開闢(かいびゃく)の思い(1)

「いや…」と云ってトイレに行きたいのだがもう漏れそうだ。私は尿瓶を布団の中に入れてあてがい用を足した。そんな行為に呆れ顔の看護婦だったが尿瓶を始末したあとで戻って来、体温計を私の脇の下にあてがい、手首を取って脈を取った。

「うん。体温も平熱で脈も正常です。このあと先生が往診に来ますからね。このまま起きててくださいね。じゃちょっと…」と断ってから濡れたタオルで私の顔やら手やらを清拭してくれる。私は「あの、不整脈があるでしょ?」と抗議したかったが止めておく。聴診器でなければ恐らく判らないのだろうと思ったからだ。それよりこういう若い女性と口を利いたり況や身体に触れてもらえるなどということは、若い女性どころか、普段殆ど誰とも没交渉な私であったからまさに稀有のことである。10年ほど前にクズどもによる苛みが嵩じた結果ガンとなり、長期入院したと前述したがその時以来のことだろう。今回は文字通り怪我の功名なのだが(自嘲)…まあそれは冗談として、瞠目すべきはあの栄子とビアクという、何やらA子とB子を彷彿とさせるような女性たちと出会うことが出来たということだ。それで…ここで自問したいのは『これは、今回のこの一連の出来事は、果して偶然なのだろうか?』ということである。先程の悪夢中における魔王アスラ―の「殺すぞ!」なる脅しと云い、古希間近となって人生の終末に至った私にとっては、これは恐らく…現実における最終的な〝証し〟を求められているのではないだろうか?今から20年前、車上生活に追い込まれた際に見た、決して忘れることのできないあの夢!そこに現れた大天使から私は「そなた田中茂平はこのあと生涯をかけて我への証しをせよ。A子を敬いB子を慈しめ。魔は滅びしにあらず、疾く戻り来む。田中茂平、いざ、汝(な)が本懐を為せ!」と告げられたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る