看取り箱

@kur1

看取り箱

何処から話すべきだろうか。

それこそ、未だ『刀剣男子』という付喪神による歴史改変阻止システムが、五年などという(人間にとっては)長い期間を迎えるずっと前の話だ。

当時、何の因果か審神者の任に着くことのできた私は、何一つ分からないまま『本丸』という本陣を指揮し、歴史改変主義者と戦っていた。

『何一つ分からない』というのは、時の政府としてもそうだったのかもしれない。

そう思わせる程に、昔の時の政府からの介入・援助はとても少なかった。

こちらといえば、何の力も持たない一介の平凡な女の身である。それなのに、受けたのは仲介役を名乗る狐からのいくつかのアドバイスと、現状、戦況的にとても不利であるという過酷な事実だけだった。

時折入る文は、新たな刀剣男子の鍛刀が可能になった、即時入手し戦況改善に役立てろ、という半ば脅しのような文面のみ。

振り返ると、その時の私達は、情報もないまま必死に刀剣男子を手に入れ、戦力を増やし、解放される合戦場・時代へ、ただひたすらに部隊を送り込んでいた。


別の本丸で審神者を執り行っていた友人を、仮にAとしよう。

Aは、時の政府にとても懐疑的だった。

当時としては無理のないことで、A以外にも時の政府の対応を訝しんだり、批判したりする審神者も多かった。

同じ備後国に本丸の陣を置く友として演練で手合わせする度に、彼女は私に何度も政府への疑問や愚痴を吐き出していた。

特に彼女が疑問に思っていたのが、同一の刀剣を複数入手できる点だ。

刀は現代には一振りしか存在せず、刀を模倣し鍛刀したとしてもそれは『写し』として扱われる。

『写し』は別の刀として顕現しており、例え政府が複製しても『歴史』も『逸話』も持たない写しは付喪神としてはあまりに弱く、使い物にならない。

私含め複数刀剣肯定派としては、「時の政府を名乗る程なのだから、時を改変して用意出来るのだろう」や、「歴史改変主義者の数や複数の本丸という点も含めて、複数の平行世界からの干渉を受けているのだろう」と解釈していたのだが、それは公式発表ではなかった。

手に入れた刀剣は、審神者が近づいてしまえば付喪神として顕現してしまう。

また、顕現していない刀といえども、付喪神としての力を持っている以上安易に扱うことはできない。

同一の刀を手に入れた場合の手法は、当時は二つに限られた。

ひとつは、そのまま二振り目として育成する方法。

二振り目としても、育ち方や環境などで性格の違いが出る為、双子、三つ子のように可愛がっている本丸もあった。

中には、一振り目が折れた時のために、とシビアな考え方をする審神者もいた。

ふたつ目は、刀としての役目を終えてしまう方法。

付喪神になるほどの歴史と逸話を持つ刀は、審神者がその手で巫女として儀式を挙げ、その御力を完全に神の元に帰さねば処理できない。

力を返された刀は鉄くずとなり、他の刀を打つ為の資材にされたり、他の刀の強化に使用されたりした。

しかし、儀式にしても審神者の負担は大きく、複数刀剣否定派のAとしては、時の政府からの合理的な説明と対処があって然るべきだろうというのが見解であった。

戦力の強化。刀剣男子の鍛刀。戦況の指揮。兵装の作成、及び刀への装備。審神者の巫女としての霊力を用いた、手入れと、刀剣処理のための儀式。定期的な政府への報告。

ただでさえやる事が多いことを同じ審神者として理解している私は、いつも憤慨する彼女の言葉を聞いてあげることしか出来なかった。


そうしているうちに、Aが恐れていた事態が起きた。

私の元に文が届いたのである。

私は即座に彼女の元へ転がり込んだ。

文の内容は、私の霊力がまもなく枯渇するため、近く審神者の任を解くとのものだった。

時の政府への不信感からか、それとも神と相対する怖ろしさ故か、審神者の間では様々な噂話が絶えなかった。

『同じ刀を六振り揃え、一振り目を破壊すると、二度とその刀はドロップ及び鍛刀しない』『丑三つ時に破棄された本丸に迷い込むと二度と帰ってこれない』『時折刀剣男子に似た"ナニカ"が襖を尋ねることがあり、それに名を応えるとあの世に連れ去られる』等々。

他愛ない噂話であったが、半ば暇つぶしのように審神者はぽつりぽつりとそうした怪談を話し合い、畏れながら楽しんでいた。

『霊力が枯渇すると審神者の任を降ろされる』というのもまた、噂の内のひとつだった。

しかし、自身の霊力の残量を確認する方法もなく、姿を消した審神者というのも身近では見なかったので、単なる噂話程度だと思っていた。

もしかしたら、複数の刀を育成していたのが悪いのかもしれない。只人の身で審神者を務めようというのが間違いだったのかもしれない。

例え成り行きで始めた事と言えども、今の本丸に愛着がある。彼らと離れたくない。私がいなくなれば、彼らはどうなるのか――

そう半狂乱に泣き叫ぶ私を見るAの目は、まるで鬼のように吊り上がっていた。

政府のせいだ、と、唐突に彼女は叫んだ。

「政府のせいだ。何の基準も手当てもなしに人柱を選び、巫女なんぞを務め上げさせた政府のせいだ」

(彼女は島根県出身らしく、もう少しキツい方言で怒っていたが、上手く思い出せない為標準語を使用させて頂く事とする。)

Aは指が食い込むほどに私の肩をしかと掴み、私が仕返ししてやる、政府に後悔させてやる、と鬼の形相のまま言い聞かせた。

私は知らなかったが、Aの家系は巫女と関係があるらしく、地元の村ではそこそこ名の知れた存在のようだった。

だからこそ、神の力を安易に使うなと繰り返し警告していたのかもしれない。

とりあえず、私はその日泣きながら本丸に帰り、事の旨を刀剣男子に告げた。

その後私の本丸がどうなるのか政府に問い合わせたが、協議中とのことで返事は得られず、ただ私の審神者の終了手続きのみが進んでいった。


……ここからは、伝え聞いた話になる。

Aは、その後部屋に籠ると、政府に怪しまれぬよう通常の指揮をこなしながら、ある『箱』をひとりでに組んでいた。

いくつもの板や枝を何重にも掛け合わせ、作った本人ですら解けない程の、厳重な寄せ木細工の見た目をした箱だ。

そして、その箱にたっぷりとメスの鳥や馬の血を搾り取る。

しばらく蓋をし、血が蒸発して、まだ乾ききらず内面がべとつく程になると、鍛刀やドロップで得た二振り目以降の刀を、祓わないままその手で破壊し箱に詰めた。

知っている人もいるかもしれない。

これは、島根県のとある地域で、1870年頃に実際にあった『呪いの箱』の作り方だ。

一人でイッポウ、二人でニホウ、三人でサンポウ、四人でシホウ、五人でゴホウ、六人でロッポウ、七人でチッポウ(シッポウ)、禁忌の八人でハッカイ。

殺した子どもを詰めることから『子取り箱』と呼ばれたその手法を、Aは刀剣男子を用いて生み出した。

子取り箱ならいざ知らず、詰めたのは祓ってもいない付喪神である。

その恐ろしさを考えると、審神者として彼らと相対していた私は恐怖で今でも身の毛がよだつ。

しかし、彼女はそれをやり遂げた。

そして、時の政府へと呪いの箱を忠義の証として献上したという。

その結末は悲惨なものだった。

祓われもせず、破壊され、呪いの糧とされた付喪神は堕ち果てて祟り神となった。

その日のうちに時の政府の役人たちは全員血反吐を吐いて苦しみ抜き、床や壁を真っ赤に染めて全員死亡した。

天井までも血の跡が飛んだ光景は、その部屋ひとつが丸々『子取り箱』の内部のようだったという。

また、呪いの神となった付喪神の影響はそれだけでは収まらなかった。

政府で保管していた刀剣も全て破壊され、他の国に本陣を置く本丸でも本丸へ辿り着けない審神者が現れたり、何故か現世で口から刃物を吐いて不審死を遂げた者もいた。

事態を重く見た政府は、A含め被害のあった世界線を全て丸々封鎖し、平行世界として破棄する事を決めた。

政府の対応により被害はぱったりとなくなったが、その季節になると稀に本丸の門の先に不審な影がいて、宛先不明の木箱を持って佇み、じっとこちらを眺めていることがあるのだという。

もしかしたら、彼女はまだ閉鎖された世界線で呪いの箱を作り続けているのかもしれない。





夏の怪談としてそう語った近侍に、私はふうと溜息を吐くと、淹れて貰ったお茶を一口飲んだ。

話に聞き入っていたせいか、お茶はもう殆ど冷めていた。

気の利く忠実な近侍は、私が口をつける前から「俺が淹れ直してきましょうか」と声を掛けてきたが、私は微かに首を振った。

どこから聞きつけてきたか分からないが、審神者の間でこうした噂話が流行っているのだろうか。

私としては、当時のことは分からない。政府の手当ては今の話で聞くより手厚いし、しかし、こちらが圧倒されるような霊力を持つ歴戦の審神者は、大体昔の政府の苦労話で苦笑いをしていたりする。

有名なコトリバコの話も相まって、どこか"ありそう"と思わせてくるような絶妙な恐怖感が、肌を冷たく覆った。

流石は、「夏だから脅かしとかじゃないちゃんと怖い話を聞きたい」という主の要望を忠実に守ってくれる近侍である。

次の命を待つ――もしくは、期待に応えたことに対する褒美の言葉を待っているのかもしれない――藤色の瞳を見つめながら、ぼんやりと思う。

彼は地獄で私を待っていてくれるかもしれないが、そもそも彼は神様なのだ。

人を斬れば地獄に行くというのは、大体刀の持ち主である戦国武将などが己を卑下して発した台詞に過ぎない。

地獄に行くのは、刀ではなく持ち主のことだ。

いくら血の付いた人斬り刀であろうと、付喪神は神の名の通り地獄に落ちない可能性も高い。付喪神に、あの世という概念が通用するのかも分からない。

……それなら、地獄に落ちるのは、審神者である私の方だ。

「ねえ、長谷部」

「何でしょう」

「長谷部は、私と一緒にいてくれる?」

彼は、優しく笑った。





後日、政府に電報が入った。

『本日、××国ノ本丸ニテ、"イッポウ"ノ存在ヲ確認。至急、当本丸ヲ閉鎖サレタシ。尚、審神者ノ死亡ヲ確認済』

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