第7話 競馬場へ
プールで2000メートル泳いだ俺は、彼女と別れて部屋に戻る。
もう一度シャワーを浴びて、スーツに着替えた。
競馬場は、英国や欧州では紳士のスポーツだ。マカオももともとポルトガルの植民地であったので、その流れを汲んでいる。タキシードでないにしても、一応ちゃんとした恰好は必要だ。
1時間後、彼女が部屋のドアをノックしてきた。赤いスーツを着ている。口紅も真っ赤。もちろん赤いハイヒールを履いている。
マドモアゼル・ルージュの面目躍如と言ったところだろう。
彼女について行った先は、地下の駐車場だった。
真っ赤なカイエンだ。サングラスをかけて、彼女がハンドルを握る。2シーターの車とは言っても、カイエンの助手席はそれなりに足に余裕がある。
心地よい排気音を響かせ、強い加速を感じながら、カイエンは走る。
マカオ南部の島、コタイ自体がそれほど広いわけではないので、すぐに競馬場の車寄せに到着する。
ヴァレーパーキングで、彼女がスタッフに鍵を渡す。
彼女は当然顔パスなようで、係員がすぐさまVIPルームに案内してくれた。
ちょうど4レースが始まったところだ。俺は彼女に聞く。
「君の馬は何レースに出るの?」
「第6レースよ。」彼女は答える。
俺は第6レースの出走馬のリストを見る。3番の馬が、ヴェルズドリームという名前だった。
「アレが君の馬だね。君の夢は何だい?」
俺が聞くと、彼女は微笑んで答える。
「素敵な人と素敵な時間を過ごすことかしら。
「じゃぁ、既にかなってるな、よかったな。」
俺は答える。
「そうかもね。何か飲む?」
「ビールでももらおうか。」俺は言う。
彼女はオレンジジュースだ。
「運転するからジュースなのかい?」と聞くと、
「それもあるんだけど、ゲンかつぎよ。」
なるほどな。
馬の情報を見る。
ヴェルズドリームの母の父の名前が、見覚えのあえうものだった。
「君の馬、先祖に日本産がいるね。」俺は言う。
「そうみたいね。母の父ね。」ヴェルも答える。
「日本に来たことは?」
「残念ながらないわ。日本にはカジノないもの。」
それはそうかもな。
「カジノのないところに行ったのは、マレーシアとオーストラリアくらいね。あ、中国関係は除いてね。」
「留学かい?」
「そうね。ジョホールにあるオーストラリアの大学に2年行って、1年はオーストラリアね。あと北京で清華のMBAに一年半いたけど。」
「ほう。優秀だね。」
「華僑や北京のエリートとのコネ作りね。若いから可愛がられたわ。」
香港人は、昔からオーストラリア留学が多い。英語圏、そしてブリティッシュコモンウェルスの国で学ぶ意味があったからだ。同じ意味でカナダの大学に行く例も多かった。返還後は、中国のメインランドで学ぶ子女も多くなった。
ヴェルはマカオ人だが、同じような経歴だ。最近、シンガポールに近いマレーシアのジョホールに、オーストラリアの大学が出来ている。マレーシア、シンガポールや香港などの優秀な学生を囲いこむためだ。
ヴェルは大学を3年、大学院を1年半で出ている。しかも高校も飛び級なので、21で大学院まで出て、ビジネスですぐに頭角を現したことになる。
「優秀なんだね。ビジネスは院を出てからかな?」俺は言う。
「ありがとう。高校のときから小さいホテルを実質的に回してたわ。」
なるほど。家業だし、別に大学を出て就職するわけでもないからな。
「日本の北海道で、年に一度、競走馬のオークションがあるよ。」俺は教える。
「聞いたことはあるけど、行ったことはないわ。いつか連れていってね。」ヴェルがウィンクする。
「ああ、いつか機会があればね。」
俺は答え、話題を変える。
「ちなみに、君のバースデイはいつだい?」
「3月10日よ。ついこの前ね。」
もちろん、何歳かなんて聞かない。
「じゃぁ、遅れたバースデープレゼントだな。」
俺はそう言うと、会場にいる係員に、ゴールドブラックのチップを渡し、第6レース、イグザクタ 3-10と告げる。
「そんなに賭けると、オッズが変わるわよ。」彼女が言う
オッズとは勝った場合の倍率のことだ。2億円も賭ければ、当然倍率も変わるだろう。
「いいのさ。バースデープレゼントだからな。」
ちなみに、こんな高額のホテルのチップが、外部でいつも使えるとは限らない。
ただ、彼女が一緒なので、チップが本物である事は保証されているのだ。本物であり、しかも怪しい入手先でないということ、すなわちLegitimacyがあるということなのだ。
イグザクタとは、連勝単式、日本でいう馬単だ。一位、二位の両方を順番を含めて当てるものだ。
本来は紙に書いて渡すものだが、ここはVIPルーム。顧客の希望にできるだけ寄り添ってくれる。タブレット入力を代わりにされることもあるが、今回は口頭のみだ。
「オフトラックじゃ、こんなに簡単にはこの金額は無理よ。ここで買うのは正解ね。」
ヴェルが言う。
オフトラックベッティング、あるいはOTBというのは場外馬券売り場のことだ。
ヴェルは自分の馬、つまり3番のウィン、つまり単勝にに100万パタカ(約2000万円)賭けた。
ちなみに4レースは途中で馬同士が接触して3人も落馬し、怒号が飛び交っている。
「レース無効になる?」俺は聞いてみた。
「いえ、主催としてはお金返すつもりはないから、残ったジョッキーで責任ない人たちの順番にするわね。」
どうやらすごい倍率になったようだ。
「まあ、ああいうのは運だから仕方ないな。」俺が言うと、
「でも、オーナーには死活問題よ。馬が倒れたら、高確率で骨折するもの。年齢によってはそれで終わり。肉にするしかないわ。走れなくてもそれまでの成績が良ければ、種牡馬になれるけど。」
「倒れたら食卓に並ぶか。広州料理かい?」
「まあ、広州人は、四つ足なら机以外は何でも食べるっていうものね。鍋とか刺身が多いかしら。私は自分の馬を食べたことはないけど。」
「それはそれは。じゃあ、種馬生活を楽しんでいる馬はいるのかな?」
「まあそうね。種をばらまくのが幸せかはわからないけど。少なくとも、ばらまかれて子孫同士で争っている例もあるしね。」
ヴェルは肩をすくめた。チャオ一族の骨肉の争いは、それはそれで大変だろう。
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お読みいただいて、ありがとうございます。
北海道のノーザンホースパークでは、年に一回オークションgああります。
これは、仔馬のオークションではありません。種付けです。
種牡馬(しゅぼば、オスの種馬)で一回いくら、ということです。飼い主は牝馬(ひんば、メス馬)を用意します。また、牝馬を借りることもあります。
血統によって、一発数十万円から、1000万円近くまでいろいろです。まあ、人間でも、親がスポーツ選手だと子供の運動神経もいいケースが多いと思いますし、種で値段に差がつくのは仕方ないですよね。
ちなみ、通常は妊娠しなかったら無料でもう一回、というケースが多いようです。
牝馬がその気になって、ちゃんと種付けできるように、事前に別の牡馬が牝馬にちょっかいをかけ、発情させます。それで受け入れ態勢ができたら、実際の種付け馬が種付けをします。ちゃんと発情していないと、文字通り馬に蹴られて死んでしまうこともあります。
おあずけを食らう最初の牡馬のことを「あて馬」って言うんですよね。これが本来の意味なんです。
当て馬は毎回おあずけを食らうのですが、それだけでは可哀そうなので、年に一回くらい、本物、ではなくて模型のようなものに種付けする機会が与えられます。
「気に入った」
「面白い」
「続きが気になる」
「マカオ行きたい」
「カジノ当てたい」
「金がない」
「反応ないと作者がかわいそうだから」
「愛田さん種付けして」(人間の女性のみ)
など少しでも感じられたかたは、★、コメント、フロー、レ
「XXXXさんの種付け料はいくらかしら?」
「3万円くらいの支払いじゃないの?」(意味不明)
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