14.魔王の狙い

 少しの会話の後、トラさんは湯浴みをすると言って部屋を出ていった。

 シーツを巻いただけの状態で行こうとしたので、流石に止めたし服を置いていかれても困るので着て貰った。


 1人でポツンと佇んでいると、床に倒れていたデュランダルがカタカタと震えた。


「ゆうべはお楽しみでしたね」

「どこでそういう情報を仕入れてくるんだ」

「前のマスターですね」


 ───タケシ!


 今のデュランダルの発言からすると、しっかりと俺とトラさんの情事を見ていた訳だ。

 どこに目があるか分からないが。


「でも、良かったんじゃないですか?」

「どういう事だ?」


 デュランダルの発言の意味が良く分からず、問いかける。

 良かった? トラさんに好意を向けられた事か?


「トラさんが言っていたじゃないですか。

これからはマスターにだけ好意を向けると。

それが本当なら、トラさんが猥褻な行いをしたりして捕まる事はなくなりますよ。良かったですね」

「そういう事か」


 確かにトラさんが捕まる事が無くなるのなら、俺にとって1つ胃痛の種が消える事を意味する。

 パーティーの中でも1番捕まった事が多いから尚更だ。


 良い事ではあるが、こうも真正面から好意を伝えられると気恥ずかしい部分がある。

 悪い気はしないがどう答えたらいいか分からないのが本音だ。

 あと、ダルの反応が怖い。2日前のやり取りから彼女が俺に対して好意を持ってくれているのが分かった。そんな彼女にトラさんと肉体関係を持った事が知れたらどんな反応をするだろう?

 想像するだけで恐ろしい。俺の事を嫌いになるだけならまぁ良し。傷付くしショックではあるが大きな問題にはならないから良し。

 痴情のもつれに発展してパーティー間の関係が崩れるのが最悪のパターン。

 この場合だと俺とトラさんとダルの関係が悪化する。勇者パーティーの丁度半数だ。間違いなくパーティーとして機能しなくなる。


「デュランダル」

「どうしました?」

「ダルに正直に言った方がいいだろうか?」

「やめておいた方がいいと思いますよ。間違いなくショックを受けると思いますし、その場合彼女がどういった行動をするか想像もつきます。

何よりダルさんと付き合っている訳ではないでしょう? 」

「付き合ってはいないな。ダルともトラさんとも」

「ダルさんが勘づいた時で良いと思いますよ。その時ならある程度察しているのでショックは小さいと思いますし。

タイミングが重要なので、ダルさんが勘づいてる様子なら早めに行動してくださいね。遅すぎたら取り返しがつかなくなりますよ」

「分かった、気を付けるよ。それにしても随分とこういった対応に詳しいな」

「前のマスターも似たような事がありましたので」


 ───タケシ!


 なんだ、タケシさんもモテてるじゃないか。デュランダルが酷評していたから変なイメージがあったぞ。

 性格は悪くないと言っていたから、内面をしっかり見えくれる人に出会えたのかな?


「前のマスターの場合、女同士の取っ組み合いの大喧嘩になりましたし、前のマスターもお腹を刺されるような修羅場になったのでマスターもそうならないように気を付けてください」


 ───タケシ!


「分かった。気を付ける」


 いや、本当に気を付けよう。仲間に刺されて死ぬなんて絶対に嫌だ。痴情のもつれなら尚更。

 ただでさえパーティーに魔王が混ざっていて、俺だけでなく仲間も殺される可能性があるのだ。修羅場に紛れて仲間や俺が殺される事態は避けたい。


 今現在も誰が魔王か探している最中ではあるが、正直難航している。

 元々の仲間に対する好感度もあるし、疑う事に慣れてないからだろう。せめてわかりやすいヒントがあれば良いのだが…。


 個人的な見解だが、魔王は随分と慎重だ。

 これまでの旅の事を考えたら魔王が動ける機会は何度もあった。魔族や魔物の仕業として仲間を殺せる場面もあった筈だ。

 それでも動いていない。いや、動けない事情があるのか?

 そうなるとタイミングを待っている事になる。


 魔王が動かない事情は何があるだろうか?

 戦力的な問題? 個人の強さなら1対1で魔王に勝てる者はいないというのがミラベルの意見だ。

 それに加えて仲間が油断している時の暗殺なら容易く行えるだろう。それでも行わないという事はやはり、魔王はタイミングを図っている。


 魔王が狙っているのは恐らく戦略的な勝利だ。

 勇者パーティーを殺す、あるいは崩壊させるだけなら魔王にとって容易いことだろう。

 だが魔王にとっての敵は俺たちだけではない。

 魔族以外の種族全てが敵になる。俺たちを殺すだけでは所詮戦術的な勝利でしかなく、大部分は何も変わらない。


 言い方は悪いが俺たちが死んだ所で、世界が大きく変わる事はないだろう。

 混乱はするだろうが、俺たち以外の戦力がない訳ではないのだ。アルカディアの王様は自分がバリバリに闘える武闘派でもあるし。

 ジャングル大帝の住人はただの一般人すら闘える戦士だ。

 俺たちはその中でも優れた者として選ばれただけだ。正直、代えはいるだろう。


 その事は魔王自身も分かっている筈だ。

 だからこそタイミングを図っている。

 魔王が狙っているのは最も重要な場面での裏切り。取り返しのつかない程の大きな敗北を与えるチャンスを狙っている。

 大局を動かすほどの事態がいずれ起こると見ているのだろう。

 俺がするべき事はそれが起きるまでに魔王の証拠を見つけ、魔王を倒す事だ。


「デュランダル」

「何ですか?」

「世界が揺らぐ程の事態なんて想像出来るか?」

「そうですね幾つかありますよ」


 あらかじめそういった場面がどういったものか分かっていれば警戒しやすいとデュランダルに尋ねてみれば、回答は浮かぶらしい。

 流石デュランダル先生だ。


「どういった場面だ?」

「まず一つはエルフの国が守護している世界樹が枯れる、あるいは破壊される場合ですね。

世界全ての魔力や生命に関わる事なので取り返しのつかない事態になりますよ」

「世界樹か」


 その場合は魔族にも影響が出る筈だ。

 世界の全てを道連れにするつもりでなければまず出来ない。


「2つ目は教会の信仰する神が殺される場合ですね」

「神を殺す事なんて出来るのか?今は下界にいないものとされているし、そもそも出会えるのか?」

「神の住まう天界と呼ばれる場所に行く手段は一応あるんですよね。それには神による招待が必要なので、まず有り得ませんが」

「なるほど、神が自ら招待するようなら天界に行けるし神に出会えるのか」

「そうなります。教会の信仰する神が殺されるような事態になれば世界中に混乱が広がると思います。

世界で1番信仰されていますからね。教会に仕える神官達は揺れるし、王族の中にも信心深い者もいますから大騒ぎですよ」


 まず神に招待して貰う必要があるから、これは実質不可能じゃないか?

 勇者パーティーとはいえ、神から見れば少し力のある人間たちの集団でしかない。わざわざ天界まで招き寄せるとは思えない。


「後は、そうですね

神が封印したとされる3つの災厄が目覚めた時でしょうか?」

「3つの厄災?そんなもの聞いた事もないが」

「教会に仕える神官達なら知っていると思います。教会の教えにも出てくる禁じられた災厄。約束された滅びとも言われています。」


 急に不穏になってきた。

 そんなものが本当に存在するなら、大変な事になるんじゃないか?


「心配しなくても大丈夫ですよマスター。

厄災を封じた封印は神の生命と連動しているそうです。だからこそ強力であり、封印の期限も解く方法もない。

神が死ぬような事態にならない限りは目覚める事はありません」

「神が死ぬような事態になれば、それこそ世界は終わりだな」

「そんな事はまずないでしょうから、安心してください」



 ───嫌なフラグが立った気がした。

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