16.魔族の情報
とりあえず手に持つ藁人形は見なかった事にしよう。
「この町に来てからノエルとは別行動だったろ?ノエルが元気か気になってな」
「見ての通り僕は元気さ。君に心配されるまでもないよ」
フンッと鼻を鳴らしそっぽを向くノエル。僅かに見える耳が赤く染まりピクピクと動いている。
デュランダルの言葉を借りるなら彼女はツンデレエルフらしい。どうにも素直ではない。
「それでもノエルが元気そうで良かったよ。安心した」
そう言って笑いかければ彼女は同じように鼻で笑うだけだが、耳はピクピクと動いている。何とも分かりやすい。
昔の彼女と違って今のノエルは耳や態度に出るから分かりやすい。さて、挨拶も済んだし気になる事を聞いてもいいだろうか。
「ところでノエル1つ聞いていいか?」
「僕に質問かい?有意義なものである事を願うよ」
彼女は見当つかない様子だ。
俺からすれば気になって仕方ないが、ノエルにとってはそうでもないらしい。
「なぁノエル、その手に持っている物は何だ?」
尋ねればノエルが小さく鼻を鳴らした。
「凡人の君に理解出来るとは思えないけどね。
「
「そうさ。ただの
どう見ても藁人形だ。
「
「それは僕の勝手だろ?」
「いや、それはそうだが。少し気になってな」
「まぁいいよ。さっき言ったように
少しばかり気に入らない雌猫がいてね」
「雌猫?」
「そうさ、僕のモノに手を出した泥棒猫さ」
目がつり上がってる。明らかに怒っている様子だ。俺に対してではないと思うが、あまり追求しない方がいいだろう。猫か。猫に何か盗られたのか?ご飯とか?
あまり触れるのは不味い気がする。話題を変えよう。
「そうか。呪いについては浅学だから聞いても分からないだろうな」
「最初に言ったろ。君には理解出来ないって」
「それでも俺に教えてくれたんだろ。ありがとうノエル」
「まぁ、いいよ。礼を受け取ってあげるさ。
僕も聞きたい事があるから聞くよ」
あ、こちらの返事は関係なしか。
聞くから応えろって事ですね、分かります。
「これまで7日町に滞在してるけど、何か有益な情報は手に入れたかい?」
「そうだな、正直に言おう。探している情報はまだ手に入っていない」
喋ってはいけない情報という意味なら幾つか入手した。どれもこれも胃に痛い情報だ。
仲間の一人が王族と魔族のハーフとか、仲間に魔王が混じっているとか、トラさんが女性だったとか。
いや、トラさんは別に喋っても問題ないか。
一応俺の中では進展はあった。魔王の居場所が分かったのだ。誰かは分からないが。
それでも言えないので、正直に言おう。進捗0です。呆れたようにノエルがため息を吐いた。
「君でそれなら他の奴らも同じだろうね」
俺の事を評価しているのか貶しているのかよく分からん。ただ、ノエルのお眼鏡に叶わなかったのは確かだ。
さて、何か挽回出来るような情報はあっただろうか? 思考を巡らす。
初日に宿屋にいた男が言っていた事を思い出す。だが言い方は悪いがただの酔っ払いが口にしていた事だ。それでも何もないよりはマシか。
「いや、1つだけあった。けど情報の発信源が発信源だけに質の方に問題があってな」
「ん?構わないよ話してごらん。
それが有益かどうかは僕が判断するさ。凡人の君より遥かに的確にね」
「分かったよ」
それもそうか。判別はノエルに任せればいい。俺も酔っ払いの情報だから期待はしていない。
「俺が聞いたのは宿屋の客だ。酒を飲みながら話していたから、それが嘘か本当かは分からない」
「前置きはいいよ。時間の無駄さ」
「悪い。そいつが言うには『デケー山脈』の麓の森で魔族の姿を見かけたらしい。
竜とハーフのような特徴的な見た目をしていたから、お伽話に出てくる四天王に違いないと」
どうだ、いい情報だったろ? ガハハハとその後1杯奢らされた。
だいぶ飲んでいたらしく足元がふらふらになりながら、1階の借りた部屋に向かっていたのでこの情報を信じていいのか分からなかった。
もしかしたら、この情報が正しくて有益な可能性も……、なさそうですね。ありがとうございます。
眉間に眉を寄せ明らかに不機嫌なノエルに、言うんじゃなかったと後悔した。
「有益か無益かで判断してあげるよ。
無益だよ。正直ゴミと言っていい」
「あ、はい」
「自分で言ってて分かってると思うけどデケー山脈は僕たちの国『テルマ』の国境沿いにあるんだ。
そういった情報は君たちよりも早く正確に教会の方に届いているんだよ」
「そうですねー」
「時間の無駄だからもう言わないよ」
つまり、そんな情報は教会に上がっていない。
所詮、酔っ払いのホラ話という事だ。
ノエルが言うようにデケー山脈はテルマの国境沿いに位置する。防衛を考えればその周辺の諜報に力を入れているのは仕方ないだろう。
今のエルフの敵は魔族ではあるが、人間達とも小競り合いを何度かしている。完全な味方という訳ではない。
教会の大多数はエルフだ。そしてノエルはその教会の中でも大司祭と呼ばれる地位に着く重役である。
そんな彼女に届けられる情報は酔っ払いの話などより遥かに正確だ。俺の情報は彼女が言うように無益な情報だったらしい。
───補足として話しておこう。
教会の階級は7つに分かれている。『法皇』『大司教』『大司祭』『司教』『司祭』『助祭』『神官』。
ノエルは上から数えて3つ目の大司祭。普通にお偉いさんである。何でこの旅に参加したんだと疑問に思う。
朝方エルド伯爵についてデュランダルと話していたからだろう。あの時は急な事態と、胃痛で考える余裕がなかったがよくよく考えたら、普通に国際問題じゃないか?
アルカディア王国の貴族を大司祭の地位に着くエルフがぶっ飛ばした。十分有り得る。
教会だけじゃなくてエルフの国『テルマ』ともドンパチやる事になるかも知れない。
大きな騒ぎになる事を嫌ったエルド伯爵が、彼が譲る事で場を治めたのか。エルド伯爵の顔が浮かぶ。
いや、
教会に1つだけ言いたい。
いや、ノエルが優秀なのは分かる。
しかし人間嫌いが全面に出過ぎて何かと問題となっているのも事実だ。
もう一度言いたい。大丈夫ですか?
「カイル、何か僕に対して失礼な事を考えなかったかい?」
「イエ、ソンナコト考エテイナイデス」
「何で片言?
これだから凡人は」
はぁとノエルがため息を吐く。何時もの光景である。なんというか慣れてしまった。
「それで、ノエルの方は何か情報を掴んだのか?」
「君たちと僕とでは出来が違うからね
当然掴んでいるさ」
ドヤ顔である。渾身のドヤ顔である。
イラッとしてしまったのは許して欲しい。そして許してやって欲しい。彼女は昔からこうだ。
自信満々で余裕に溢れている。自分より劣る者を見下す気質がある。正直にいって良い人ではない。
けど仲間の事を思いやるくらいの善良さはある。たまにミスをしてパニックになり、泣きそうな顔は非常に可愛い。
とはいえ、どうやら彼女はしっかりと情報を掴んだらしい。
「とある魔族の居場所を掴んだよ」
「魔族?」
「クロヴィカスだよ」
ノエルの口から出た名前に、ふつりと沸き立つものを感じる。
僅かな怒りだ。激情ではない。それでも俺自身が分かるくらいには怒りが込み上げてきている。
───『片翼』のクロヴィカス。
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