身の上話は勘弁してくれ
だいぶ私のつまらない身の上のことで寄り道が過ぎたようだ。山倉の問いに答えねばならない。車は白髭橋西詰の交差点にかかろうとしていた。
「いやあ、山倉さんの出世話聞かされたあとじゃあ答え憎いなあ、ハハハ」
「おいおいけっか、止せよ茂平氏。俺は出世なんかしちゃいないよ。ご覧の通りただの雲助だ。だいたいさ、川崎からなんで南千住くんだりまで出張って来たのよ。え?」
もっともな疑問だったろう。往時以後の経歴をまともに述べれば優に1時間はかかる。私はいとも簡単にリプライした。
「うん、それはさ、この近くの運送会社に住込みで入ったあと近くに安アパートを借りてさ、そこに今も住んでいるのよ。もう1年になるかな…」
「へえー、で、今もその運送会社で働いている分け?」
「いや、半年前で止めた。今は無職…ところがそこに来てこのコロナ騒ぎだろう。年だし、てんで仕事が見つからなくって、ハハハ」
「ほんとかや。なんかやばそうな感じじゃんよ。大丈夫なのかい?生活の方…」
聞くまでもなくハナの始めっからこの私の風体を見れば、彼には私の今の境遇が容易に察しがついただろう。普通のタクシーの運転手だったら挙手されても敬遠するに決まってる筈だ。それに今さらながら思うのは、よく20年も前の同僚に気づいたものである。本当は生活保護申請をするような身上を伝えねば納得されないのだがさすがに憚られるし、結局私はさきほど同様適当に逃げを打つしかなかった。ここで切々と身の逼迫を述べれば、役所で引導を渡された時にせっかく踏ん切りをつけた心がまた萎えてしまいそうな気もしたからである。車は白髭橋西詰の交差点に差しかかっていた。
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