様や奥様は? それに、セバスチャンさんも」
「住み込みの人は、「部屋から一歩も出ないように」って、駐在さんが駆り出されてるらしいよ」
使用人たちのひそひそ話が、俺の耳にも入ってくる。屋敷の中にいる人には、多少の融通が効くみたいだ。
今の季節は春。冬を越して多少暖かくなってきたとはいえ、まだまだ太陽が空気を暖めてくれるのには時間がかかる季節。それが朝となると、結構肌寒い。
「パパ、寒いぃ」
「ああもう、しょうがないな。ほら……」
自分を湯たんぽ代わりに抱きしめているリリーの手を握ると、俺は呪文を唱える。超初級の炎魔法をさらに威力を弱めて、じんわりと手に熱を帯びさせていく魔法だ。寒いところに行くときなど、結構使える【生活魔法】の一環である。
「にへへへ、あったかぁい」
リリーはにこりと笑いながら、俺の手をぎゅっと握ってくる。悪魔だからか、力は強い。この時いつも手の骨が握り潰されないか、ちょっと心配だ。
「いいなあ、魔法ってやっぱり使えた方が便利なのかなあ?」
「そりゃ、使えないよりは使えた方がいいよ。人間、できることが増えれば、選択肢も増えるしね」
羨ましそうにこちらを見下ろすメリナに、俺はちょっと得意げに答える。
そんなことしている間に、正門が軋む音がした。
「――――――お待たせしました。現場検証が終わりましたよ」
正門前に待ち構えていたアインハルトは、にこやかな笑顔でそう言う。――――――が、門の前にいた俺たちは、凍り付いてしまった。
何せ、この門は屈強な大の男が片方ずつ力いっぱい開けることで、ようやく開くものなのだ。
それをこの女、それぞれの門を片手で開け放ちやがった。笑顔にはまったく、力んでいる様子は見られない。
この女憲兵、見た目によらず腕力がとんでもないらしい。
*****
現場検証を終えたアインハルトにより、俺達も含め、屋敷の関係者は全員が中庭の新館前へと集められていた。ギルバーツ侯爵や妻のダリア夫人、使用人のフジノ、学者の皆さんなど……。正門前にはいなかったメンツもいる。
アインハルトは全員の前に立つと、コホンと咳払いする。
「えー、まずは、私が来るまでの間、現場を保存してくださってありがとうございます。おかげで現場検証はスムーズに終わりましたよ」
そう言うと同時、彼女は俺の方を見て、ウインクしてきた。……どうやらお目当てのものも、無事に見つけられたらしい。
「――――――そして、現場検証の結果。この事件の概要が見えて参りました」
アインハルトはそう言い、目を据わらせる。
その瞬間、場の空気が変わった。穏やかな朝の雰囲気から、凍り付くように一気に張り詰める。
この言い方で、察しの良い者はすぐに理解できただろう。彼女の言わんとしていることを。
彼女はこの事件を「事故」と一言も言っていない。つまり、「殺人」だと判断しているということ。それを察した学者たちは、ゴクリと息を呑んでいる。
つまり、自分たちの説が思いっきり否定されてしまったということだ。この時点で、彼らはこの事件に一切口出しできない。憲兵が現場を見た後だから、言い訳もできない状況。
―――――――こうなってしまったら、もう口を出せるのは一人しかいない。
「……この件については、私より詳しい者がおりますので、彼に解説をお願いするとしましょうか? さぁ、出番だよ?」
アインハルトに促されて、詳しい者――――――つまり、俺は、人混みをかき分けて彼女の前に躍り出た。
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