安城会館にご案内 前編

 真由理の実家である安城会館は俺家から近い。

 明治創業の超老舗の旅館である。もちろん有名人や政治家など御用達でありテレビでも紹介されるような所だ。

 俺の家族と真由理の家族は仲が良いため、よく遊びに行っていた。

 ただ最近はあまり行かないようにしている。

 理由はただ一つ。に否が応でも会うからである。


「たっくん久しぶりじゃない?うち来るの」


「まぁそうだな…」



 乗り気ではない俺をよそに真由理は俺を手をひいて楽しそうにしている。

 先程までの悩んで苦しんでいた彼女とは違い、いつもと変わらない天真爛漫な女性へと戻っていた。

 そしてようやく建物が見えてきた。古風な作りの中にどこか新しさも感じられる母屋。

 入口には大きく「安城会館」と書かれていた桐の木で作られた看板が掲げられていた。

 その古風な外観に似つかわしくない自動ドアが開くと玄関には仲居さんがいた。


「おかえりなさいませ。お嬢様」


「ただいま黒田さん!」


「こ、こんにちは」


 出迎えてくれた若い仲居さんは安城会館で住み込みで働いている黒田さんである。

 年齢は分からないが20代前半くらいと思われる。旅館の制服とも言える和服がよく似合った美人である。


「あらあら、これは若旦那!」


「あの、黒田さん…若旦那やめてください…」



 ほらこれだよ。ここに来るといつもこうなる。俺をからかうように「若旦那」と言ってくる。ここの人たちとは付き合いが長いためよく知っている。この旅館に来る度にこんな感じで弄られるから困るんだよな。


「も、もう!!黒田さん違うって!!」



 真由理。お前は否定しながら満更でもない顔をしてるんだよ。

 勘弁してくれ。まだ来たばっかりでこの後おそらく従業員には何人も会う羽目になるのにキツイって。


「またまた〜。お嬢様が男を連れてくるってことはそういうことでしょう〜?」



 からかうように俺たち見てくる黒田さん。やはり他人の男女関係を見るのは好きなの年頃というのだろう。


「もう、違ってば〜。たっくんに夕飯食べていってもらおうかなって」


「あら〜、そうだったんですか?ラブラブですね〜?」


 ニヤニヤしてそう言ってくる黒田さん。ちょっと鬱陶しく感じてきたぞ。


「からかわないでよー。もう、たっくんいこ?」


「はいはい…」


 靴を慌てて脱いで真由理に奥へと引っ張られていく。手を軽く振ってごゆっくりと黒田さんは言った。そもそも、わざわざ旅館の玄関から入る必要はない筈であるのだが今日は店の玄関から入ることになった。

 なんか嫌な予感がするのだが大丈夫かな?


「あら〜。天哉ちゃん久しぶりねぇ〜」


 今度はベテランの仲居さんの坂本さんと出会ってしまった。


「あ、坂本さん…。こんにちは…」



 坂本さんは小さい頃から知っており、なんだったら俺と真由理の両方をお守りしてもらったこともある。小さい頃からよく知っているため頭が上がらない。


「どうしたの今日は?もしかして結婚の挨拶?」


「ち、違いますよ!」


「さ、坂本さん!冗談やめてよ〜!」


 だからなんで真由理は満更でもない顔してんだよ。違うってちゃんと否定しなさいよ。


「女将さんと旦那様は今席を外せないようですけど?」


「大丈夫!たっくんの夕ご飯食べてってもらうだけだから」


「あら〜、そうですか〜?おふたりとも天哉ちゃんに会いたいと思いますけどね〜?」



 坂本さんはニヤニヤ笑ってこちらを見てくる。

 どちらのことも小さい頃からよく知っていることもあり楽しげに見ている。

 俺の事を天哉ちゃんと呼ぶのはこの人とうちの祖父母くらいだろう。


「さすがに仕事の邪魔は出来ないのでまた今度会います…」


 真由理の両親に会いたくない訳では無いが、会うと色々と面倒なことになるので出来れば避けたい。とっとと飯をいただいて退散するしかない。

 坂本さんに挨拶をして真由理の自宅の方へと入って行く。

 こちらはたまに来ることはあるがやはり老舗旅館を経営しているだけあって大きい立派な和風のお屋敷である。


「たっくんはリビングでくつろいでて?」


「あぁ、そうか?じゃあ待ってるよ」


 真由理が作ってくれるとのことで待つことにした。この家は何故か年中こたつが置いてあるのだがさすがに電気は入っていない。

 とりあえず足を入れて待つことにした。

 たまたまカゴに置いてあった甘夏みかんをひとつ取って食べることにした。

 皮を向こうとした時にツンツンと俺の足に何かが当たっていた。

 気のせいだろうと思って皮をむくとまたツンツンと足を何かで指しているような感触がする。

 気になってこたつ布団をめくった。


「天にぃにいびっくりした?」


「びっくりしたでしょ?したよね?」


 こたつ布団をめくったその中にいたのは暗くて分かりづらいが幼い女の子が2人。

 真由理によく似た容貌の幼女たち。つまり真由理の双子の妹たちだった。


「お前らいたのか?」


「2人でかくれんぼしてたの!」


 ハキハキと天心爛漫に喋る2つ結びの子が瑠美。


「2人で?鬼は?」


「いないよ?」


 そしてもう1人のショートカットの娘が久美。


「2人ともまたこたつ入って〜誰かに蹴られちゃうよ?」


 キッチンの真由理が2人に優しく注意をする。


「大丈夫だよお姉ちゃん!うちのこたつは掘りごたつだから!」


 瑠美がそう言う。

 確かにこの家のこたつは掘りごたつ式であるから蹴られるということは普通のものよりはないのかもしれない。


「ねぇねぇお腹すいた〜!ご飯は?」


 久美がコタツから出ていって台所にいる真由理にお腹をさすってアピールする。


「はいはい。ちょっと待ってね〜。できるまで天にぃにぃと遊んでなさい?」


「はーい」


 このくらいの娘は素直で良いなと思った。

 久美はこちらに戻ってきて俺の方を見た。


「天にぃにぃ遊んで?」


「うちも遊んで!?」


 瑠美もこたつから出てきてはしゃぐ。


「はいはいわかったよ?何して遊ぶ?」


 瑠美は嬉しそうにしてリビングを飛び出していく。ちょっとしたら大きな箱を持ってやってきた。パッケージを見るとボードゲームだった。


「ほう、この俺にボードゲームで勝負ってか?」


 パッケージに書いてあったのは「人生楽ありゃ苦もあるさゲーム」といものである。

 いわゆる人生に沿ったすごろくである。


「天にぃにぃが勝ったらねぇねぇをお嫁さんにしていいよ!」


 瑠美の言葉にキッチンで何か落とした大きな音がした。恥ずかしそうに真由理がこちらを見てくる。


「こら!どこでそんなこと覚えたの〜!?」



 顔を真っ赤にしている真由理が可愛く見えた。


「じゃあ俺が負けたらどうなるの?」


「その時はうちらをお嫁さんにしていいよー!」


 またキッチンから大きな物音がした。さっきよりもさらに大きな音だった。


「ほんとに…どこでそんなこと覚えたのよ…」


 そんなこんなで双子たちとボードゲームをしていった。






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未来ある君と共に 石田未来 @IshidaMirai

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