17.ベリエルという魔族
───ベリエルという男は
彼と出会うまでに幾度か魔族と死闘を繰り広げているが、どの魔族も人間に対する嫌悪や憎悪が垣間見えた。
彼らの闘いの歴史を見ればそれは当然と言えるが、当時は何も知らず闘っていたものだ。
多くは過去の仕打ちで人間やエルフに対し激しい憎悪を抱いている。奴隷から解放される為に立ち上がればそれを抑圧しようと人間やエルフが立ちはだかった。
衝突は避けられなかった。
その闘いは今に至るまで長い時を経ても続いている。
魔王を倒せばこの闘いは終わるのか? 正直に言って終わらないだろう。
魔族が滅びるか、
だからこそベリエルのような魔族は稀だ。
憎い存在でしかない筈の人間を彼は愛していた。
初めて会った時は彼が魔族だと知らなかった。
宿屋の主人をしていた彼は旅人との相手にも慣れており、その人当たりの良い笑みを浮かべて接客していたものだ。
───妻を愛する
料理を作る彼と話をしていれば、自分が変われたのは妻のお陰だと彼は語っていた。
どれだけ妻が美しいか、どれほど妻が可憐か長々と語る彼を見て良くもまぁ出てくるものだと思ったものだ。
彼女は聖女のようだ。いや!天から舞い降りた天女に違いない!料理をする手を止め、両手を大きく広げて仰々しく語るベリエル。
正直お腹が空いていたので早く料理を作ってくと思った。結局その後10分ほど彼の話は続いた。
まだまだ語り足りないというベリエルを止めてくれたのは彼の妻、『アイリス』だ。
お客さんに何してるのと、プンプン怒る彼女に謝りながらもベリエルはどこか嬉しそうだった。どれだけ
───子供を愛する
翌日、同じように料理を作る彼と話していて、しまった!と思った時には遅かった。
どれだけ子供が可愛いか、どれほど子供が愛おしいか止まらないマシンガンの様に長々と語るベリエルに今日も料理は遅くなるなと悟ったものだ。
それでも嫌な気はしなかった。
世界が魔族の脅威に怯え、笑顔がなくなっていく中で彼のように幸せそうな人を見るのが何よりの救いだった。
悲劇を救う為に、笑顔を守る為の勇者パーティーだ。
昨日と同じように、お客さんに何をしているのと怒るアイリスとだらしなく顔を崩すベリエル。そんな光景を見てこの幸せを守らないといけないと誓った。
───悲劇が起きたのはそれから2週間後の事だ。
早朝の朝早くから騒ぐベリエルの声に心配して声をかければ、アイリスと子供の姿がないと探し回っていた。
3人で一緒に仲良く寝ていたそうだ。1番早く起きたベリエルが顔を洗いに少し離れた間に事件は起きたらしい。
彼が部屋に戻れば窓が開いており、ベッドにいる筈のアイリスと子供の姿がなかった。
何かが起きていると、瞬時に理解し必死に宿の周りを探していたらしい。
誘拐された可能性が高い。
俺とベリエルの認識が一致した。まだ近くにいる可能性が高い、町を探そう。ベリエルが慌てて宿を出て行った後にまだ寝ていた仲間に声をかけ、ベリエルの家族を探す事にした。
教会に一人滞在していたノエルにも事情を説明して、一緒に探してくれないかとお願いをした。
『なんで僕が人間なんかの為に』とブツブツ言ってはいたが、なんだかんだ協力してくれるらしい。
俺たち勇者パーティーの6人とベリエルの7人で町全体を探し回った。それほど大きな町ではない。この人数で探せば足取りくらいは見つかる筈、しかし探せど探せど見つからない。
時刻が昼を過ぎた頃に、ベリエルを除く俺たちで情報の共有をしていた時に話しかけてくる男がいた。
その男はベリエルが町の外れで待っていると教えてくれた。何でもアイリスの手がかりを見つけたと。
ノエルが少し不審に思っていたが、一先ずベリエルに会うこと決め町の外れへと向かえば暗い表情をしたベリエルの姿があった。
あまり良い情報ではないのだろう。彼の表情から察する事が出来た。
何か分かったのかと聞こうとする前にベリエルが叫んだ。
「すまない、俺の家族の為に死んでくれ!」
理解するのに数秒を要した。どういう事だと疑問を投げかける暇すらなかった。
ベリエルが俺たちに向かって『闇』属性の魔法を放ってきたのだ。
驚きはした。それでも皆が冷静に魔法を回避する。
こちらを睨むベリエルを見て彼が魔族だと瞬時に理解し、仲間たちが戦闘態勢へと入った。
───ベリエルとクロヴィカス、彼ら二人は
この事は後になって分かった事だ。
魔王が反逆の為に立ち上がった時から彼ら二人は人間やエルフと闘ってきた。
『片翼』のクロヴィカス、『
二人は幾多の戦場を共にし、命を預けあった親友とも呼べる関係だった。
今から300年程前に当時の勇者によって魔王が封印された事で魔族は潜む事を選択し、その時に二人は別れた。
次に動く時までにどちらか片方が亡くなっている事はないと。互いの実力を信頼し合い、来るべき時を待とうと別れた。
そして
共に闘おうとクロヴィカスがベリエルの元に訪れた時、彼が見たのは変わり果てたベリエルだった。
人間を憎み、共に魔族の世界を作ろうと戦っていたベリエルは人間の女を妻にし子供まで作っていた。彼が見たのはかつての
クロヴィカスはベリエルを許せなかったのだろう。
それ以上にベリエルを変えた人間を許せなかった。
だからクロヴィカスは彼の家族を誘拐し、魔族として闘えと迫った。家族の命を救いたいのなら
ベリエルは苦悩した。人間と魔族との間に揺れた。人間は憎い存在だ。許すことの出来ない存在だ。
だがアイリスと出会い、彼は愛を知り変わった。人間は今でも好ましくない。それでもアイリスと触れ合い共に生活する中で人間に対しての憎悪が無くなっていた。
人間の中にも良い人はいる。親友のように笑い合える者がいる事を家族と過ごす日々で知った。
何より
そしてベリエルは
ベリエルは強かった。今まで闘ってきたどの魔族よりも。もし、ベリエルが昔のように無慈悲に闘っていれば俺たちは負けていた可能性もあった。
けど、そうはならなかった。
彼の中に迷いがなければ勝てなかったかも知れない。ベリエルは迷ってしまった。
クロヴィカスを疑ってしまった。
例え
そして、何よりもアイリスと過ごした日々が彼を弱くした。
彼は人間を知りすぎた。人間に対して情を抱くようになってしまった。宿屋で共に談笑した事を思い出した。必死になってアイリスを探した俺たちを見てしまった。
彼の攻撃に躊躇が生まれた。
それが彼の優し過ぎる故の敗因だった。
ベリエルの命は取れなかった。俺たちもまた彼に対して情を向けてしまったから。
彼の攻撃に躊躇いがあるのに気付いてしまったから。
傷付き倒れ、それでもこちらに向かってくる彼が闘う理由を察してしまったから。
普段なら文句を言うであろうノエルもベリエルを治療する事を拒否しなかった。
それでもまた、挑んでくる可能性があったから彼が死なない程度に回復した。
その事に驚いたベリエルが泣きながら俺たちに事情を話してくれた。
彼の代わりに家族を救おう。
そう奮起して行動に移したが、既に手遅れだった。
クロヴィカスは最初からベリエルを信じていなかった。変わり果てた
だから、彼の最も大事なものを壊した。
惨たらしく殺された死体は人の形をしていなかった。
子供の頭はネジ切られ、両手足は切断されて積み木のように積み重なっている。その体は玩具のように弄ばれていた。
アイリスの体は綺麗に縦に両断され、それぞれを違う椅子に座らせていた。その体から流れた血が椅子を赤黒く染め上げた。
壁に血で書いた赤い文字があった。
『魔族に栄光あれ』。
───その光景にベリエルの心は壊れた。心が耐えきれなかった。彼の慟哭を見ていられなかった。
彼は家族の後を追うように自害した。
彼の無念を晴らそう。せめて俺たちの手で。
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