検証とデート 1
リヒャルト様は、なかなかに細かい性格らしい。
研究者体質と言い換えることもできるかもしれない。
「いいか、今日の入浴時間は十五分だ」
「……ひゃい」
「ベティーナに時間を測ってもらうから、時間になったら出てくるように」
「……ひゃい」
「…………後で褒美でフリッツの新作ケーキを出してやる」
「頑張ります‼」
ああ、ケーキであっさりご機嫌取りされるわたし、悲しい。でも抗えない。
リヒャルト様は、使用人を中心にわたしの出し汁……もとい、残り湯を使用して、傷の治り具合を検証している。
同時に、わたしの入浴時間によってその効果に差が出るのかどうかも調べたいらしい。
フリッツさんの娘さんには、わたしの使ったあとのお風呂に入ってもらうことにしたそうで、今度お邸に連れてくると言っていた。
……まあ、百歩譲って同性ならね、いいんですよ。神殿でも聖女仲間たちと一緒にお風呂にはいっていたし。
神殿では、お風呂で傷が治っただなんだと騒ぎにならなかったが、考えてみたらわたしたちは聖女専用の大浴場を使っていた。
女子力の高い聖女たちは、小さな傷でもあろうものなら自分で治すので、お風呂に入るときに怪我をしている人なんて誰一人としていない。そりゃあ誰も気づかないはずだわ。
聖女専用の大浴場を掃除していた下働きのおばさんやおじさんが気づいていたかどうかはわからないけれど、騒ぎになっていなかったのだから、知られていない気もする。
大浴場のお風呂は外の元栓を開けると水が下水道に流れていく仕組みだし、残り湯に触れていない可能性もある。
ただ、考えることが苦手なわたしがいくら考えたところで答えは出てこないから、検証するなんて難しいお仕事はリヒャルト様に任せることにした。むしろわたしは恥ずかしすぎて心を無にしたい気持ちである。
なんだっけ。
心頭滅却すれば火もまた涼し?
意味はよくわからないけど、頭の中をからっぽにすれば恥ずかしくなくなるよってことでいいのかしら。
ということで、わたしは余計なことを考えずに、頭の中をからっぽにすることに徹する。
……ケーキ、ケーキ、これが終わったら新作ケーキ……って、は! これは頭の中をからっぽにするんじゃなくて、煩悩でいっぱいにするだわ!
でも、気がまぎれそうだしまあいいか。
わたしはこの後にもらえるという新作ケーキのことだけを考えてお風呂に入った。
ケーキケーキと、自作のケーキの歌を歌っていると、ベティーナさんが「お時間ですよ」と呼びに来る。
十五分経ったみたいだ。
お風呂から出てナイトウェアの上にガウンを羽織って隣の部屋に向かうと、約束通りケーキが置いてあった。
「夕食のあとですし、就寝前ですから一切れだけですよ」
ベティーナさんが言うけれど、一切れでも構いません。新作ケーキ!
わたしがルンルンとソファに座ると、ベティーナさんがハーブティーを入れてくれる。
フォークを握り締めたわたしの目の前で、メイドたちが慌ただしく動き出した。残り湯を運ぶらしい。
……お湯を運ぶのって結構重労働だよね。ワゴンもあるけど、水をくむのって大変だし。
わたしの精神的ダメージを慮って、リヒャルト様が女性の使用人に命じてくれたそうだ。申し訳なく思っていると、メイドの一人がにこりと微笑む。
「スカーレット様のおかげで、ほら! 手がこんなに綺麗になりました。ここにあったシミや手の甲の皺もなくなったんですよ!」
皺まで⁉
どうやらわたしの残り湯を運ぶ作業はメイドの中でも熾烈な争奪戦を制した人たちに与えられる仕事になりつつあるらしい。
残り湯をくみ出す際にどうしても湯に触れるからだそうだ。
「……スカーレット様の残り湯で化粧水を作ったら売れそうですね」
「ベティーナさん、怖いことを言わないでください!」
ただでさえ恥ずかしいのに、わたしの出し汁が売りに出された日には地面に大きな穴を掘って埋まりたくなってしまう。
メイドによると、さすがにシミや皺は、すぐには消えなかったそうだ。だが、継続的に残り湯に触れているとだんだんとシミや皺が薄くなっていくという。
シミや皺にも効果があるとわかったからだろうか。邸の使用人の女性は全員、リヒャルト様の検証実験に名乗りを上げたそうだ。
リヒャルト様はシミや皺よりも傷で試したいらしいが、残り湯はたくさんあるので、ついでにそちらの検証もしてみることにしたという。
わたしの残り湯の検証実験が終わったら、他の聖女ではどうなのかも検証したいと言っていたが、こんな恥ずかしい実験に協力してくれる聖女はいるのだろうか。
……リヒャルト様は顔が広いみたいだから、結婚して神殿から出た聖女にもツテがあるみたいだけど……。
ちなみに、この検証が終わったらどうなるのかなんて考えたくない。
わたしの出し汁に効果があるのはなんとなく理解できたので、その効果のほどを確認した後リヒャルト様が何を言い出すのかは、想像に難くないからだ。
……どうか、わたしの出し汁が傷薬として売りに出されませんように。
金銭のやり取りがなくても嫌だ。
とにかく実験と検証が終わったら、その事実ごと封印してほしい。
どんよりした気分になったわたしは、ケーキをパクリと食べてふにゃりと頬を緩める。
……ああ、ケーキがもらえれば、羞恥も我慢できるかもとか一瞬でも思っちゃったわたし、残念すぎる。
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