2
若者はうって変わって狼狽した。TVドラマと違い制服を着ていない刑事に話しかけられる機会など滅多にはない、本物の警察手帳を見せられ声を掛けられる、普通はそれだけで緊張するものである。
「あ~大丈夫、ちょっと聞きたいだけだから」
若者の緊張を和らげるように笑みを浮かべ、詰問にならないよう気をつけながら質問をする。
「ここへ来たのは仕事か何か?」
「仕事っちゃ仕事かな?4チューブの撮影だし」
「あっそう、じゃあ君は4チューバーか、有名なの」
「いや~まだ始めたばかりだから登録者数三万人位かな」
「へ~始めたばかりで三万人って凄いね、チャンネル名教えてよ」
「えっ刑事さん、4チューブとか観るの?」
「観る観る、何ならTVよりみるよ」
坂上は何気ない会話をリズムよく続けることで、若者の警戒心と緊張をすっかり解いてしまった。
(ああいうのは私には出来ない、見習ったほうが良いんだろうけど…)
まだ巡査の相田は先輩である坂上の捜査法を肌で学んでいる途中だった。
警部補である坂上の威圧感の無さのせいで、自身の緊張感を解いた態度を取ってしまいがちなのだが、今のような声かけ一つとっても遠く及ばないと思わざる負えない。
そんな風に相田が自戒している間に坂上が戻ってきた。
「事件のことは何も知らないみたいだ、有名な猫の集会所を目当てに来たみたいだな」
「それならさっき船内で観ました」
神降島名物猫の集会所。
村の裏手にある大きな鍾乳洞に島の猫が集合している様のことである。そこは一年を通して気温が安定しているので、島の殆どの猫がねぐらにしているらしく、時間のタイミングが合えば何百匹という見渡す限りの猫の群れが見られるという。
相田は船内で神降島を調べている最中、その画像を見つけていた。
「確かに圧巻の景色でした」
「そっか時間があったら俺もみたいな」
名残惜しそうな表情で歩を進める。
20分後、二人は村の集会所に居た。
集会所はこの村にとって市役所のような役割をしており、決め事や月に何回か派遣される医師の診察が行われる。因みに村には宿泊施設がないので、観光客はこの集会所の広間で布団を敷いて雑魚寝するしかない。
聞き込みに来たこの場所は同時に二人の宿泊場所でもあった。勿論先ほどの若者も同室である。
「本土の刑事さんが何の用?」
対応した柿原という男は、純粋に何のことか聞き返したようだった。年齢は恐らく四十代、足元には何匹もの猫が”ミョアミョア”鳴きながら、餌のおねだりをしている。
「宿泊名簿を見せて欲しいんだけど」
「宿泊名簿ってほどのもんでもないけどね」
そう言いながら差し出し出されたのは青い表紙の大学ノート。
坂上はそれを受け取りパラパラとページをめくる、ボールペンで乱雑に書かれてはいるが日付と宿泊者の名はしっかり記入されていた。
「相田」
「はい」
相田が手帳を取り出す。
「去年の九月から川崎恵」
「十一月 横山貞治、木田智也、一月 真田春奈 四月 山谷孝太郎 六月 宝田昭義 楢崎唯奈 三島葵 」
次々と名前を挙げていくと、坂上はページをめくりその名を探しチェックをしていく。
「全員ここに泊ってるな」
「この人達に見覚えはありますか?」
相田は今挙げられたであろう人物達の画像をみせるが、柿原は首をかしげるばかりだった。
「いや~俺はお客が来た時に名前を確認したら、それっきり帰るまで会わないからね。詳しく顔まで覚えてないな」
その声からは何かを隠している音は聞こえない。
「植松さん家のばーさんなら、もしかしたら分かるかもだけど、歳食ってるからな~どうだろう?」
聞けば宿泊者の食事は集会所から五分ほどの距離にある、植松家で作ってるらしい。プラスチックの四角い弁当箱に料理を詰めて、そこの主人である植松のぶが直接集会所に運ぶ。
柿原に礼を言い二人は植松のぶの家へと向った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます