検証とデート 2

「入浴時間だが、五分以下だと傷薬としての効果が薄いようだな。逆に十五分以上になるとそれほど差はないように見える。まあ、大きな怪我で試したわけではないから、もしかしたら差があるのかもしれないが。……ふむ、領内の病院に協力が求められればもう少し精密なデータが取れそうだな」

「わー! ダメですダメですよそに出さないでください!」


 病院と言い出したリヒャルト様にわたしが慌てだすと、リヒャルト様は苦笑した。


「安心しろ。まだ外には出すつもりはない」


 ひとまずほっとしつつ、けれども何とかしてより詳しいデータを得ようとするリヒャルト様に一抹の不安を覚える。


 検証をはじめて十日。

 リヒャルト様なりにわたしの出し汁データがそろって来たらしい。


 フリッツさんの娘さんも、わたしがお風呂に入ったあとで残り湯を使って入浴してもらったところ、一度の入浴で水疱瘡の痕がかなり薄くなった。そして、三回目の入浴で完全に消えたらしい。

 最近反抗期だった娘との仲が改善したという副産物まで生み出し、フリッツさんは泣いて喜んでいた。

 そんなフリッツさんも、古い火傷の痕が消えたという。

 今は、フリッツさんの奥さんが、皺やシミにも効果があると聞きつけて検証実験に加わりたいと言い出したと聞いた。


 使用人とその身内を中心に、わたしの出し汁は大好評だ。悲しい。

 検証データが集まって来たので、リヒャルト様は次の実験に移るという。

 つまり、他の聖女でも同じデータが得られるのか検証するそうだ。


 検証に協力してくれるのは、リヒャルト様の二人目のお兄様――つまり王弟殿下の奥様らしい。

 王弟殿下……現王のすぐ下の弟君のベルンハルト様は、リヒャルト様と十五歳差の三十六歳。

 リヒャルト様と同じく、現王陛下が即位した際に臣下に下っていてドレヴァンツ公爵を名乗っている。


 その奥様であるシャルティーナ様は、元伯爵令嬢で聖女だ。

 聖女は神殿で暮らすのが基本だが、例外が貴族令嬢である。

 貴族出身の聖女は、神殿で癒しの力の使い方を学ぶけれど、神殿で暮らしたりはしない。そして比較的すぐに結婚が決まるため、聖女として神殿で無償奉仕をする期間はとても短い。

 シャルティーナ様も、十歳でベルンハルト様と婚約し、十五歳で嫁いだそうだ。


 ……十五歳。貴族の結婚って早いな~。


 わたしもそれほど詳しくないが、平民は大体男女ともに二十歳前後で結婚することが多いようだ。

 貴族と違って、子供を育てられるだけの金銭的な余裕がなければなかなか結婚に踏み切らない。少なくとも男女ともに手に職を得て三年くらいたたないと結婚しようとは思わないらしい。

 一緒に住む家を用意したり、子育てのための貯金をしたり、いろいろと準備に時間がかかるからである。


 その点、貴族は家同士のつながりを求める、いわゆる政略結婚が主なので、特に女性は、結婚できる年になるとすぐに嫁に出す傾向にあるとサリー夫人が言っていた。

 だから、貴族女性の結婚適齢期は十五歳から十八歳くらいで、平民に比べるとかなり若い。

 十八歳を過ぎると残りもの扱いされるので、貴族女性とその家族は必死に相手を探すらしい。何とも世知辛い。


 シャルティーナ様は伯爵令嬢だったが、聖女としての箔があったのと、ベルンハルト様と昔から既知の仲だったため、とんとん拍子で婚約と結婚が決まったそうだ。

 リヒャルト様によると、おっとりとしていて優しい女性らしい。


 ……でも、義理のお姉様に自分の出し汁をよこせって言うリヒャルト様容赦ないな。


 リヒャルト様がはじめた検証実験に協力すべく、なんと、ベルンハルト様とシャルティーナ様はわざわざこちらにいらして、しばらく滞在なさるそうだ。

 お二人には息子が二人いるが、子育てもひと段落して暇だからちょうどいいと言っていたとリヒャルト様は言ったけど、本当だろうか。


「義姉上でも同じデータが取れたら、いよいよ大発見だ。兄上……国王陛下に奏上して、できることなら有効活用したい。そうすればこれまで聖女の恩恵が得られなかった平民の多くに、癒しの水がいきわたるだろう」


 リヒャルト様はわたしの出し汁を「癒しの水」と呼ぶことにしたようである。

 まあ、残り湯とかだといまいち響きがよくないから、それは構わないんだけど、中身がわたしの出し汁であることには変わりない。


 ……国王陛下とか、なんか話がかなり大きくなって来たなあ。


 これ、もしほかの聖女でも同じデータが得られたら、聖女仲間から恨まれるパターンではないだろうか。

 だって、こぞって皆さんが聖女の出し汁をもらいに来るってことでしょう? 嫌だわそんなの。そしてわたしが元凶だと知ったら、聖女仲間はきっと怒る。不幸の手紙とか届きはじめたらどうしよう。


 不安になるわたしをよそに、リヒャルト様は上機嫌である。

 リヒャルト様的には世紀の大発見をしたくらいの気分なんだろう。

「癒しの水」には金貨以上の価値があるとか言ってるけど、わたしは絶対に同意したくない。


 ……そのうち、飲んでみようとか言い出しませんように。


 そんなことになったらたぶん、わたしは羞恥で死ねる。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る