島の秘密
1
二人が公民館の広間に着くと、見覚えのあるリュックが無造作に転がっていた。
「あの4チューバーまだ帰って来てないようですね」
人の温もりの気配のない、寒々しい広間に腰を下ろした相田が呟く。
一時間ほど立った頃、植松が弁当を三つ運んで来る。
公民館の横に設置された簡易シャワー室を炉用しようと思っていた相田だったが、空腹を満たすことを優先させた。
色褪せた朱色の四角い弁当箱を開けると、魚の煮つけ、刺身、野菜の煮物に酢の物と色どり鮮やかとは言えなかったが、素朴な田舎の家庭料理は食欲をそそるには十分過ぎる程であった。
四十分後、二人はまだスーツ姿のままであった。食後すぐに先輩お先にどうぞと相田がシャワーを勧めた際に坂上が断わったからだ。
口では女性が先に入りなさいと言っていたが、その佇まいから感じられる緊張感に何か良からぬカンが働いているのかもしれないと思い、いざという時のために自分もそのままで待機することにしたのだった。
事実、相田がシャワーを浴びずスーツ姿のままであっても坂上は何も言わない。
「遅いな」
坂上が不意に呟く。外はすっかり日が暮れて、窓からの景色を眺めようにも何も見えない。
使い古された大きなリュックの持ち主は未だに顔を見せない。
「確かに、何処かで撮影するにしてもこの暗さですからね」
二人がまず思ったのは、どこかで事故にあったのではないか?例えば足を滑らせて海に落下したとかである。
「そういえば猫の集会所、この建物の裏手ですよね」
「らしいな、それが?」
「いえ、ふと思ったんですけど、そこって大きな鍾乳洞って言ってましたよね。例えばそこにうっかり落っこちてしまうような縦穴とかあったとしたら行方不明者は実は…とか?」
事故で海に転落するという想像をしたからこその発想である。
相田は飛躍しすぎた意見を言ったかと後悔したような表情をつくったが、坂上はそれを一蹴しなかった。
「確かにな、可能性がゼロじゃなきゃ調べるのが当然だな」
そう決断すると坂上は立ち上がった。
「今から捜索ですか?」
「ああ、もし相田の言う通りだったら穴の底で助けを待ってるかもしれないだろ」
「あっ」
自分の浅慮さに赤面した相田もすぐに立ち上がる。
集会所の外は文字通り闇夜に覆われていた。
都会の明るさに慣れた二人は夜目が全く効かなかったが、常備しているマグライトの明かりを頼りに闇夜を進む。
暫くすると薄ぼんやりとした灯りがみえてきた。
「灯篭が使われるのなんて初めて見ました」
人間の背丈ほどの石灯篭が二つ洞窟の入口の左右に置かれ、怪しい光を点している。
「わざわざこんなのを設置してるあたり、この鍾乳洞は猫の集会所ってだけじゃなさそうだな?」
もしかしたら何か島の聖域のようなのかもしれないと坂上は思った。
鍾乳洞の中は二人が並んで歩けるほどの高さと幅があり、両サイドには等間隔で小さめの石灯籠が置かれ中を照らしていた。
奥の方から涼風が吹いてくる。
少し先で道が曲がっているので奥の様子は確認できないが、明りの心配はなさそうだった。
二人は慎重に歩を進める。壁になっている岩肌から染み出た水で一歩踏み出すごとにピチャリという音が鳴る。
最初の角を曲がった際に坂本が足元に落ちている”何か”を見つけた。
「うわっ…」
相田が小さく声を漏らす。
落ちていたのはスマホが先端に設置された自撮り棒と第二関節から切断された一本の指。
二人は見覚えがある自撮り棒から、ある人物を連想した。入島以来見かけてない4チューバーの若者。
「…しかし、洞窟の入り口に指が落ちてるなんて、わざとらしいですね」
相田は無表情だったが、微かな怯えが坂上には伝わっていた。
「俺もそう思うよ」
いざとなったら相田だけでも逃がそうと坂上は心に決めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます