美しき憲兵アインハルト
猛烈な勢いで計算をした俺は、たった10分で疲労困憊に陥っていた。なので、早々に屋敷から引き上げることになり、そのためにメリナも早めに上がることになった。
「ごめんね、パパのせいで……」
「いいのよ。私の仕事なんて、他の人がいればいくらでもカバーできるしね。でも、アルムくんの場合はそうもいかないじゃない」
「本当に、面目ない……」
リリーにおんぶされながら、俺は屋敷の外にてメリナと話していた。自分で歩く体力も残っていないのだ。元々、そんなに体力はない方なんだけど。
「――――――でも、これで全部はっきりしたよ。明日には決着がつく」
「それ、本当なの?」
「ああ。間違いないよ。犯人の殺害方法は、もう完璧にわかってる」
「……でもパパ、確かマーカスがどこで殺されたかって、まだわかって無くない?」
首を傾げるリリーに、俺はニヤリと笑った。
「……心配ないよ。明日には決着が着くって言ったろ?」
「それじゃあ、場所も……!!」
「ああ、もう目星はついてる。だから――――――」
メリナに対しても、俺はウィンクする。本当はサムズアップしたかったのだが、手が動かないのだ。
「――――――目いっぱい頑張ってもらうさ。憲兵さんにね」
*****
――――――翌日。俺は馬の蹄の音で、目を覚ました。隣をちらりと見やれば、リリーはまだぐっすり爆睡中。メリナたちも、まだ眠っている、ちょうど夜明けくらいの時間帯だ。
「……よし、動く」
計算で疲れ切った俺は、メリナの家に着くなり、そのまま眠ってしまった。夕飯もそのせいで食べそびれ、完全に腹ペコの状態だ。
(……村の井戸で、水でも汲んでくるか……)
せめてすきっ腹を満たすのと、乾いた喉を潤したい一心で、俺は家の外へと出る。朝早すぎる時間のせいか、村人たちも一人も出歩いていない。
力が入らない状態でよろめきつつ、何とか井戸の水を汲む。喉に流し込むと、どんなに美味なジュースよりも体に巡ってきた。冷たい水は吸収しやすいらしい、とどこかで聞いたことがあるが、本当みたいだな。
「――――――驚いたな。こんな早朝に、子供がいるとは」
「ん?」
声がしたので振り向くと――――――そこには、白銀の毛並みの馬が立っていた。
しかも、ただの馬ではない。馬の毛並みはもちろんつやつやなのだが、何よりも目を見張るのは、額から伸びている、これまた白く輝く角。
(……
朝焼けの幻想的な色彩も相まって、とても神秘的に見えるその馬は、野生ではかなり希少。人に懐くこともほぼなく、高潔な精神と溢れる光の魔力を持つ……らしい。
「君は……村の子供ではないな。どこか普通の子供とは異なる雰囲気を感じる」
一角馬から聞こえる声は、良く聞けば馬の後ろから聞こえてくる声だった。そしてすぐに、馬の後ろから声の主が現れる。
「……さすがは「賢者の里」の末裔かな? アルム・サロクくん」
「……アンタは……!!」
バイオレット色の長い髪をたなびかせる、美しい女性。年齢は、メリナと同年代くらいだろうか。
一見は薄い鎧に身を包んでいるように見えるが、鎧はいずれも希少な、魔法によって精錬される合金。並大抵の攻撃は通じないだろう。
そして、腰に佩いている剣も、派手な装飾こそないが高純度の魔力を帯びている。
(……超典型的な、魔法剣の使い手。しかも、装備も一級品ばっかり)
「私は憲兵団のアインハルト。今回の事件について調査に来た責任者だ。君の噂はかねがね聞いているよ」
アインハルトと名乗る女騎士は俺の元へ歩み寄ると、握手を求めてくる。俺も、井戸で水を飲み、濡れた手を服で拭うと、その握手に応じた。
「……アルム・サロクです」
「確か君も、例の屋敷に招かれた一人だったね? どうしてここに?」
「いろいろ事情があって、メイドさんの家に寝泊まりしてたんです」
「ほう、メイドさんの家に。……宿屋じゃダメだったのかい?」
「ちょっと色々、そのメイドさんに聞きたいことがあったもんですから」
「……なるほど、噂通りのようだ。好奇心旺盛なんだね」
彼女は俺の答えににこりと笑うと、一角馬の手綱を引いて、井戸水を飲ませる。
「……それにしても、早起きはするもんですね。こうして、憲兵団の責任者さんに会えるとは」
「何?」
「……実は今回の事件、事故じゃないと、俺は睨んでます」
「……では、殺人だと?」
「はい」
「それは……駐在からの報告と食い違うな。その証拠はあるのかい?」
「ありません。今は」
俺はそう言うと、懐から一枚の紙きれを取り出した。昨日図書室で計算式を書いていた時に、ついでに書いていたものだ。
「――――――これは?」
「この紙に書いている場所を調べてください。そうすれば、この事件の核心に触れることができるはずです」
紙には当然、その根拠も書いてある。
紙切れを俺から受け取り、ちらりと見やると、アインハルトはくっくっと笑った。
「……本当に驚かされるな。君、本当に10歳かい? 大人が子供になったとかじゃないよな?」
「そればっかりは、本当の本当なんです」
彼女の問いかけには、俺も苦笑いするしかなかった。
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