遠き「祖国」は独立を勝ち得たろうか
独立国家の作り方
第1話 遥か水平線
赤道に近いためか、自分の影が真っすぐ下に出来る。
それは、太陽が真上にある事を意味する。
僕たち帝国海軍の駆逐艦も、すっかり数が少なくなり、この海域から無事に本国へ帰れる確率は極めて低い事だろう。
南国の太陽は、その光が強すぎて、逆に視界を暗くしているように感じる、いや、もしかしたら、自分たちの境遇故に、見る物全てが暗く見えるのかもしれない。
日本への帰国、、、、、
そんな事は、きっと夢に違いない。
立派に戦い抜き、僕も靖国の一柱と必ずなるのだと、覚悟を新たにする。
乗艦出来る船があるだけ、僕らはマシなんだと思う。
後輩の多くは、既に乗るべき艦が無く、陸戦隊要員となったと聞く。
これから、この駆逐艦は、近傍の艦艇と合流し、一大海戦の戦場へと赴く。
それ故に、誰の表情にも笑顔なんてない。
この時僕は、
大人の水兵や下士官たちは、僕たちを見て、気の毒そうにしている。
もちろん、海軍の伝統や仕来たりがあるから、それを口に出す兵士は誰一人としていないのだが、きっと僕たちの存在が、この艦の雰囲気を余計に暗くしているのだろう。
軍艦色の駆逐艦とはミスマッチな南国の青い海、どうせ来るなら、旅行で来たかった。
少し離れた所には、無人島だろうか、緑が青々としていて、このコントラストは取っておきたいと感じるほど美しい。
同じ特年兵の日焼けした肩に、白いランニングシャツが、妙に眩しい。
、、、、これから、僕たちは全員死ぬんだと思うと、どうしても実感が沸かなかった。
これほど立派な軍艦が、もうすぐ沈んでしまう。
今度の海戦は、この艦だけではなく、他の艦も、その生存を許してはくれないだろうから。
そんな抜錨準備をしていた時「特年兵集まれ」の号令がかかった。
珍しい号令だ、、、特年兵という括りで任務を振る事は、今まで一度も無かったからだ。
「ここにある書類は、海軍の機密事項が記されている、お前たちは、この飛ばされて四散した書類をこれから回収してもらう」
そう言うと、先任は持っていた書類を豪快に風に飛ばした。
意味が解らなかった。
飛ばされた書類を回収に行くのに、何で今、その書類を風に飛ばしたのだろうか。
しかし、僕たちは海軍の一番下っ端、やれと言われたことに疑問を持つよりも早く、命令に応じた。
一斉に海へ飛び込む特年兵、僕は風下に向かって、一所懸命に泳いだ。
その海域から風下方向は、あの無人島があった。
泳いでいく内に、段々と水深が浅くなり、僕たちは書類の回収が容易になっていった。
どれくらいの時間を要しただろうか、僕たちが大凡書類を回収した時、振り返ると駆逐艦は既に泊地には居なかった。
どうやら僕たちを置いて出発してしまい、艦影はもう、かなり小さくなっていた。
僕たちは、大きな声で、必死に叫んだ。
きっと、僕たちが書類の回収をしている事を忘れて、抜錨してしまったに違いない。
そう、思っていた。
水平線には、艦の煙突から出ていた黒煙だけが、いつまでも見えていたが、とうとうそれも見えなくなってしまう。
僕たちは、絶望の最中、どうしようもなく書類を握り締めて無人島へ上陸した。
そして、その無人島の砂浜を少し入ったところに、僕たちは一つの大きな木箱を発見する。
、、、、僕たちは、すべてを悟った。
艦のみんなが、僕たち特別年少兵を助けるために、一芝居打ったのだという事を。
木箱の中には、保存食が入っていて、生存には問題がない量だった。
自分は、15歳だけど、一人前の海軍軍人だと思っていた。
だから、艦のみんなと一緒に死ねなかった事が、心から悔しいと思った。
絶望とは、案外涙を誘発させない。
僕たち6人は、全員絶望の底にあった。
僕だって、僕たちだって戦えるのに。
戦後、この日本にあって、生かされた僕は再び海軍を目指した。
しかし、この国に、もう海軍はない。
だが、その生き残りで作った組織は存在する。
海上保安庁だ。
僕は、出来たばかりの海上保安大学校を志願した。
あの日、僕たちを置いて旅立った駆逐艦は、再び日本に戻ることは無かった。
勇敢な男たち、思いやりがあって、掛け替えの無い「男の中の男」たち。
日本はあの戦争で、そんな貴重な人達を、大勢失った。
「志」の高い人から順番に、死んで行ったように思う。
あの無人島で、僕たちは、横一列になって座ると、去って行った駆逐艦の方向を、いつまでも見ている事しかできなかった。
艦長他、死んで行った皆様へ
あの日の御恩を、僕は海上保安官として、そして日本の海を守って行く事で恩返しが出来るなら、残りの人生はこの海に捧げたいと思います。
鎮魂の、想いを込めて。
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