47.疑心の種

 ───宿屋に戻ってきた。何時も通りサーシャのお酒に付き合わされたが、今回は早めに切り上げる事が出来た。

 戻ってきたのはいいがどうやら仲間は帰って来てないようだ。セシルが先に帰ったかと思ったがどうやら教会の方に向かったらしい。

 トラさんを探しに行ってもいいが宿屋で待っていた方が確実に会えるだろう。宿屋の店主に声をかけてから借りている部屋へと戻る。

 普段借りる部屋より広いのはこの部屋が2人用だからだ。同性という事でセシルと同じ部屋を使っている。少しばかり料金が安いのもあるが、セシルが強く望んだからだ。


 彼、いや彼女と呼んだ方がいいか。前世でいう性同一性障害と言うやつだろうか? それについてどうこう言うつもりはないが、彼女の性自認が女性なら相部屋ではなくそれぞれの部屋を取った方がいいかも知れないな。

 万が一があったらいけない。

 デュランダルを机の上に置いて、部屋に備え付けの椅子にもたれ掛かる。どっと疲れが襲ってきた。


「大丈夫ですかマスター?」


 デュランダルの心配そうな声だ。ここ最近は常にセシルが近くにいるのでデュランダルと話す時間がない。たまに席を外している時に少しだけ話すだけだ。


「体調は大丈夫だ。少し考える事があってな」

「前のマスターの手紙の件ですか?」

「そうだな」


 こうして1人になると考えてしまう事がある。タケシさんが残した手紙の内容だ。

 ───『ミラベルを信じるな』

 どういう意図で転生者に残したのだろうか? タケシさんが残した以上何かしら意味があるだろう。言葉の通りに受け止めるなら、ミラベルを信じてはいけないという事だ。

 タケシさんとミラベルの間で何かあったのか? いや、2人だけの問題ではない気がする。シルヴィの言葉が頭を過る。


『悔いがないように生きる事だ。そなたたち転生者はみな、壮絶な死を遂げておる。己の運命に逆らうのであれば信じるものを違えてはならぬ』


 彼女の言葉が本当ならこの世界の転生者はみな壮絶な人生を歩んでいる事になる。俺が知っているだけで4人。シルヴィの話からもっと多くの転生者がこの世界に来ているのは分かる。そこにミラベルが関わっていないとは言いきれない。


 タケシさんと、初代魔王はミラベルと繋がりがはっきりとある。それは事実だ。四天王の『校長』のコバヤシも転生者である事はシルヴィが語っていた。彼も関わりがあったのか? コバヤシは初代魔王の四天王だった筈だ。無関係では無いだろう。


 だが、初代魔王関係は昔過ぎて情報が殆ど残っていなかった。デュランダルが言うようにテルマにでも行かないと分からないかも知れない。だが、タケシさんと5代目勇者ハロルドはまだ歴史としては浅い。クレマトラスの滞在中に2人について調べると情報は出てきた。


 勇者ハロルド。彼は5代目魔王を封印した後直ぐに亡くなっている。死因はハッキリと書かれていなかったが毒殺の可能性が高いだろう。

 5代目勇者パーティーは魔王との戦いでハロルド以外が全員死んでいた。その中にアルカディア王国の第2王子もいる。

 報告にきたハロルドにアルカディア王国の王が激怒したと書いてあった。傍に控える大臣が宥めたお陰で大事にはならなかったようだ。

 それでもハロルドに恩賞もろくに出さなかった事が記されていたので、王の怒りの大きさが分かる。

 ハロルドが亡くなったのは幼なじみだった妻との間に子供が出来て直ぐだ。まだ若く健康だった事も記されていた。目立った外傷もなかったらしい。この事からアルカディア王国に毒殺されたのだろうと推測できた。

 勇者の血筋は残さないといけない。それでも王の怒りが治まらなかった。そんな所か。


 タケシさんについても調べると直ぐに分かった。彼の場合はクレマトラスの英雄だ。ハロルド以上に情報が多くあった。

 図書館の館長に尋ねれば彼の口からも沢山教えて貰えた。ただタケシさんの死については、あまり話したがらない。

 この本を見たら分かりますと1冊の本を渡された。タケシさんの活躍や生涯について書かれた本だった。内容の方はデュランダルが語るタケシさんと殆ど相違がない。

 女性にだらしなかった事も本には書いてあって思わず笑ってしまった。そして俺が気になったのはデュランダルがレグ遺跡に刺さってからのタケシさんだ。


 勇者パーティーの魔法使いの頼みでタケシさんはデュランダルを手放した。その為、その後のタケシさんを俺もデュランダルは知らない。

 女性関係でトラブルを起こしていた事。デュランダルを手放した事で昔ほど活躍出来なかった事。

 そしてページの最後の方で彼が公開処刑された事が記されていた。


 罪状は王族を傷付けた傷害罪。弁明すら許されずその場で取り押さえられ、数日の投獄の後にエルフの民衆が見守る中で処刑された。

 異様な雰囲気だったと記されていた。公開処刑であるにも関わらず民衆が近くに寄ることを許さなかったらしい。例え許していても誰も近寄らなかっただろうと作者の感想が書いてあった。タケシさんが処刑されるまでの間、テルマの第一王女であるメリル王女が笑っていたらしい。民衆が凍りつく程の狂ったような笑い声だったと。

 処刑が実行され、首だけとなったタケシさんをメリル王女が大切そうに抱いて王宮に戻って行った。この処刑は王女メリルの心をタケシさんが弄んだ故に起きたものだと最後に締め括っていた。

 その後、タケシさんの処刑を聞いたクレマトラスとテルマの間で小競り合いが起きたらしい。

 アルカディア王国が仲介に入る事で大事にはならなかったが、戦争の一歩手前までいっていたようだ。それだけクレマトラスの英雄に行った事を許せなかったようだ。


 デュランダルもまたタケシさんの死の経緯を聞いて絶句していた。彼女の口から零れた言葉が印象的だった。

 ───『必ず約束を守ろう。安らかに逝けタケシ』


 普段の口調ではなかった。前のマスターとも呼んでいなかった。これがデュランダルの素の口調なのかと?

 その後話しかけたら何時ものデュランダルだった。まるで夢か何かを見ているような気分になった。


 分かったのは2人だけだが、間違いなく穏やかな一生ではない。シルヴィの発言の信憑性が高くなった。他の転生者も同じ可能性があるだろうか? 調べれば出てくる気がする。

 その時、俺はミラベルについて考えないといけないだろう。どれだけの転生者と彼女が関わっているか分からない。転生者全てが壮絶な死を遂げているのだとすれば、それは何かしらの原因がある。


 ───『ミラベルを信じるな』


 重たい言葉だ。タケシさんがわざわざシルヴィに託してまで残した手紙。

 ならば彼が残した情報にミラベルの事も記されている可能性がある。俺は知る必要がある。知らないといけないだろう。

 そうしないと俺は誰を信じたらいいか分からなくなってしまう。

 ミラベルの顔が浮かぶ。俺が困った時には必ず相談に乗ってくれた。剣術を鍛えていた際に伸び悩んでいた俺にアドバイスをしてくれたのもミラベルだ。

 魔力の扱い方も教えてくれた。彼女のアドバイスのお陰でトラさんに教わった魔力の使い方をマスターできた。

 俺が強くなる事が出来たのは誰のお陰だ? 全部ミラベルのお陰だ。


 ───『ミラベルを信じるな』


 苦い。口の中にお酒が残っていただろうか?

 とても口の中が苦かった。疑うのは嫌いだ。人は支え合って生きていく生き物だ。疑ってしまえば支える事すら躊躇してしまう。

 仲間の中に魔王がいる。誰にも相談出来ない。ミラベル以外には。


 ───『ミラベルを信じるな』


 信じるものが揺らいでいる。

 苦い。とても苦い。心がぐちゃぐちゃになってる感じだ。疑いの目で彼女を見れば何か変わるのだろうか? タケシさんが残してくれた情報を見れば俺は吹っ切れる事が出来るのだろうか?

 ミラベルの笑顔が脳裏に浮かぶ。困った事があったら彼女に相談していた。だが、この事はミラベルに相談は出来ない。


 ───『ミラベルを信じるな』


 タケシさん。貴方が残した言葉で俺はこの世界で何を信じていいか分からなくなってます。

 誰に心を許したらいい? 仲間か? 魔王かも知れないのに?

 相棒であるデュランダルか? 彼女なら信じてもいいだろう。だが、魔王の読心がある。デュランダルに読心は効くのだろうか。分からない。


 ───『ミラベルを信じるな』


 頭の中で何度も繰り返される言葉に嫌気がする。俺が無心で信じられたものはなんだ?

 ミラベル以外で俺が信じる事ができたもの。


「リゼットさん…」


 思わず漏れた声に堪らず唇を噛む。そうだ。もう居ないのだ。俺が無心で信じる事が出来る家族は既に…。


「呼んだ、カイル?」


 背後からかけられた懐かしい声に体が硬直する。心が騒いでいる。頭の中の記憶が否定する。それでも確かめないといけない。


 振り返れば彼女はいた。昔の記憶と相違ない姿。この世界で俺がなくしてしまったもの。


「元気そうで良かったよカイル」



 ───俺の育ての親。家族リゼットさんの姿がそこにあった。

 

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