王都へゴー 2
三日後。
リヒャルト様が買ってくれたドレスを着て、ベティーナさんにどこのご令嬢だろうかと言うくらいに飾り立てられたわたしは、お城にいた。
わたしが緊張するといけないからと、王様とはお城のサロンで会うことになっている。
サロンに行くと、中には王様らしき壮年の男性以外に、ベルンハルト様とシャルティーナ様の姿もあった。
「スカーレット、なんだか面倒なことになってしまって、ごめんなさいね……」
挨拶を終えると、シャルティーナ様がしょんぼりした顔でそう切り出した。
だが、シャルティーナ様が謝るのは違うと思う。だって、もともとはわたしがリヒャルト様の養女になりたくて、シャルティーナ様はそんなわたしに協力してくれただけなのだから。
「シャルティーナ様のせいじゃありません。わたしがお願いしたから……」
「いえ、油断していたわたくしのせいだわ。まさか使用人が口を滑らせるなんて思わなかったのよ」
ベルンハルト様とシャルティーナ様は王様にこっそりとリヒャルト様が聖女を養女に取ることについてどう思うかと訊ねてくれたそうだ。
その際にサロンに待機していたメイドの一人が、うっかり使用人仲間に口を滑らせたという。
本来城で働いている使用人は口が堅くなくてはならないらしい。
耳にしたことが王族間での話であればなおさら口外してはならない。
しかしそのメイドはまだ城勤めを開始して日が浅く、使用人仲間にならいいだろうと安易に考えてしまったそうである。
その話を、たまたま貴族の誰かが耳にし、あっという間に噂が広まってしまったようだ。
「城の使用人のうっかりが招いたことだから私のせいともいえるな。だが、噂になってしまったからにはそう簡単には静まらないだろう。特に、イザーク派の人間は浮足立っている。リヒャルトの養女がイザークの妃にでもなれば、イザークの地盤が固まるとな」
王様が困った顔で言った。
ベルンハルト様とリヒャルト様は雰囲気がとても似ているけれど、王様とリヒャルト様はそこまで似ているわけではない。似ていないわけではないのだが、穏やかそうなリヒャルト様に比べて、ちょっと気難しそうだ。
……きっと、王様業って大変なんだな。
眉間に刻まれた皺のあとを見ると、そんな気持ちになって来る。
基本的に小難しい話はわからないので、わたしが明後日な方向に思考を飛ばしていると、リヒャルト様が目の前の王様みたいに眉間にしわを寄せた。
「お伝えした通り、私はスカーレットを養女に取るつもりはないですよ」
「確かにそう聞いたが……、聖女を手元に置いている件についてはどうするつもりだ。養女にしないのであれば神殿が何か言って来るぞ」
「むしろそんなことになれば、スカーレットを追い出した神殿を告発しますよ」
「……冗談かと思ったが、本当に聖女スカーレットは、その……、よく食べるからと言う理由で神殿を追い出されたのか」
「ええ。行き倒れていたのを私が拾いました。間違いありません。そうだろう、スカーレット」
「はい!」
「……食べてもいいんだぞ」
わたしがじーっと目の前のお菓子に視線を注いでいるのに気が付いたリヒャルト様が、ふっと笑った。
誰も手を付けないから、目の前のお菓子とお茶は飾りなのかとしょんぼりしていたわたしは、食べていいと言われてパッと顔を輝かせる。
「ただし、今日はコルセットで腹を締めているんだ、食べすぎには注意しなさい。苦しくなるぞ」
「はい!」
わたしはさっそくジャムが挟んであるクッキーに手を伸ばす。
もりもり食べていると、王様が目を丸くしてこちらを見ていた。王様も食べたいのだろうか。
「この通り、スカーレットはよく食べます。そして、素直で取り繕うことを知りませんので、王太子の妃は無理ですよ」
「……イザークは、こういう飾らない子の方が好きなんだろうが」
「好き嫌いの問題ではなく、務まるか務まらないかの問題でしょう。スカーレットのことですから、例えば他国の賓客を招いた晩餐でもこの通り食事に夢中になって話を聞きませんよ。スカーレットに食事を我慢させるのは無理です」
その通りなので、わたしは口をもぐもぐさせながら大きく頷く。お菓子でさえお預けされると悲しくてしょんぼりするのに、ご飯をお預けとか拷問でしかない。
「じゃあ、噂はどうするつもりだ」
「兄上としては、噂を本当にして、私を次の王に推そうとする一派を退けたいところなのでしょうが、そんな理由でスカーレットを差し出せません。……それに、私が次の王に担ぎ出されない手段なら、もう一つありますよ」
「なんだ?」
王様がわずかに身を乗り出した。
リヒャルト様同様、リヒャルト様を次の王様に押し上げようとする派閥に頭を抱えていたのだろう。心なしか瞳が輝いているように見える。
リヒャルト様はちらりとわたしを見た。
わたしに関係ある話だろうかと首をひねると、困ったように笑われる。
「まだ本人に了承を得ていないので、この場では申せませんが、噂を鎮静化させてなおかつ私を王に推そうとする一派を黙らせる策は考えてあります」
「ベルンハルトから聞いたが、神殿と敵対するというあれか?」
「あれも方法の一つではありますが、そちらの場合は効果はすぐに出ないでしょう。神殿のあり方には兄上も頭を抱えていたはずですので、それはおいおい対処しますよ」
王様は探るようにリヒャルト様を見つめていたが、やがて大きく息を吐き出した。
「できれば春までになんとかしてくれ。長引かせるとイザークまで乗り気になって、王家とクラルティ公爵家との間に亀裂が入りかねん。私としても、クラルティ公爵家を敵に回したいわけではないからな」
クラルティ公爵家と言うとエレン様のおうちだ。
リヒャルト様はもう一度わたしを見て、にこりと微笑んだ。
「承知しました」
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