2. 暗黒の森
「暗黒の森」に近づくにつれ、徐々に辺りが暗くなっている気がして空を見上げるも、そこには先程と大して変わらぬ綺麗な茜色の空。
心做しか気温も下がっているように感じるが、きっとこれは森が放つ人智を超えた何かが原因なのだろう。
「あの森は「異能者」によって造られたとも言われているからな。何があったとしても、おかしくはないか」
「異能者」、それは人智を超えた強大な力を持ち、人と虎の姿しか持たない「人間」とは異なる、恐ろしい獣の姿を二つ目に持った、冷酷非情な生き物たち。
羽ばたき一つで山を消し飛ばし、息吹き一つで森を灰に変え、海すら一瞬で凍り付かせる力を持っているという化物。
今でこそほとんどその姿を見かけることはないが、数百年前までは人間の村が襲われることも多く、その被害は甚大なものだったと聞いている。
「実際に「異能者」を見たことはないが、恐ろしい力を持ったモノ達なんだ。この森を奴らが越えてきたら、我が城はひとたまりもないな」
白虎王第三王子の住まいとして与えられている
もしも「異能者」が「暗黒の森」を越えて侵攻してきたら、真っ先に狙われるのは夕去城で間違いないだろう。
国境に近いということもあり、夕去城には国境警備兵が多く配備され、常に外敵からの侵攻に備えているとはいえ、その内情は平和そのもの。
優しく、戦いとは無縁な者たちが多く住まう、ある意味政からも程遠い地方都市。
「彼らを戦に駆り出すなんてこと、あってはならない」
空を見上げれば、そこに広がるのは藍色。
今からどんなに馬を走らせたとしても、「異能者」の領分である夜が来る前に城に帰ることは不可能だろう。
太陽の元に生きる人間である自分も、夜が来てしまえば行動に制限がかかってしまう。
「この森は、確か両国間で争いをしてはならないという取り決めがなされていたはずだ。今すぐ東軍が攻め込んで来るはないだろうし、仮に侵攻準備をしていたとしても、斥候の手掛かりが掴めれば上々。今夜は森で明かすか」
早く帰ると散々言って出かけてきたというのに、「暗黒の森」に近付いた上、朝帰りなどした日には、恐らく東雲だけではなく牙黄丸からも酷く怒られるだろう。
流石に外出禁止になるかもしれないなと、思わず苦笑しながら適当な木の幹に馬を繋ぎ、一つ深呼吸。
生まれてこの方、入ったことも近付いたこともない「暗黒の森」へと、足を踏み入れる。
「っ・・・」
森の中に入った瞬間、襲ってきたのは言いようのない恐怖。
一瞬にして周囲の音が消え去り、まるで世界に自分一人が投げ出されたかのような孤独感が身体中を占めた。
ただただ鬱蒼と木々が生い茂り、恐ろしいまでに沈黙を決め込んでいるこの森は、侵入するモノ全てを拒絶しているかのようで。
無意識の内に抜いた剣を片手に、慎重に足を進める。
本心では一刻も早く森を出て、小言と説教が待っている城に帰りたいと願っているにもかかわらず、何故か引き返すことはおろか、立ち止まることすら許されないような気がするのだ。
この森が放つ、異様なまでの威圧感のせいだろうか。
前に進めと、背後から見えない何かに追い立てられている。
そんな強迫観念にも似た何かに急かされるようにして歩みを進めると、急に今までの暗く不気味な雰囲気が嘘のように、妙に明るく視界の開けた場所に出た。
「ここは、まだ「暗黒の森」なのか?」
先程までとは、まるで違う別世界のような場所。
色とりどりの花々が咲き乱れ、降り注ぐ日の光は温かく柔らかい。
もうあの纏わり付くような嫌な感じも、身体が凍りつくほどの恐怖も一切感じない。
そのことに思わず胸を撫で下ろし、空高くに昇った太陽を見て、我に返る。
「森に入る前、暁では日が落ち始めていた。こんなに太陽が高い位置にあるはずがない」
暁と宵では、昼夜が逆転していると聞いた。
場所的には森の中心辺りなのだろうが、既に国境を越えていたのか。
「早く、戻らないと」
宵の人間と出くわす前に、早く森を出なくては。
そう思って元の道を戻ろうとした時、不意に背後で音がした。
反射的に木の陰に隠れて相手の様子を窺うと、そこにはこちらに背を向けるようにして座り込んでいる人影。
その髪は闇夜よりなお黒い、暁の人間ではあり得ない漆黒だった。
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