島幻郷
永里 餡
その島
1
群青色のペンキを塗り伸ばしたような空に白灰色の雲が浮かぶ。
少し絵心のついた幼子が空を描いたらこんな風になるであろう、はっきりとしたコントラストである。
海猫がニャアニャアと鳴くなか、一隻の高速船が飛沫を激しく立て海上を疾走し、海面に白いスジを残している。
船内の窓から二人組の男女が景色を眺めていた。
「なんか映画のシーンを切り取ったような光景ですね」
「ほう、そんな感性を持ってるんだな、意外にロマンチストじゃないか」
「いえ、いかにも過ぎて噓っぽい景色だなって、そら寒いというか」
自身の感想に対しての返答に女性が答えた。
窓際の座席に姿勢よく腰かけた女性は、首だけを窓に向けそう答えると、肩甲骨の辺りまで伸ばした黒髪を右手で耳にかける。髪が耳に被さるのが嫌な訳ではなく、そういう癖らしい。
生真面目そうな感情表現の乏しい顔相は、飾り気のない金属フレームの眼鏡とエッジが利き過ぎていない程良く尖った顎のラインも手伝って、おいそれと話しかけられない雰囲気を醸し出していた。
隣の男はそんな彼女のそっけなさに慣れているのか”なるほどね”とだけ呟く。
中肉中背、黒に近い濃紺のスーツに細い線が斜めに走った紺のネクタイ、髪をふんわりと柔らかい七三にしている。隣の女性と比較すると表情にも剣がなく穏やかそうな印象を受ける。
心得のあるものであれば、顔に似合わず筋肉質なのが見て取れるだろう。
「そろそろ着く頃かな?」
男は時折激しく上下する船内にずっと居心地の悪さを感じていたので、期待も込めての発言だった。
「そうですね」
女性がスマホの画面を覗きながら答えた。どうやら何かの情報サイトを閲覧しているようだ。
ほどなくして船は目的地に着いた。
大きさは最も小さいと言われる
島の最西にはシンボル的な山があり、そこからなだらか傾斜を描き島民が住む平地になっているので、全体的みるとハンチング帽のような形をしている。
住民の殆どは漁業を生業としており特に観光に力を注いでいるわけでもないが、界隈では度々話題になっていた。
その理由として挙げられるのが島に住む猫の存在である。百人程度の人間に対して猫の数は数百匹も生息しているという。
理由のほどは定かではないが、とにかく神降島は猫好きの間では有名であった。
「さて、まずは島の役所にでも行ってみるか」
靴の裏を消毒し下船した後、縮こまった筋肉を解放するように伸びをしながら坂上が話しかける。
「そうですね、今日はあまり時間が取れそうもないですし」
それに対して相田が髪を掻き上げながら事務的に答えた。視線は自分達を取り囲むように群れる猫に向けられている。
都会の雑踏を思い起こすほどの猫の数。その程んどはよく見る和猫の雑種のようであった。
「猫の島ですね、ほんと」
これだけの猫をみても相田の態度は変わらない。終いには”ミャン、ミャン”と少し変わった鳴き声をする猫をみて。
「変な鳴き声」
と眉間に皴をよせる。
「俺は猫好きだから、結構楽しみにしてたんだよな。見渡す限り猫の群れ、たまんないなぁ」
一方で、坂上はしゃがみ込み雉虎の顎を撫で目尻を下げていた。既に周りは猫だらけになっていた。
「時間がないって言いましたよね」
坂上達が神降島に着いたのは十三時半、他に時間帯に着く便はなくこの一本のみである。加えて三日に一本しか航行しないので、観光客も訪れ難かった。
「その前に」
そういうと坂上は目の前を歩く若者に向かっていく。
「お兄さん、ちょっとイイかな?」
やけに慣れた調子で声を掛ける。
「えっ?いいけど何?」
若者は眉間に少しばかりの谷間を作って返事をした。右手に持った自撮り棒に設置してあるスマホは録画中になっているので、取り込み中だったのだろう。
年季の入った大き目のリュックにウエストポーチ、黄緑のキャップを被り白のポロシャツを着ている。
「ごめんね。俺達こういうもんなんだけど」
坂上が上着の内ポケットから黒い手帳を取り出す。
「えっ警察?何?」
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