第14話 判決は、私の意のままに

「――私のために手を尽くしてくれたから、『有罪ギルティ』だよ!」


 言葉の内容とは相反するように、私は元気よく笑顔で古谷にそう告げた。この有罪という判決に、実際の意味はなかったから。


「はぁ、よかった。これで俺は晴れて......えっ?」


 一瞬私の表情に騙されたのか、古谷は途中で伸びを止めた。


「しかも刑罰付き!」


「......は?え、刑罰も?」


「そう!」


 終始訳の分からない様子で、古谷は私を何度も見返していた。それもそのはず。古谷は本当に悪いことはしてないのに、有罪判決を言い渡されたのだから。でもこれは、私が古谷にお願いごとをするための口実みたいなもの。


「おー、おめでとう古谷。これで前科持ちの称号を手に入れられたね。それに刑罰まで与えられちゃった」


 浪川は気の抜けた表情でぺちぺちと古谷に拍手を送っていた。


「俺からも、おめでとう。これでお前は立派な罪人だ」


 桐島にそう言われてもなお、古谷は頭で状況が処理しきれていないようにボーっとしていた。


「......あれ、おかしいな?有罪にならない流れだったような......」


「最初はね。最初の頃は私の中で無罪だったけれど、古谷にお願い事をしたいから有罪にしてみた。だから古谷のことを罪人だなんて思ってないよ」


「何だそら?」


 桐島は公正に判決を下せないから私にその役目を譲渡してきたけど、結局私も変わらずその権利を濫用することになっていた。後は私のお願い事を古谷が聞いてくれるかどうか。


 そう思って、私は静かに古谷を見た。


「......まぁ、いいよ。――願い事でも何でも聞いてやろうじゃねぇか。言ってみろ」


 腕を組んで、やけに上から目線で古谷はそう言ってきた。


「ふふっ。古谷ならそう言ってくれると思った。それでね、古谷へのお願い事は――」


 私は自分の胸に手を当てて、そして、


「――もう私が古谷の助けを借りなくてもいいように、私を立派な淑女レディに仕立て上げて欲しいんだ!」


 と、頼み込んでいる立場であるにもかかわらず、私はキメ顔でそう言った。


 今日この場で思いついたこと――それは自分の意思をハッキリと提示できて、誰からもチョロそうとは思われない強かで気品のある女性になるために古谷に協力してもらうこと。

 その役目を古谷にお願いしたのは、私の中で古谷には信頼とはまた違った別の安心感があるような気がしたから。特にこれ以上の理由はなかった。


「有佐を立派な淑女レディに?この俺が?」


「そう!有罪になった罪滅ぼしとして、古谷が私をアイドルみたいにプロデュースしてみて。どう、面白そうでしょ?」


 今まで私の厄介な出来事を対処してきた古谷プロデューサーの思い描く女性像がどんなものなのか、とても気になっていた。

 そして、私は多分自分で変わろうとしても変われない、そんな性格だから誰かに頼まないといけないと思っていた。

 一人の女子にこんな面白いことをお願いされたら、今まで私で興を満たしていた古谷が簡単に断るはずがない。


「......ちょっと待て、本当に俺でいいのか?ほら、隣に浪川とかいるじゃん。その、どうしても俺じゃなきゃダメなのか?」


「じゃあ浪川にお願いしちゃおうかな~」


「うっ......!?」


 古谷の反応からわかる通り、やっぱり揺らいでいる。

 そんな古谷の様子を見かねた浪川は、


「――取材対象だと思っていた女子、有佐途乃香のプロデュースを突然することになった男子高校生古谷秀樹。果たして、古谷は無事有佐を立派な淑女レディに仕立て上げることができるのか?『ハイハイ青春怪奇譚』の第一章の冒頭はこれで決まりってことかな?」


 と、あらすじのようなこと言いながら、スマホに何かを入力していた。


「ちょっと待て!じゃあこれからの俺の取材って......」


「あぁ、別にその方針は変えなくていいよ。古谷はあくまでも取材人員。だから好きなように行動して、好きなタイミングでいろんな人を取材してきて。古谷がその人のことを取材してくれれば、自然とストーリーが出来上がってるかもしれない。だから頑張ってね~」


「ハァ?マジかよ......」


 頭を抱えて古谷は私を見た。特に意味はなかったけど、得意げな表情を古谷に見せつけた。


「ちょっと待て。今の俺は有佐のプロデューサーで、浪川の作品のための取材人員で、桐島がリーダーの怪しい組織の調査員ってことだよな?ちょいと青春が充実しすぎじゃないか?」


 古谷が指を曲げて数えた数はたったの三つだったけど、その内容一つ一つが物語の題材になりそうなくらい濃いものだった。

 でも、古谷はそれだけじゃないはず。もっと別に古谷にはいろんな人との交流があるから、少なく見積もってその倍以上は何かがありそう。


「よかったじゃん。お前よく『俺は暇が大嫌いだ』とか言ってるから」


「桐島お前なぁ。まぁ、そうだけどさ」


「安心しろ。俺の方の調査は夏が本番だ。だからそれまでに青春してきやがれこの野郎。まぁそれはそれとして」


 すると桐島は財布からお金を取り出してテーブルの上に置いて立ち上がった。


「釣りはいらねぇ。――それじゃあ、俺はこの後バイトがあるから先にあがるぜ」


 そう言って桐島は椅子に掛けられていた革ジャンを着こんで店の出口の方へと歩いていった。


「あれ、もう行っちゃうんだ」


 私がそう言うと桐島は顔だけをこちらに向けて、


「はは、お前らの話を聞いてたら夢中になって危うく忘れるとこだった。そんで古谷、後で俺たち全員のグループチャットを作ってくれ」


「わかった」


「それじゃあな。またいつか」


 あっさりと、桐島は私たちを一瞥して、手をパッと振ってそのまま外へと出て行った。その後ろ姿を、私と浪川はバイバイーと言って見送った。


 男子が一人減って、今は私と浪川そして古谷の三人。

 そのまま特に話すこともないまま、私たちは会計を済ませて外に出た。


「――さて、私はこれから部室に行くから。後は若い二人でよろしいままに」


 まるで浪川はわざと私と古谷を二人きりにするようにそう言うと、あっという間に自転車を学校へと走らせて行ってしまった。

 今は隣の古谷と二人、その後ろ姿をボーっと眺めていた。


「何なんだ最後の言い方は......」


「まるで私たちが付き合っているカップルみたいな言い方だったね」


 傍から見たら私と古谷は付き合っているように見えるかもしれないけど、悲しいことにそんなことはない。

 私たちがそんな関係に発展しないことを、桐島と浪川はどこかわかっていたような感じがした。

 他人にあまり共感できない私にでもわかる。普通の人の感覚からしてみると、私と古谷の関係は長いこと続けているといつしか本物の関係へと変わっていきそう。でも、そんなことなく一年が過ぎた。まるで互いが、互いを好きにならないことを日々証明しているみたい。


「さて、それじゃあ有佐のお願い事を遂行するための計画を言わないとか」


「おっ、もう思いついてるんだ。へへ、どうすれば私は立派な淑女レディになれるのかな?」


 私がそう言うと、古谷は私の前に立って指を立てた。


「そのことについてなんだが、逆にどうして有佐は自分が立派な淑女レディじゃないって思うかわかるか?」


「えっ?それは......。私の、見た目と性格の違いかな?」


 とても難しい質問のようだった、けど、その答えは何となくわかっている気もしていた。前に古谷が『精神と肉体は必ずしも互いを映し出す鏡ではない』、みたいなことを言っていた。

 自分で思うのもなんだけど、私は言動が自分の見た目とかけ離れていると感じていた。そのことが一番大きな理由だと思う。


「なるほど、わかってるみたいだな。――じゃあそのちぐはぐを直す方法を教えてやろう」


「おぉ!」


 さすが古谷だ。強制的にだったけど、私のプロデューサーを引き受けてくれただけある。


「それで、それで。その方法って?」


「フッ、その方法。それは――」


 古谷は左手を後ろに、そして右手を横一文字にパッと伸ばして、



「少女よ、恋心を抱けッ、この俺のようにッ!」



 と、熱の籠った古谷の一声が、私の頭の中で何度も何度も反芻した。

 一間置いてそしてその意味をようやく理解した瞬間、私の中に驚愕の感情が一気に押し寄せた。言葉も発せないまま。


「......」


 ――恋心を抱く?しかも古谷のように!?


「えっ、あわわわわわわわわわわあああああああ」


 気づけば動揺と共に変な声が出ちゃっていた。でも、依然として古谷はキメ顔決めポーズを崩さないまま私を見たままだった。

 私が思わず悶えてしまうようなことを、古谷は方法として私に伝えていた。

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