Limited Re-make 歪められた転生

駒井 ウヤマ

再臨のブレイブス

第0話 いつか、遠い『キオク』

 これは遥か昔、そして限りなく近い昨日の話だ。


「やあああああああああ!」

「おお、おおおおおお!」

 赤い光と青い光が、広間の中央で交錯する。その衝撃は空気を震わし、発生した衝撃波は同心円状に広がっていく。そして、

「・・・・・・くっ、か、はあ」

 力尽き、糸が切れたように私はガックリと膝をつく。口からは荒い吐息と共に血反吐がドバドバと零れ出る、致命傷だ。

そして、その背後では魔神王が血を流し、同じように膝をついていた。

そう、私は勇者として魔神城へと乗り込んだ。魔神将が率いる数多の魔物やモンスターを打ち破り、魔神官らが仕掛けた数多の罠を踏破し、そして今。数多の犠牲を乗り越え、とうとう私の一撃が魔神王を打ち貫いたのだ。

 けれど、そこまでだった。ぐいと首を巡らせて後ろを顧みれば、魔神王はその両足で立ち上がると、私を見下ろしている。最後の意地を総動員し、辛うじて立ち上がってみせた私に、魔神王はさも愉快そうに語りかける。

「く・・・ふふふ、流石はその齢で勇者を名乗り、吾輩の城に乗り込んで来るだけのことはある。この魔神王たる吾輩に、よもや1度なりと膝をつかせるとは」

 そう嘯く魔神王から見た私の顔は苦痛に歪み、さぞや絶望に満ち満ちているでしょう。

「届かな・・・かった」

「届きはした。届いただけであったがな」

 確かに、私が最後の一撃を見舞った奴の胸には剣が突き刺さった大穴がポッカリ穿たれ、そこからはだくだくと赤黒い血が滂沱のように流れている。しかし、魔神王の表情には死への恐れも敗北への怒りも無い。あるのはただ、悠然たる余裕だ。

 対して、私はどうか。ひとまず五体は満足だ。しかし、最後の突貫で我が身の代わりに大盾と兜は砕け、その身に纏う鎧も縦横にヒビが入り砕ける寸前。長く艶のある青みがかった黒髪は、それとは真逆のシロとアカに塗れてベタベタだ。

「く・・・。相打ち、と言いたいけれど・・・・・・・・・私の負け、のようね」

「ふん。吾輩と相打とうなど、いかな勇者とて高望みよ。女だてらに傷をつけられたことをむしろ、末代までの光栄と思うがいいわ」

 その末代を、ここで絶やそうとする者が言う台詞では無い。

「うう・・・・」

 しかし、そんな憎まれ口を叩けるほどの体力すら、今の私には残されてはいなかった。

 左腕は肩から先に力が入らず、折れた剣を握り留めることで精一杯だ。胸部は息をするたびにズキズキと痛み、口からはブクブクと血の泡が出る。折れたアバラ骨が肺に刺さっているのは間違いない。

 それに・・・。

「う・・・ああ!」

 唯一自由が利く右腕で腹の傷口を抉り、ずぶりと鋭利な錐状の三角錐を引き抜いて床へと投げ捨てる。魔神王のスティレット、その折れた先端部だ。抜いた途端に傷口からは血が溢れ出し、赤黒い臓物が顔を覗かせる。間違い無く致命の傷で、こうして問答が出来ているのが不思議なくらいだ。

「痛い思いをしてまで、わざわざご苦労なことだ。別に、返さずともよいのだぞ?」

「馬鹿に・・・しないで。あと1歩、あと少しで・・・きっと」

「で、あるな。剣を突き入れたのも同じであれば、その切っ先が折れたのも同じだからな。この胸に今も残るその剣先、あとほんのちょっと深ければ・・・吾輩の核を貫けたやもしれぬ」

 そう言って魔神王は、どこか愛おしそうに傷口の周りを指でなぞる。勿論、その『ほんのちょっと』が私にとっては那由他の彼方であったことを承知の上で。

「しかしだ、勇者よ。正直、正直に言うとだ・・・吾輩は貴様らを侮っていた、それは間違い無い。なにせ、勇者と名乗る貴様は年若い女で、他の者らも目に見えて豪の者はいなかった・・・」

 そう言ってぐるりと魔神王が巡らす視界の先には、瓦礫に紛れて私の大事な仲間が転がっているはずだ。

「されど、こ奴らの無意味に見えた特攻を目晦ましとして、貴様の一撃を通す最後の策は・・・見事と言っておこう。雑魚と言えど使いようだとも、な」

その仲間を侮辱する様な発言に、砕けかけた心がカッと沸き立つ。痛みを超越した感情が、自然に口を開かせた。

「皆・・・私に託して死んでいったのよ!」

 全ての敗因は皆では無い、私の力が足らなかったから。

 それは半ばから断ち折れた、手中にある剣が物語っている。聖なる剣が純粋な力勝負で折れるはずも無く、折れたのはひとえに私の想いが、魔神王の悪意を討ち抜けなかったということ。ただ、それだけ。

 それが、非情な現実だった。

「うむ。あれは良い見世物だった。だが、吾輩が生を受けてこのかた、これ程の傷を負わせられたのは・・・もう百年も前になろうか」

 誇るがいい。そう、あらためてほざく魔王の胸からは、いつの間にか血の流れはピタリと止まっていた。

「・・・もう、治っているのね」

「そうだ。だから、貴様らの判断は間違っておらぬ。全身全霊をかけた一撃でなくば、吾輩を倒すことは不可能だったろうからな」

 そうどこか自慢げに語り、何事も無かったようにグルグルと肩を回す魔神王。対して、私の膝は再び自らの血に染まる床へ接吻し、二度とそこから離れることは無い。

 それだけで、どちらが勝者かは明らかだ。

「ええ・・・それが分かっただけで、私が命を賭けた甲斐があったというものね」

 ほう?と魔神王がその言葉を聞き咎めたように反駁する。

「どうしたの?」

「最期に狂うたか、貴様。それとも・・・よもや、ここから生きて帰れるとでも?」

 その発言に、私は心の中でグッとガッツポーズをした。

(よかった・・・やっぱり、気づいていない)

 そう、私は確かにここまでだろう。しかし、この際に大事なのはそこでは無く、私が聖なる力に選ばれし勇者であるということだ。現世で勇者に選ばれるということは、過去の勇者の経験をそのまま受け継ぐのと同義なのである。

 それは、この私が一番知っている。

「でなければ・・・いくら聖なる装備を授かったとしても、こんな小娘が冒険なんて出来るものですか」

 自嘲気味にそう呟いた言葉は、幸いにも魔神王には届いていなかったようだ。奴は顎に手を当て、胡乱気にこちらを舐めるように見るばかりだ。

「ふむ、分からん。、若しや・・・先ほど1人逃げ出した腰抜けが助けを呼んで来るとでも?」

「訂正しなさい。あの子は逃げたんじゃ無い、逃がしたのよ私たちが」

 希望と言えば、あの子、初級魔術師ガンディオもそうだ。ここまでの道中で魔力を使い果たし、決戦の前に広間から逃がした、澄んだ瞳をした可愛い少年魔術師。

(あの子が生き抜いて、新たな勇者と出会えたら・・・きっと)

 きっと、こんな魔神王なんて物の数では無いはずだ。だから、

「さあ、殺しなさい!貴様にそんな感情は無いでしょうけど、せめて私に名誉ある死を!」

 あとは、私が華々しく散るだけだ。

「何の事やらさっぱり分からん。分からん・・・が、まあ良い。死を望むか、良かろう」

 しかし魔神王は傍らに転がる魔剣では無く、何故か身を翻すと、

「・・・?」

 玉座の手前に立てかけてあった杖を手に取る。この戦いにおいて初めて見る装備だ。それを魔神王は仰々しく掲げて見せる。

「さあ、ショウタイムだ」

 瞬間、杖の先からまるで雷のような閃光が走り、私の胸へと突き刺さった。

「ああ!」

「大丈夫だぞ勇者、問題は無い。この電撃は一寸した下準備でな、死にはせん」

 そう言い放つと、魔神王は用済みとばかりに杖を放り捨て私の元へと歩み寄る。私はまるで磔刑にあったかのように身動き一つ取れず、立ち竦んだままそれを睨めつけることしか出来ない。

「な・・・んです・・・・・・って?」

 苦痛に顔を歪める私を無視するように、魔神王はそっと、しかし勢い良くその指を形ばかりとなった鎧を貫いて私の胸へと突き立てる。

「が!?」

「落ち着け。痛くは無い筈だ」

 どこか、まるで施術中の医者のような口ぶりで紡がれる言葉。確かに、突飛な行動とその衝撃で思わず「痛い」と思ったのだが、冷静になれば本当に痛みは無い。それに、いつしか最初に浴びせられた電撃による痛みも消えていた。

「ふむ、どれどれ・・・勇者※※※、辺境の寒村生まれ。親は幼き頃に死別するも幼き頃より勇者としての力、使命に目覚め真っ直ぐに育ち、周りもそれを認め10の齢を重ねる頃には周囲の魔物程度は朝飯前、と」

「な!?」

 私が驚いたのは、魔神王が私の過去を、私の記憶に無いくらい昔からまるで見てきたかのように語りだしたから・・・だけでは無い。

「15の齢の頃には村を飛び出し・・・ほう、ここであ奴は出会ってしまったのか。そこからは仲間を集いつつ各地に吾輩が派遣した魔神官、魔将を打ち倒し、人々を救い続けて3年。・・・成程な、勇者の『力』という下駄を履かせて貰っていたからだとしても、この成長は吾輩も感嘆せざるを得ん。見事なものだな勇者※※※、」

「それ・・・私の、名前・・・なの?」

 魔神王の口から紡がれたのは間違い無く、私の名前のはずだった。しかし、その音は聞こえず、ただの雑音としか耳は理解しようとしないのだ。

「ああ、聞こえぬか?宜しい」

 しかし、魔神王は私の反応にしか興味が無いようで、淡々と言葉を述べていく。

「何のことは無い。手始めに、貴様の名を奪ってみただけだ」

「そ、そんな・・・こと・・・」

 出来るはずが無い。

「そうだ。普通の人間相手にならば、な」

 されど、魔神王はそんな私の内面を見透かしたかのように、そう嘯く。

「ただ、貴様は特別なのだ勇者※※※よ。勇者とは神の権能の現身うつしみである。しかし、それは『魔神』の王たる吾輩が、配下たる魔物へ力を授けるのと同じこと」

「何が・・・言いたい・・・のよ?」

「つまりだ。出所が違うとは言え、その本質が同じであるならば・・・・・・権能者たる吾輩が、それをいじれぬ道理は無かろう?」

 そんな簡単な話なはずは無い。が、魔神王はその馬鹿げた理屈を幼子に「足を交互に動かせば歩けるだろう」と教えるくらい当たり前に扱う。

 ここまで絶対的な差があったかと、私の心へ愕然とした凋落が襲った。

「ふむ、ショックを受けたか。良い傾向だ・・・では、次に」

 と、魔神王はもう片方の手も同じように胸へと突っ込むと、何やら陶芸家のような手つきで私の中の『ナニカ』をいじり始めた。

「な、何を?」

「まあ待て、もう少し・・・どうだ、気付かぬか?」

「な、何を・・・?」

「ふむ・・・では、これでは、どうだ?」

 そう言うと魔神王は、手を1本引き抜くと私の垂れ下がった左腕を握りつける。例え満身創痍でも、勇者として与えられた権能からの頑強さは健在。

「あ?」

そのはずだったが。

「あ!?ぎ!?」

 パキンと、まるで枯れ木でも折るかのようにアッサリと、肘の先に新たな関節が生まれた。その衝撃と痛みで、辛うじて握り締めていた剣の柄は手から離れ、カランと床に空しい音を響かせる。

「うむ。これで分かったな勇者※※※よ、貴様の身に最早『力』は無い」

「そ・・・んな?」

「不思議なことは無い。貴様が与えられた『力』とは、とどのつまりは『勇者』たるに足ると見なされた貴様に与えられたものだ。なら・・・その貴様が貴様であるための証である名前を失えば、当然、その力も取り上げられるというものだ」

 ぐらりと、足元から全てが崩れるような錯覚が、私を襲った。旅を初めて2年、いや生まれてから訓練を積み得た『力』の悉くが失わされたと言うのだ。

 嘘だと叫びたい心を、ジンジンと痛む右腕が拒む。そもそも腕が折れたくらいで泣き出しそうなくらいに痛みを感じること、それ自体が私から『力』が失われたことの証左だ。

「な・・・んで?」

 だが、疑問が生じる。どうして私にそこまでの細工をするのだろう。戦った相手として、少なくともこの魔神王に無意味に相手を弄るような悪辣さは無かったのだが。

「理由か?そうだな・・・届かなかったとはいえ、貴様の一撃で吾輩の体はボロボロだ。これから、少なくとも百年近くは眠りにつかざるをえんだろう」

「そ・・・れが・・・いった・・・い?」

「話は最後まで聞くべきだ。ふうむ、あの細工にはもうちょっと・・・こうか?」

 グリ、と魔神王が手を捩じらせた瞬間、背筋を貫くような激痛が走った。

「あ!が!」

 眼底の奥に灼けるような閃光が瞬き、開け放たれた口蓋からは舌がピンと突き出す。

「あ!ががががが!あが!」

 死ぬ。死ぬ。体を走る激痛は、体より先に心を殺しそうだ。

「落ち着け、殺す気は無い。ああそうだ、それが言いたかった・・・吾輩の体が戻り、眠りから覚めたとき、誰も相対する者がおらぬではつまらないだろう?」

 何を、何を言っているのか。

「だから貴様の存在を、吾輩が目覚めるであろう百年後まで飛ばしてしまおうと思ってな。次に目覚めたときの、吾輩のお楽しみの1つとして」

 不老不死も存外に退屈なのだ、と揶揄うように魔神王は嘯く。

「だが、それでも今回と同じ繰り返しでは芸が無いし、何より面白く無い。だから・・・ちょっとばかり、スパイスを効かせてやろうと思って、な」

「す、すぱ?」

 スパイス?香辛料?何かの比喩かと千々に乱れる頭を必死に繋ぎ止める。

「簡単な話よ。今回の貴様は、勇者として最短距離でここまで来た。それは、生まれた時からその『力』があり、それを振るい研鑽していた結果であろう。しかし、仮にその『力』が無かった場合は・・・どうなると思う?」

「え・・・ええ!?」

「うむ。貴様から名を奪い『力』を無くさせた状態として、貴様が村を飛び出した15の齢まで成長したとすれば・・・はて、果たしてこうも闊達になろうか?否、なるまいよ」

「そ・・・そんな、ことが」

「出来る、と先ほど言ったはずだがな。これは何と言ったか・・・そう、『因果操作』と言うのだったな」

「い、いん・・・」

 因果操作。それは確かナイネ―仲間の魔術師だ―が言っていた秘術のはずだ。何でも「その生き物がそうなった『A』という要因を『B』へと変えることで、今の存在を改変する外法」、そう言っていたか。

 そうこうしている間に、私の体に新たな変化が現れる。刺し貫くような激痛が体を溶かすような鈍痛に変わる。それが即ち、私の体が魔神王の言う通りの存在へ変わっていっているということなのか。

「ほう、さすれば・・・これは良い。そう育てばあの恵まれた体躯も、戦乙女の如き美貌も形無しだな」

 ハッハアという嘲笑が、私の体に起きた変化を如実に表している。恐ろしいまでの絶望が、私の心を常闇に染め上げていく。

「良い表情だ、酒の肴にでもさせていただこう。・・・しかし、うむむ。こうまでなっても抗魔力、聖力はいまだ健在、と。成程、名を奪っても勇者であるという自覚と経験があれば、最低限の加護は与えられ得ると。興味深い・・・が、これでは駄目だな」

 その不機嫌そうな声音に、他人の不幸を喜ぶなど勇者にあるまじき行為かもしれないが、私は心の中で「お生憎様」と舌を出す。

(そうそう・・・思い通りにされて堪るものですか!)

 だが、それへの罰だろうか。次に魔神王が発した言葉に、私の心胆は凍結せしめされた。

「ならば・・・そうか。勇者としての『記憶』も消し去ってしまえば良いのか、そうしよう。そうすれば、余計な知識も消し去れて一石二鳥だ」

「き・・・おく!」

 駄目だ、駄目だ。それだけは駄目だ。一旦は絶望に凍り付いた心を、その思いだけで解き動かす。

(記憶!心!皆との思い出!・・・駄目、駄目、駄目・・・イヤ!)

 最早、魔神王が何か言っていることなんてどうでもいい。

「しかし、智も勇も無しにこうも貧弱では駄目だな。間違って、簡単に死んでしまっては吾輩が面白く無い。・・・・・・そうだな、せめて簡単な毒は効かぬようにしておこう。それくらいのアドバンテージは、在って良い」

(少しでも・・・ただ1つでも・・・何か!)

 僅かに残る力を祈りに変えて、心にある記憶を、思いを、経験を、まるで聖なる障壁で守るように包み込む。こうしてあとは、その塊を感知出来ぬほどか細いラインを残し自分から切り離す。この魔神王の所業からそれを守るには、最早私にはこの手しか無い。

「ふむ?『知識』が消えるのがやけに早いな。あまり分量が無かったと言うことか?」

そう訝しむ魔神王の態度から察するに、どうやら私の最後の抵抗は気取られてはいない様子だ。

「だが・・・やはりそうか、こう成り果ててしまうか。ハハハハハア」

 しかし、自分の記憶を切り離す以上、今の『私』の記憶が私から失われることは避けようが無い。恐らく、『知識』や『経験則』を取り出す事は出来てもそれを『何故知っているか』が分からない状態となるだろう。記憶に無い知識や実感に振り回される。それは若しかすると、忘れてしまうことより辛いかもしれない。

 しかし、それでも。

(・・・それでも、それでも、失いたく無い。皆と旅をした、戦った証を!)

 変わり果てた存在にされた私。もう『私』という意識すら薄靄の向こうに、まるで他の誰かが見る夢を覗き見ているような空虚感、これが魔神王の作為なのか、勇者※※※の悪あがきのせいなのか。

(これで・・・お終い・・・なの?)

 それとも、いつかこの魔神王の呪いが解かれるか、記憶の封印が解かれ名を取り戻せば、元の姿へ戻れるのだろうか。そんな希望は、まるでか細く儚い妄想に過ぎないのだろうか。

(それでも・・・いつか・・・・・・)

「まあ良いだろう。あとは、自死などしてしまわぬようこうすれば・・・ハハッ、こうなるか」

 まるで極上の料理を前にした時のように、魔神王の顔が満面の喜色に染まる。

「良かろう!新たな力を身に着けるか、万に一つの可能性で名を取り戻すか。何れにせよ、再び吾輩に相見えることが出来たとすれば、もう一度戦ってやろうではないか!聞こえているな勇者※※※、ハハッ、ハハッ、ハアッハハハハハハア!」


 その高笑いと共に、勇者としての私の意識は途切れた。


「う・・・うん?」

 むっくりと、梢が風で擦れる音に目を覚ました私は起き上がる。

「え・・・と。わた・・・し、は?」

 まるで働かない頭のまま、キョロキョロと自分の体を見回す。薄汚れた衣服に形ばかりの防具とガラクタよりは辛うじてマシな片手剣。それらを纏う、うっすらとだけ肉が付いたようなか細い手足に視線を遮るほどに伸びた手入れの悪い前髪。

「えと・・・ああ」

 そうだ、思い出した。15の齢で村を追い出された私は、冒険者となるべく町を目指して旅をしていた。そして、もうちょっとで着くという時に休んだ木陰で寝てしまった。

 そう、その筈なのに。

「あ・・・れ?」

 それなのに、どうしてなのだろう。追い出された村の名前も、自分の生い立ちも、勿論名前も。どれも諳んじられるほどにハッキリと覚えているのに。

 何なのだろうか、この『実感』の無さは。

「・・・な、んで?」

 それに比べ、さっきまで見ていた夢の何と悲しいこと。何と愛おしいこと。何と胸に刺さるような・・・。

「あ・・・」

 胸の痛みに触発されてか、決壊した柵のように両目から、滂沱のように涙が溢れる。

「こんな・・・どう、して?」

 それは、まるで今までの暮らしよりもその夢の方が実感を持って悲しいと言わんばかりの涙。今世の暮らしより夢を想う、こんな私だから村を口減らしを兼ねて追い出されたのだろう。そうだ、そうに違いない、そうに決まった。

「でも・・・うん、取り敢えず・・・・・・行かなきゃ。うん」

 見返す、なんて意気地がある訳では無い。ただ、生き抜くためには兎にも角にも身を立てねば。そんな小さな決心を胸に、何とか心を奮い立たせ、傍らに置いてあったズタ袋のようなルックサックを引っ掴み、立ち上がる。

「んっしょ・・・よし。行こう」

 ぐしぐしと涙を拭い見上げた視線の先には、目的地の目印である大きな尖塔がそびえ立っている。

「えっと・・・まずギルドに行って、話を聞いて、寝る場所決めて・・・よし」

 か細い指を折り数え、言い聞かせるように呟き頷くと、私はその細足でのたのたと歩き出した。


 時折チラリチラリと、まるで何かを置き忘れたかのように後ろを振り返りながら。

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