呼び声を彼方へ(仮題)
鍵の精霊ヨシ
1.普通に一話から読んで行ってな
からからころころからんころん、石が転がる音がする。
極彩色の坑道に、ぎらぎらとした岩盤をしこたま砕く数十人がいた。それぞれが鶴嘴やらドリルやら拳やら魔術やらを用いて、熱心に坑道を拡張している。
軋むレールは彼らの労働意欲の証明のようなものだ。無骨なトロッコに加工品がウン十万円で取引される石ころを満載し、数人がかりの魔力をもってしてそれを坑道入口まで導いている。
これだけ聞けばまるでゴールドラッシュ、一攫千金のドリームランドだろう。
言うまでもなく実態はしょぼい。この石、
そんなものをどうして掘りにくる人がいるのかって? 詳しいことは私も知らないが、どうやら簡単な魔術回路くらいなら職人でなくとも刻めるらしいとか何とか聞いたことがある。店売りを買っても大した値段ではないだろうに、どうせそう言ったケチな理由で掘っているのだろう。貧乏な連中だ。
共感はない。私は今までに金に困ったことがない。ではなぜそんな私がここにいるのかというと、貧乏人どもの監督が今日の仕事だからである。残念な事だ……悪魔の口車に乗せられてしまったのもそうだが、まさか金に困らない代償が首輪付きとは。
「まぁどうしようもないっすね。」
独り言は砕石音にかき消され、会話をするような相手もいない。とりあえず、目の前の仕事を全うしよう。貧乏人どもをせせら笑いながら眺める仕事を。
→
美男美女の二人組が、近頃話題のお洒落なカフェのバルコニーに居た。二人はひそやかに話をして、フワフワのパンケーキを楽しんでいた。
ゆるくウェーブのかかった長い金髪が揺れる。女はスマートフォンを男に見せて尋ねた。
「本題なのですが……チカ、これをどう思いますか?」
男は自信満々にその画面を見た。空を写した動画のようだった。
しかし、その動画を見るにつれ、彼は段々と自信を喪失していった。そして、見終えると同時に女に尋ねた。
「……青…いや、紫か? 隕石、いや……何だ? それ、どうせお前が撮った訳じゃないんだろ?」
少し困ったような表情だった。それを見た店員は、新たな恋の予感に胸を躍らせた。
浅黒く焼けた肌に、黒髪赤瞳。軽い口調。軽薄な印象だが、それもまた彼の魅力でもあった。
「ええ、これは
「夜狗が? 一体何を……。」
「夜狗は、ソウルが放つ光に似ていると言っていました。」
「あー、なんだ、あいつソウルが宇宙からテラに降ってきたって言いたいのか?」
「詳しくは分かりませんけれど、そうなんじゃないですか? 私には教えてくれませんでした。それから……あの……」
女はそこで言い淀んだ。目が泳いで、それからにやりとした。近くの席の少年は初恋を覚えた。
「どうした? 言いづらいことか?」
「いいえ。大丈夫ですよ。……夜狗は、誰かが転生してきたのでは無いかとも言っていました。」
「転生ー? 今までの転生者でこんなに光ってたやついたか?」
「知りませんね〜」
「そう、か。……で、それを夜狗はどうしたいってんだ? 捕まえて研究材料にでもするのか?」
「ふふふ。そんな事はしないでしょう。ここは月華ですよ? 平和で安全な国です。それから……ふふふふ……」
「…あぁ。あいつあのナリで彼女が出来たんだっけ? そりゃそんな真似できないわな。」
二人が周辺に恋の種をばら蒔いていた、そんな時。スマートフォンに通知が入った。
ピロン♪
「おや。夜狗からです。」
「噂をすれば、だな。何だって?」
「来てほしいそうです。この後は暇ですか?」
「ああ。」
「では、行きましょうか。パンケーキを食べてから。」
パンケーキを食べ終えた二人は立ち去った。落胆の溜息を店内に残して。
←
………キィィーーー………ーーーィンーーー………ィン………
ゆらりゆらり、ずるずると。血が蠕動する。人工の光は失せ消え、遠くに炎がチラついた。泡ができる。私がいる。
いいや、そんなこと。どうだって良い。そうだろう? 今だって、ほら、きらきら、ちゃらちゃら。星々が煌めいて、泡が綺麗にできていく。
ねぇ、ね? 喜ばしい。ああ! 喜ばしい!
ああ……
もう、戻れないのだろうか。
自明だ、不可逆だ! そうだよ、そうともよ。分かっている、分かっていた。しかし、何故だろう。とても疲れた。眠たくて、今にも眠ってしまいそうだ。看取ることはできなかった……あぁァァ……せめて……最期に…………すでに、遅い。そうだね、ありがとう。
ごめんね。
……………………………………………
痛い。第一の思考はそれだった。どこというわけでもなく、ただ痛いのだ。
それ以外には何も考えることができなかった。それがしばらく続いた。
いや、あるいは一瞬だったのかもしれない。時間を感じることなどできようはずもなかった。
思考に余裕ができてきて、そうしたら今度は落としたものを想った。すぐに痛みなどどうでも良くなった。
今度こそ、長くそうしていたように思う。そして、ある時にふと自分を認識していないことに気付いた。
そのことに気付いた途端に急速に恐怖が心を支配した。先ほどまでは心地良かったはずの何も見ていない暗闇は、冷たく得体の知れない何かが潜んでいるように思えてならなかった。
忘れていた痛みもまた少しずつ心を蝕み始めた。孤独で、そして気が狂いそうだった。
苦しくて、つらくて、私はそれまで無意識に避けていた行動をした。
私は目を開いた。
目に入ったのは路地裏だった。あぁ、ここはどこだ? 私は水たまりのようなものの上で壁に寄りかかり座りこんでいた。辺りを見渡せば、私の周りは何かの残骸で覆われている。
私は痛みに呻きながら残骸から這い出た。
ずるり…
「ぅ、ぁあ…。」
閃光が目に刺さる。降り注ぐ光に暗闇に慣れていた目が眩んだが、目はすぐに明所に適応した。
「……あ、あー、あー、…声は、出る。」
上からのうららかな光に照らされ、先ほどは暗くて見えなかった私の肢体がはっきりと見えるようになった。
褐色と言えば良いだろうか。色の濃い肌の、発達段階の女性の肉体のようだ。
……私は、何…? それに、いや、それよりも、ここはどこだ? 分からないことだらけだ。
「……て、あし、動く。め、見える。」
考えるよりも……今はそれよりもやることがある。考えるのは後でいい。
どうやら基本的な機能に問題はなさそうだ。しかし、違和感もある。背中と、腰から臀部にかけてに。
何だろうか? 現状では分からないので放置するしかない。
「――?!」
柔軟性は十分だ。まさか手の甲がべったりと手首につくなんて、人類の限界を超えているのではないだろうか?
まあ、別に気にするようなことじゃないだろう。柔軟性が高くて損をする事があるとも思えない。そんなことを気にするよりも、周辺の安全確認をした方が有意義だ。
地面を見た。どうやらレンガかそれに近いもので構成されているようだ。かなりひび割れている所が多くて、コケと雑草がそこら中に生えている。
ひび割れたレンガの上を素足で動き回るのは少々気が引けるが、劣化し汚染されたアスファルトよりはいくらかマシだろう。きっと。
壁面も同じような材質でできていて、窓は見当たらないが、パイプと思しきものがいくつか取り付けられている。
私は路地裏の外を覗いた。同じような光景がどこまでも続いている。
「入り組んでそうっすかね…」
迷路のように広がっているかもしれない。探索するのは、今はやめておこう。
路地裏に戻り、辺りをもう一度見渡す。
真っ先に目に飛び込んできたのは私を覆っていた残骸だった。そうだ、そうだった。まずは残骸から調べてみるべきだろうに。
残骸は……遠くから見ると生物のようなシルエットに見える。近づいて見てみれば、煤けた銀色の鱗に覆われた何かの死骸のようだった。
背部からは特徴的な……多分、脚だ。それが生えていて、そこから滑らかな膜のようなものが垂れ下がっている。前肢が肘のあたりでもげていて、後肢は根本から千切れかかっているが、鋭い爪と妙な形の関節が見て取れる。尾は長く、先端が独特の形状をしている。
私が収まっていたのは、どうやら脇腹あたりに空いた大穴だったらしい。そこからどろりとした緋色のぶよぶよと粘り気のある黒い液体が漏れ出ている。
……なぜ、私はこんなおかしな所に収まっていたのだろうか。
頭がふわふわしている。思い出すことはできるのか?
「ちょっと寒いっすね……」
ほぼ直上に見えていた太陽らしきものがそろそろ沈み始めたようだ。少し寒くなってきた。何か寒さを凌ぐ方法はあるか? 残骸の中にいれば少しは体温を失わずに済むだろう。
ぐちゃり
残骸の中は比較的に暖かかった。少々の不快感は致し方ない。座り込み、記憶を辿る。
私は……確か、機械を操作していたような……なんの機械だっただろう。その後……大きな……音が聴こえて………光………明るくて…………それだけ。
そこから、なにも、全く思い出せない。気が付いたら、ここにいた。ああ、いや、耳鳴りがしていた気がする。でも、それだけだ。
これでは何も分からない。記憶が酷く曖昧だ。手がかりを得られた感じもしない。もっと、もっと前の記憶を……
所属は……極東支部。担当、世話…係……何を? いや、開発班…だった気もする。どうだったか……。
生年月日、西暦2███年8月28日。名前……
「…ちがう。わたしじゃ、ない。」
視界が真っ白になる。
一面の花畑と、針山のように乱立する黒々とした“Smile-25.0”。血溜まりに沈む、胴部から千切れた少女。大量の遺骸と蠢く大気。銃の的にされたテディベア。青い血と、粛清。
視界が元に戻った。ふつふつと湧き出た光景も、すぐに姿を消した。
何があるわけでもなかった。ここがどこかも、この身体が、いや、私が誰かも、分からなかった。
外は暗くなってしまったようだ。今日の探索は諦めるしかないだろう。
私は体温を逃さぬように膝を抱えて丸くなった。
「さむ……」
ひどく空気が冷え込んできている。寒い。
がたがたがたがた……
身体が冷えてきている。このままだと凍死しかねない。
本当にまずい。
さむい。
つめたい。
ねむい。
暗転
§D1.1
私は歩いていた。上から病的な明かりに照らされた黒い空間を、ゆっくりと歩いていた。
しばらく歩くと、前方に人影が見えた。白衣を着た男性と、少女のようだ。何か言い争っていたようだが、少しすると少女は男性に連れて行かれた。
前進する。
カゲがどんどん寄ってくる。背中が重たく、冷たくなっていく。
2mほどのガラスの容器のようなものの中で悶える少女を横目に、ただ前に向かって進む。
足にカゲが纏わりついてくる。それを無視して前進する。
少し遠くに、光を放つオレンジ色の物体と、金属製のベンチが見える。
重たい足を引きずるようにして前に進む。
視界に黒いもやがかかってきた。“███”はまだ見える。
体が思うように動かない。歩くこともままならず、膝をついて、倒れこんだ。
“███”へ向けて、這いずるようにして前進する。その途中にある金属製のベンチにやっとの思いで辿り着き――
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